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0-1 『拝啓、手汗がやばいです』

 基本的に1日1話更新として続けていく予定です。

 1話目はわざと少しシリアスにしていますが、なるべくコメディ展開を意識した明るい作品です。


「あいつだ。あの餓鬼が噂の『森の魔王』ってやつだぜ」


 どこかから野太い声が聞こえ、アンセルは落胆の息をついた。


 軽装の男が五人ほど、切り株に腰掛けたアンセルへ近づいてくるのがわかる。


「どうして来るの……ボクはもう、誰も殺したくなんてないのに……」


 顔をうなだらせ、悲痛に噛み締めるようにアンセルは呟く。


 彼の足元には、まるで黒い霧が漂っているかのように靄がかかっている。

 取り巻く空気は、質量がそこだけ違うのではないかと思うほどに重たい。


「こいつを殺せば俺たちも一躍有名人だ」

「ほんとにこいつなんですか? どう見てもただの餓鬼っすよ。丸腰だし、着てるのだってただのボロ布の継ぎ接ぎじゃないっすか」


「いいや、間違いねえよ。その強さのあまり、誰も近寄ることはできず、森の奥で独り暮らしているという最強の子供。悪魔のような黒い髪に目。左上腕に刻まれた、悪魔と契約してできたと噂される広い傷跡。間違いないさ。こいつだ」


 男達の先頭に立つ、バンダナを頭に巻いた髭面の男がにやりと笑む。


 おそらく彼が一味の頭領なのだろう。

 そんな中、一人、及び腰になっている男が言う。


「お頭ぁ、大丈夫ですかぁ。こいつに関わると皆殺しにされるって話ですよぉ」

「何言ってやがる。どこからどう見てもただのガキじゃねえか。しかも丸腰の。そんな噂なんてのはな、勝手に尾ひれがついてでかくなるってもんよ」

「そぉっすかねぇ」


「噂で言うなら、この前聞いた『街道を歩いてたら死者にいきなり襲われた』って噂の方が馬鹿馬鹿しくて面白いってもんよ。でもこいつは死人でもなんでもねえ、ただのガキだ。びびるほうが馬鹿だぜ」


 頭領の男が不敵に笑う。

 後ろの子分達に視線で合図を送ると、全員が揃って、腰に提げていた曲刀を構えた。


 頭領の男を中心に、アンセルを囲い込むように男達が広がっていく。


「……来ないで」

「うるせえよ。命乞いか? こんなとこに無防備で座り込んで、お前の不注意さを恨むんだな」


 頭領の合図に、男達が一斉に距離を詰めて斬りかかる。


 だが次の瞬間には、彼らの振りぬいた腕から曲刀が地面へ抜け落ちていった。


 それと同時に、


「うわあああああ」と苦しみに満ちた悲鳴が上がる。


 それは一人だけではなく、アンセルに襲い掛かった全員が同じだった。


 男達の顔が苦痛に歪む。

 アンセルはまったく微動だにせず頭を垂れているばかりなのに、それとは関係がないかのように、男達は勝手に苦しみ始めたのだ。


 彼らの悲鳴が、深く木々の生い茂った薄暗い森に反響する。


「お、お前。何しやがった」


 唯一距離をとっていた頭領が、表情を強張らせて訝しげに問う。


 しかしアンセルの返事は無い。


 やがて苦しむ声を上げていた男達は、アンセルの足元へ平伏すように倒れこみ、魂が抜けたかのごとく息を引き取っていった。


「この野郎。ふざけた真似しやがって!」


 激昂した頭領がアンセルへ詰め寄ろうとする。

 だが間近に近づいた瞬間、心臓が掴まれたような激しい動悸が彼を襲った。


「いったい……なにを……」


 部下の男達と同じように頭領も苦しみ始め、地に膝をつく。

 どうにか悪あがきにアンセルへと手を伸ばすが、その指先は彼に届くことは無く、やがてゆっくりとしな垂れた。 


 森がまた、いつもの静寂を取り戻す。

 風が駆け抜け、葉擦れの音が微かに鳴り、梢から漏れる木漏れ日が揺れる。


 少年はまた、独りになった。


 これで今月は三回目。


 西の森に最強すぎる魔王がいると喧伝されて、売名目的に森にやって来る人間が後を立たない。

 それほどにアンセルの力は強かった。


 だが、アンセルにとってこれは呪いのようでもあった。

 そのあまりに強すぎる力を、アンセル自身がコントロールできていないのだ。


 抑えようとしても体から魔力が溢れ、近づく人間を取り込み無差別に攻撃する。それを防げる者などおらず、いつしかアンセルは、誰も近づけない孤独の王となっていた。


 アンセルには人と触れ合った記憶がない。

 触れようとしたみんなが死んでしまうから。


 唯一口にする言葉も、先ほどのような蛮人の自殺を引き止めるために投げかけているだけだ。


 まるで他者との交流は無く、アンセルは常に独りだった。


 こんな力が無ければよかった。


 誰にも必要とされず、誰にも迷惑をかけないように森に逃げ込み、ひっそりと暮らす毎日。


 毎日が苦痛だった。

 生まれてこなければ良かったと思った。


 誰にも見向きもされず、人知れず命を浪費していくだけだと、アンセルは思っていた。

 ――あの少女が現れるまでは。


   ◇


「やっと見つけたわ」


 凛と、澄んだ声が響いた。


 森を包み込むまどろんだ重たい空気を一変させるかのような、そんな明るい声だった。


 いつの間にか、目の前に女の子がいた。

 膨らみのある茶褐色の髪を後ろにまとめ、育ちのよさそうな綺麗な洋服を纏った少女。


 そんな彼女が、足を迷わせず歩いてくる。


「……来ないで」


 アンセルの声に聞く耳持たず、少女は近寄って腕を伸ばしてくる。


 また殺してしまう。

 また独りぼっちになってしまう。


 せめてその光景を見ないように、アンセルが顔を俯かせたときだった。


 がっしり、腕を握られた。

 かと思えば、今度は手をぐっと掴まれる。


 驚き、アンセルは咄嗟に顔を持ち上げた。


「な、なんでっ?!」

「貴方、ちょっと来てもらうわよ」

「ええっ?!」


 引っ張られ、無理やり立たされた。

 あまりに急なことに、アンセルはただ呆けてしまっていた。


 少女の切れ長の目には、素っ頓狂に顔を歪ませた顔が映っていることだろう。


「なんですかあなたは」

「ちょっと用事があるのよ」

「誰なんですか。というか、なんで無事なんですか」

「無事って何よ」


「だって、ボクの周りには誰でも殺しちゃうオーラが――」

「なによ、それ?」


 首をかしげる少女に、アンセルは気づいた。


「……あれ?」


 自分の身体から漏れ出る魔力が消えている。

 近づく人を無差別に蝕むオーラがなくなっている。


 現に、少女はなんの苦しむ様子も見せていない。


「あれ? あれれ?」


 どういうことだ。

 こんなことは初めてだ。


 いや、なにより初めてなのは――。


「ちょっと、どうしたのよ」

「ひゃあっ?!」


 手を握ったまま、少女はアンセルの顔を覗きこんでくる。

 綺麗な瑠璃色の瞳が、吐息がかかるほどの距離にまで近づいた。


 指先には少女の体温。

 そして、細くてすべすべ滑らかな肌の感触。


 そう、アンセルは、こんな間近で女の子に触れるのは初めてだった。


 顔が赤くなる。

 鼻息が荒くなる。

 ずずっと吸い込むたび、華やかないい香りが鼻腔を満たしてきた。


 なんだこれ。なんだこれ。


 良い匂いするし、指の腹は柔らかいし。

 声も綺麗で落ち着くし、風になびく髪は綺麗だし。


 それに、それに――。


 これが……女の子!


「ねえ、貴方」

「は、はいっ!」


 びくりと身体を震わせて、アンセルは大袈裟に返事をする。


 そんな彼に少女は落ち着いた声で言った。


「貴方……手汗、すごいわよ」と。


「うわぁ?! す、すみません!」


 指摘され、本当に汗でべとべとになった手を思わず離してしまった。


 途端、アンセルの周囲が黒い靄に包まれ始める。

 消えていたはずの、無差別に襲い掛かる殺傷のオーラだ。


 まずい。

 今度こそこの子を殺してしまう。


 そう息を呑んだアンセルだが、しかし目の前の少女はけろりとした顔で立ち尽くし、アンセルの顔を不思議そうに眺めていた。


「何よいったい……まあいいわ」


 また少女がアンセルの手を握る。


 べちゃり。水音。


 なんとも格好の付かない握手みたいだ。

 だが、戻り始めていたアンセルを取り巻く靄がまた消え失せる。


「ちょっと来て欲しいところがあるのよ」

「え、ボクに?」

「そう。貴方に」


「……ボクを殺しに来る人以外を見るのなんて初めてだよ」

「随分と物騒ね。手汗がひどいからかしら」

「違うよ! というか、こんなに汗が出るなんてボクも思わなかったよ」


 また少女と手を繋いでると思うと、手元を意識して、またじんわりと汗が出てしまう。


「それで、来てくれるの?」

「いきなり言われても」

「というより、イヤでも来てもらうわ」

「……拒否権は無しなんだ」


 ずっと少女の調子にばかり乗せられているようで、アンセルは苦笑しつつも、まんざらでもない気分だった。


 誰かに必要とされている。

 天涯孤独だったアンセルにとって、それは初めての経験だったから。


「わかったよ」

「決まりね。それじゃあとりあえず――」

「とりあえず?」


 なんだろう。

 彼女は何を言いだすのだろう。

 初めてのことばかりで知らずと心がわくわくする。


 握り締めた手を少女が掲げる。

 にっと口許が緩むのが見えた。


「手を洗いに行きましょうか」

「あ……はい。すみません」


 なんかほんと、手汗ひどくてすみません。


 ――これが、大陸最強と呼ばれる『森の魔王』の少年と、この国の行く末を握る少女との、運命的で、だらしない出会いだった。


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