2 フリージャ村の刀鍛冶
思いがけない事態に遭遇しながらも、ようやくフリージャ村に到着した勇者一行。
既に陽も落ち駆けていたので、今日はこのまま宿に入ることにした。
「で、エルムよー。この村では何をしたらいいんだ?」
デイビスが、エルムのベッドに倒れこみながら言った。
ちなみに今は、全員で食事をした後、エルムの部屋に集合しダラダラしているところだ。
「えっと、魔獣の退治だね。この村の北にある祠に数ヶ月前から住み着いているらしい」
「はあ、魔獣退治?なんか張り合いねえな。もっと難易度が高い、例えばダンジョン攻略みたいなのはねえのかよ!」
今回のクエストにデイビスは不満を持っているようだ。
「いや、そうはいってもさ、このクエストだって王国から送られてくるんだよ。僕に言われたって…」
そう、クエストは王国から届けられるのだ、エルムへの暗殺依頼と一緒に。
暗殺依頼がメインで、クエストはサブ的な扱いなのだが。
「エルム、国王様に要望を出したらどうですか?デイビスの実力だったら、もっと難易度の高いクエストの方が向いていると思います」
サーナがそんなことを言うから、デイビスがさらに調子に乗る。
「おお!そうよそうよ!何たって、この俺はあのキマイラを倒した男だからな!祠にいる魔獣ごときに手を煩わせてらんねえよ!がっはっはっ!」
「そうなのです!エルム、国王様に進言するのです!」
メイまで乗って来た。
「分かったよ、このクエストの完了報告をするときに、一緒に伝えておくよ」
「デイビスぅ、とりあえず早く終わらせちゃいましょうよぉ。この村、あんまり面白そうじゃぁないみたいだからぁ、長居はしたくないわぁ」
イザベルが舌足らずに言うと、
「まあ、そうだな。とりあえず、さっさと終わらせちまうか!」
いつも通り、やる気になるのだった。
(本当に単純だな、こいつは)エルムは心の中で呟きながら、別のことを考えていた。
それは、この村へ来た本来の目的についてだった。
エルムが国王の命を狙っていることを隠すためにも、依頼は忠実に実行しておく必要がある。
だから、エルムは暗殺依頼を最優先で考えていたのだ。
今回のターゲットは、村に住む鍛治職人の青年ということだった。
なぜ村の鍛治職人を?と疑問に思ったエルムだったが、依頼書によると理由は彼の父親にあるらしい。
彼の父親は、もともと王国御用達の鍛治職人だったらしい。
しかし、彼は王国に納める武器の他に、テロリストにも武器を横流ししていたのだ。
それが発覚しテロリスト共々捕らえられ、反逆罪で首をはねられたのだが、彼の息子にも最近になってテロリストとの繋がりが見られるということだった。
「はあ〜、あんまり気乗りしないな」
エルムは心の中で言ったつもりだったが、どうやら声に出していたようだ。
「あぁ?気乗りしないだと?お前、俺がせっかくこんなしょぼい仕事にやる気を出してるっつうのに、なんなんだその態度は!」
「あ、ごめんごめん。ちょっと別のことを考えてて。ほ、ほら、デイビスの気持ちを考えたら、気乗りしないんだろうなって思って。へへへっ」
エルムは頭を掻きながら答えた。
「お前にそんなこと言われたって嬉しかないんだよ!」
「それでさ、明日は何時に出発する?」
とりあえずエルムは話題を変えることにした。
「ああ、そうだな。早くても大丈夫か?」
デイビスは女性陣の方を見て聞く。
3人とも頷いている。
どうやら問題ないようだった。
「おし、じゃあ朝飯食ったらすぐに出発だ!じゃあ、今日はもう早めに休もうぜ」
そういうと、4人はエルムの部屋を出ていった。
「ふう、やっと出て行ってくれたか」
エルムはそう呟くと、身支度を整え宿の部屋から抜け出した。
それは下調べのためだった。
下調べといっても、魔獣狩りの方ではなく暗殺の方だ。
エルムはターゲットがどんな相手であろうと、事前の下調べは入念に行なっていた。
暗殺成功の50%は事前のリサーチだ、というのがエルムの考えだった。
「それにしても、鍛治職人って一般庶民だよな。デイビスじゃないけど、なんで俺が一般庶民を暗殺しなきゃならないんだ?」
そう、これまでのエルムへの依頼は、貴族や裏社会の幹部など『要人』と呼ばれる人物がターゲットだったのだ。
当然ながら、一般庶民より要人の方が暗殺の難易度が高い。
だから、エルムへの依頼も要人をターゲットにしたものばかりだったのだ。
「腕が落ちて来たって思われてるのかな…」
そんなことを考えながら歩いていると、ターゲットである鍛治職人の店の前に着いた。
窓から灯りが漏れている。
中の様子を覗こうと、エルムは窓の脇の壁に背を預けた。
すると中から話し声が聞こえてきた。
「カイン、いつまで刀鍛冶をするつもり?そんなことだと、あなたのお父様みたいに無実の罪で殺されちゃうわよ!」
「エマ、父さんの話はやめてくれないか」
「でも、あなたのお父様は悪くないじゃない!それにあなただって…」
「僕は僕の信念でこの仕事を続けているんだ。父さんは関係ない」
「でもあなたもいつか命を奪われてしまうかもしれないのよ!」
「それは構わない、刀を作ることができるのであれば」
「私は嫌なの!」
その直後、建物のドアがバタン!と開かれ、少女が飛び出していった。
エルムはその少女の後ろ姿を見ながら、なんだか訳ありみたいだな、と思った。
その後エルムは、刀鍛冶の青年の周囲を観察し、建物の構造・配置、周囲の人間、青年の持ち物やスキル等を見極め、暗殺計画を立てた。
「やっぱり今回のは簡単な仕事だな。でもあの娘とのやり取りがきになるな。明日の魔獣討伐が終わったら、調べてみるか」
そう呟きながら宿へと戻った。