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27 裏の世界の

カインの視線の先、そこに立っていたのはエマだった。


カインに一歩遅れ、その場にいた全員の視線が彼女に集まる。

木々に囲まれた薄闇の中、風に髪が靡くその姿からは表情が窺えず、何処か異様な雰囲気を漂わせている。


長老と女冒険者たち3人は、ゴクリと唾を飲み込んだ。



エマは一歩二歩と前へ歩き出す。


意識がここにないかのようなどこか覚束ない足取りだ。

そんな状態のまま数歩進み、やがて木立の中から広場へと出てきた。



その姿を視認した女冒険者3人は、アッと声を上げた。



彼女たちの視線が向かった先は、エマの右手だ。


そこには淡い輝きを魅せる短刀が握られていた。


武器を片手に無言で闇を背にまとう、それはあたかも鬼神を彷彿とさせる姿だった。



「は~はっはっはっは!」


そんな緊迫した空気を打ち破ったのは、カインの笑い声だった。

それは無言で歩くエマを呼び寄せるかのようで、他の者たちも思わず注意を言いつけられた。


「残念だったな、死線の裁鬼(デッドセットスレイヤ)!こんなこともあろうかと保険をかけておいて助かったよ」


カインは不敵な笑みを浮かべながらエルムを見た。


「保険?」


「ああそうさ。王国の騎士団を全員相手にするとなると勇者と魔獣だけでは心許なかったものでね。一応念のために、保険をかけておいたのさ」


そう言うと、カインはエマの方へ顎を突き出した。


「なるほど。騎士団の奴らは女性には手を出せないということか」


「そのとおり。さすが頭がキレますね。でもね、それはあなたも同じじゃないかな?女性をターゲットにしたことはないと聞いたことがありますがね」


カインは顎を上げたままエルムへと言葉を投げる。

その言葉を受け、エルムは静かに目を閉じた。


「エ、エルム殿…」長老が声をかける。


「エルム…」女冒険者3人も声をかける。



「いやあ、あなた方もよく頑張りましたよ。魔獣も勇者も倒してね。でも残念ながら、もうこれで終わりです」


カインはそう言うと、荷物の中から剣を取り出した。


「さあ、勇者デイビスをこちらに引渡してください。いや待った。そうだ!せっかくですからあなたにしましょう、エルムさん」


薄ら笑いを浮かべながら、カインはエルムへとその剣を差し出した。


「さあ、この剣を手に取って下さい、エルムさん。そして僕の支配下へと入って下さい!」

「ああ、変な気は起こさないでくださいね。あなたが変な行動をしたら、僕が誤ってエマに自殺をするように指示してしまうかもしれませんから。はっはっはっは!」


カインは不気味な笑い声をあげる。


「カイン!いい加減にするのじゃ!」


その笑い声を制するかのように、長老は声を張り上げる。

しかし


「長老様。父上の話はよく分かりましたよ。でもね、やっぱり悪いのはこの国ですよ!背景にどんなことがあったかなんて関係ない!僕は父の仇を打ちたいだけなんです!」


カインは長老の言葉を一蹴する。


「さあ、死線の裁鬼(デッドセットスレイヤ)!早くこの剣を手に取って下さい!」


「ククク」


威勢よく言葉を放ったカインだったが、肩で笑うエルムに思わず口を噤んでしまった。


「ハハハハハハハハハハ!」


エルムの嘲笑を含んだ冷たい笑い声は次第に大きさを増していく。


「な…何がおかしい!」


「ん?ああ、すまない。お前の頭がどこまでもお花畑なので、つい笑いが止まらなくなってしまったよ」


イラつくカインを突き放すようにエルムは言う。


「な、なにを!負け惜しみを言いやがって!」


「負け惜しみだと?」


「ああそうさ!どうすることもできないから、そうやって負け惜しみを言って時間を稼いでいるんだろ!」


カインはイラつきながらも見下すような視線をエルムに投げつける。


それを受け、エルムは「ふぅ」と一度息を吐いてから話し始めた。


「まあ仕方がない、教えてやろう。自分の頭がどれだけおめでたいかは、なかなか自分では分からないものだからな」


「な、なん——!」


カインは叫ぶように言葉を発するが、全て言い終わらないうちにエルムが口を挟んだ。


「とりあえず2つだ」


カインはエルムの凍るような視線で射竦められ言葉を返せない。



「まず1つ目だが、お前は裏の世界のことを何もわかっていない。裏の世界と一口に言っても、魔王だとか魔族だとが蔓延っている場所ではない。どちらかといえば、あいつらは表の世界の奴らだ」


魔王や魔族が表の世界?

その場にいた全員が疑問を抱いたが、誰もエルムの話に口を挟めず無言を貫いている。


「善が表で、悪が裏。当然だが、こんな風に単純に考えているわけはないと思うが」


女冒険者は無言で互の目を見合わせる。


「そもそも悪なんていうものは、権力者が人心掌握をするための手段として使っているものに過ぎない。なぜなら、平和な世の中では国に対する不満が出やすい一方、悪となる存在がいれば、その悪に対して人々の目が向くから、国に対しての不満は出にくくなる」


そしてカインの目を見てエルムは話を続ける。


「もっとも、お前の父親の件は多少事情が違ったがな。先ほども言ったように、代替わりの混乱がなければ表沙汰にはならないはずだったからな。でもまあ、そういうことだ。人々が認識できる範囲で行われていることは、全て表の世界のことだ。勇者の行動も、魔王の行動もな」


言葉の途中でエルムは女冒険者たちを一瞥したが、すぐに視線をカインに戻し話を続ける。


「まあ、ここまで言えばわかると思うが、裏の世界というのは人々の目につかない世界のことだ。分かりやすく言えば、盗聴・拉致・破壊工作といったものや暗殺が行われる世界だ。そしてこの世界においては、これら行為の首謀者と実行者は別の人間だ。なぜなら、実行には特殊技術を必要とするからな」


エルムは依然として無表情のままだ。


「ではこれらの実行者が自分の好みで仕事をすると思うか?」


カインは無意識のうちに首を横に振っていた。


「残念ながら答えはイエスだ」


その言葉にカインは目を見開く。


「まあ、自分の好みを出すのは仕事のやり方だけだがな。事実、お前の想像もつかない殺し方をする奴もたくさんいる。ただ依頼については、自分の好みを反映させることはしない。ビジネスだからな、これは。それでだ」


エルムは再度、カインの目を見据える。



「お前にはこれがどういう意味を持つか分かるか?」


しかしカインはもはや思考を正常に働かせることができなかった。

エルムの言葉を理解するので精一杯だった。


「つまりだ。俺が女を殺せないわけがないということだ」


!?


その一言に、女冒険者3人はビクッと肩を竦めた。


「ただ単に、今までのターゲットの中に女がいなかったというだけのことだ。依頼があれば女を殺すことも厭わない」


エルムのその冷たく言い放つ姿に、カインは一歩後ずさりし「う……」と言葉にならない声を出す。




「そして、もう1つがあれだ」


エルムはそう言うと、後方へと視線を投げた。


すると悲痛な面持ちで立つエマが口を開いた。


「カイン…。どうして…、あなたどうして!?」


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