24 天才鍛冶師
魔剣を破壊されエルムに蹴り飛ばされたデイビスは真っ逆さまに落下していった。
それはちょうど3人の女冒険者の前だった。
地面に叩きつけられた体は砂埃を巻き上げ一度バウンドし、そして再び着地した。
女冒険者が心配そうに覗き込む。
砂埃が晴れたその場所に現れたデイビスは、尻を上に突き上げ顔と膝で体を支える情けない姿で倒れており、しかも「ふぇ〜〜〜」などという声を出し白目を剥いている。
その様子を見た3人の女冒険者は、安心した顔でデイビスのことを無視した。
そのデイビスたちの前にエルムは着地し、再びカインと対峙した。
「デイビスの本当の姿を見た感想はどうだ?」
凍えるような声を放つエルムを、カインは愕然とした表情で見返す。
「ま、まさか…あの…勇者デイビスが、ま、負けるなんて…」
「死線の裁鬼の力が…これほどまでとは…」
一方、両膝を地面につけ呆然としているカインをエルムは見下ろし冷徹に言い放つ。
「お前はいろいろ勘違いし過ぎなのだ」
凍えるように言葉を放つエルムをカインは見上げ、
「勘違い…?」と掠れる声で言った。
「ああ、そうじゃ」
そのカインの問いに答えたのは、エルムでも女冒険者でもなかった。
カインと女冒険者たちは、不意に響いた声の方へと振り返った。
そこに立っていたのは、フリージャ村の長老だった。
「長老!な、なぜここに…?」
カインは膝立ちのまま戸惑いの声を上げた。
「昼間な、こちらのエルム殿に声をかけられたのじゃよ。日没後にここに来るようにと」
今度はエルムの方へと顔を動かした。
「な…なぜ…?」
カインの目は完全に見開いたままだった。
「決まっている。長老の話を聞かせるためだ」
「長老様の…はなし…?」
カインは長老へ視線を戻す。
「本当はもっと早く話しておくべきじゃった。すまんのう、カイン」
呆然としているカインに優しい笑みを返しながら長老は話を続ける。
「おぬしの父キースはのう、フォレスト家始まって以来の天才鍛冶師と言われた男じゃったのじゃ」
「え!?父さんが!?どういうことですか?」
「それはの…」
長老はかつての記憶を手繰り寄せるように話し始めた。
(約20年前のフリージャ村)
「長老様!」
一人の青年が長老の家へ駆け込んできた。
「おお、キースか。どうしたのだ?」
「生まれました!子供が生まれました!」
駆け込んできた青年キースは、満面の笑みを浮かべながら叫ぶように言った。
「おお、そうかそうか!それは良かった!して、男の子か?女の子か?」
「はい、男です!」
キースは喜びながら言った。
「おお、そうか!それでは良い跡取りができたということだな!よかったではないか、キース!」
「はい、長老様!いろいろと相談に乗っていただきありがとうございました!」
「何を言う。私は長老になってまだ数ヶ月しか経っておらんのだ。大したこともしてやれてないではないか」
それは謙遜ではなく、長老の本心だった。
新たな長老となったはいいが、先代と同じような働きができていないと自覚していたからだ。
「いいえ、長老様には小さい頃から何度も助けていただいてますから!私は父親のように思っております」
「キース、この私をおだてるでないぞ」
長老はそう言いながら笑顔を浮かべた。
キースはフリージャ村の生まれだった。
彼が生まれた時、長老はまだ30歳ぐらいだったのだが、キースの両親は仕事で忙しかったため近所に住む長老がいつも彼の面倒をみていたのだった。
しかし、キースが7歳の時だった。
彼の両親が事故にあい、帰らぬ人となってしまったのだ。
鍛冶に必要な鉱石を取りに行った先で事故に巻き込まれてしまったのだ。
両親を失ったキースは一人で生きて行くにはまだ小さく、当初は長老が引き取ろうかと考えていた。
しかし、キースの両親が亡くなったという噂を聞いた王都の貴族が、彼を引き取ると言ってきたのだった。
話を聞くところによると、キースの父親がかつて世話になった貴族ということだった。
村人である自分が引き取るよりも、王都の貴族に引き取ってもらった方がキースのためになると思った長老は引き下がることにしたのだ。
当初キースは王都行きを渋ったのだが、長老の説得により最終的に承諾した。
そのキースが1年前、突然村に戻ってきたのだった。
村を出て18年が経過しており、キースは父親のような一人前の鍛冶職人となっており、しかも結婚をして嫁も連れてきていた。
「子供の名前はなんて言うのだ?」
溢れんばかりの笑みを浮かべるキースに長老が聞いた。
「カインと名付けようと思っています」
「カインか。いい名前だな」
「ありがとうございます!フォレスト家の先祖にいた偉大な鍛冶職人の名前なんです!」
笑みが止まらないキースは、早口で言う。
「ほう。それじゃあ将来が楽しみだな!」
「はい!カインには立派な鍛冶職人になって欲しいと思ってます!」
「まあ、何といってもキースの子供じゃからの。腕のいい鍛冶職人になるに違いない」
「いえいえ、僕なんて大したことありません」
キースは下を向きながら謙遜する。
「何を言っておるのだ。王都にいる知人から聞いたぞ。フォレスト家始まって以来の天才鍛冶師と言われておるようじゃないか。そなたの作った剣は、戦場において刃こぼれすることなく、幾度となく敵将の首を打ち取ったとか」
長老のその言葉を聞き、一瞬キースの顔が曇ったように見えたが、すぐに元の笑顔に戻った。
「長老、その言葉は私にはちょっと重すぎます。私はまだまだ未熟者で、正義のための剣を未だ作れずにいるのですから」
「何を言っておる。そんなに謙遜することなどないぞ。そなたは十分に立派じゃ」
「そう言っていただけると光栄です。とにかく長老様、いろいろとご支援いただきありがとうございました。また改めてお伺いさせていただきます。この後もう一人、知らせておきたい奴がいるので、そろそろお暇いたします」
「そうか。ガストンのところか?彼奴のところも先日女のことが生まれたばかりだったな。確かエマと言ったか。おぬしら二人の子供が同じ年に生まれるとはな。いい巡り合わせだな」
そう言って笑う長老にお辞儀をし、キースは建物から出て行った。