21 強化アンデッド
「お、お前は…あ、あの【死線の裁鬼】…なのか?」
カインは驚愕の眼差しをエルムに向けている。
対するエルムは、凍えるような視線を返す。
その視線で見つめられたカインは、一気に気温が下がったように感じていた。
彼の顔はみるみる青ざめていき、そして顎が小刻みに揺れ出す。
それと同時に、額からは汗が滲み出ている。
少し離れたところにいる3人の女冒険者たちも同様だ。
全員、瞬きもせずにエルムを見つめている。
言葉を出すことさえできない状態だ。
一方、残った2体のスケルトンは武器を構えたまま動かない。
主の指示をじっと待っている。
その姿に気づいたカインは、再び声をあげた。
「お、お前たち!りょ、両側からそいつに、き、斬りかかれっ!」
指示を受けた2体は、同時に左右へと飛んだ。
その様子を眺めていたエルムは、仁王立ちのまま目を瞑り呟いた。
「フっ。まあいい。今日は特別だ。気が済むまで付き合ってやる」
そして再び目を開けた瞬間、2体のスケルトンが両脇から斬りかかってきた。
エルムの右側では金属音が鳴り響く。
エルムの左側では骨と骨がぶつかる音。
エルムは右から斬りつけてきた1体の剣を自らが持っている片手剣で受け止め、左から斬りかかってきた1体の手首の骨を左手で掴んでいた。
直後、右手の1体はすぐさまエルムと距離を取り、武器を構え直す。
しかし、左手の1体は手首を捕まれその場から動くことができないでいる。
エルムはその状態のまま、カインに視線を向け呟く。
「さて、次は何がしたい?」
その見下す様な言い方に、カインは顔を赤くする。
度重なる感情の変化に、完全に冷静さを失ったようだった。
「ええぃ!調子にのるな!」
そう言うと、カインはすぐそばに置いてあった自分の荷物から剣を取り出し投げつけてきた。
シュッ!
それはエルムの方ではなく、左側のスケルトンの手の中に飛び込んだ。
そのアンデッドは左手でそれを掴み、エルムの方へと勢いよく振り抜いた。
しかしエルムは余裕のある動作で後方へとジャンプし、一回転して着地した。
その隙に、カインはもう1体にも新たな剣を投げていた。
それぞれのスケルトンは、両手に剣を構えた。
2体のスケルトンに4本の剣。
対するエルムは1本の片手剣。
普通に考えれば、エルムの方が圧倒的に不利な状況だ。
しかし、彼からはそんな様子は微塵も伺えない。
依然として涼しげな表情をしている。
「君はさ」
エルムはカインに向かって口を開いた。
「付加魔法はできないのか?」
思いもよらぬ発言に、カインは口をぱくつかせる。
「な、何を…」
「そのままの意味だが。そのアンデッドをもっと強くすることはできないかと聞いているんだ。このままあっけなく勝負がついてしまっては、君もつまらないだろう?」
「は?き、貴様…な、何をーー!」
カインは赤くなった顔を震わせながら叫んだ。
「じゃあ、お望み通りにしてやる!」そう言ったカインは詠唱を始めた。
エルムは構えを解き、腕を組んでその様子を見つめている。
カインはデイビスの横に立ち、体の前で両手を上げる。
そして目を瞑り詠唱を続ける。
すると次第にカインの体の周りに風が吹き始める。
彼の纏っている服や髪が風に大きく揺れる。
さらに詠唱を続けると、徐々にその風は強くなっていき竜巻の様にカインを包み込んだ。
その風が最高潮に達した瞬間、カインが目を開いた。
「後悔するなよ。……、エアリアルドライブ!」
カインは両手を前に突き出し、そう言い放った。
カインを包み込んでいた風は、その両手の指し示す方へと向きを変え、そして2体のスケルトンを包み込んだ。
すると、それまで周囲を巻き込む様に吹き荒れていた風がみるみる収束していき、スケルトンの体のみを高速回転で包み込んだ。
「フハハハハハハ!もう手遅れだぞ!これでスケルトンの攻撃力も防御力もスピードも数十倍に跳ね上がった!いくら貴様でも、このスケルトン2体を相手にはできまい!」
「さあ、やってしまえ!」
カインの号令の下、スケルトンは再び動き出した。
一歩踏み込んだ2体のスケルトンは、次の瞬間にはすでにエルムの目の前にいた。
その急激な速度アップに、エルムは大きく目を見開く。
しかし驚く暇もなく、すでにスケルトンが振り下ろした4本の剣がエルムの目前に迫っていた。
エルムは右手に持っていた片手剣で、ギリギリ4本の剣を受け止める。
エルムの剣はスケルトンのそれの3分の2ほどしかない。
それゆえ、数センチずれていたら確実に傷を負っていたはずだった。
かろうじて敵の攻撃を防いだエルムだったが、2体は4本の剣をそのまま押し込んでくる。
エルムは右手だけで防いでいたのだが、剣の腹に左手を添え、両手で敵の剣を抑える。
しかし、付加魔法の効果は凄まじく、エルムはどんどん押し込まれている。
遂にエルムの膝が折れ、片膝立ちの状態になる。
それでも片手剣は、小刻みに揺れながらも4本の剣を押し返そうと踏ん張っている。
「フハハハハハハ!どうですか!さすがの死線の裁鬼もここまでかな!」
「さあ、お前ら!とどめをさせ!」
主の号令に、2体は4本の剣にさらに力を込めた。
その加重にエルムは目を瞑る。
頭を下げながらも、頭上でなんとか敵の攻撃を受け止めている。
しかし、押されているのは明らかだった。
そして遂に、腰の折れた。
3人の女冒険者は互いの手を握り下を向く。
カインは、ニヤリと笑う。
だが次の瞬間、エルムは頭を上げ目を見開いた。
刹那、凍りつく様な空気が辺りを満たしたかと思うと、その中心が一閃した。
直後、2体のスケルトンが後方へ盛大に吹き飛んだ。
カインの目の前で2体は止まった。
その場にいた全員、誰一人として状況を把握できていなかった。
あまりの衝撃に、思考をすることすら許されない状況だったのだ。
そこに介入したのは、エルムの低く冷たい声だった。
「なかなかのものだな、君の付加魔法も。想像していたのの少し上をいっていたみたいだ。久しぶりに心地よい刺激を受けれられて、体も少しほぐれたようだ。礼を言う」
エルムは凍りつくような笑顔で言った。
その様子を見ていた3人の女冒険者は、絞り出すように声を出した。
「エ、エルム…大丈夫です…か?」
「ちょ、ちょっとぉ…」
「だ、大丈夫なのですか…?」
しかし、エルムは冷たく言い放つ。
「外野は黙っていろ。うっとうしいんだ」
「お前らは、こいつらの後だ。それまでおとなしくしていろ」
すると3人は、凍結されたように動きを止めた。
エルムはカインの方へと向き直った。
「さて、他に何かしたいことでもあるか?」
エルムの言葉にカインは苦虫を噛み潰したような顔をしたまま、言葉が出ない。
「じゃあ、そろそろその2体にも消えてもらおうか」
そう言った瞬間、幾重にも連なる斬撃音の鳴り響いた。
あまりにも素早く重なり合いながら鳴るその音は、長い一つの音に聞こえるほどだった。
そしてその音が停止すると、無数に切り刻まれたスケルトンの骨の破片がその場に散らばっていた。