20 暗殺の通り名を持つ者
カインがその策略の全貌を話し、エルムたちを殺そうとした時、突然笑い声が響いた。
「は〜はっはっは!」
カインは目を細めて、その笑い声の発信者であるエルムを見返す。
同時に、3人の女冒険者も目を見開いてエルムを見る。
「何がおかしいのですか?」
不可解な面持ちでカインはエルムに問いかける。
「いや〜、申し訳ない。今の君の話があまりにも馬鹿げていると思ってね」
女3人は、初めて聞くエルムの低い声に驚いているようだ。
「馬鹿げた話?エルムさん、あなた本当にそう思っているのですか?だとしたら、がっかりですよ。あなたはもっと頭の切れる人だと思っていたんですけどね」
カインは両掌を上へと向け、少し残念そうな顔をしながら話を続ける。
「あなたの話の誘導の仕方や機敏な行動を、僕は買っていたんですけどね」
顎を上げて話すカインに、エルムは笑みを浮かべたまま言葉を返す。
「フッ。その上からな感じが既に頭の悪さを表しているのさ」
「まあ冗談っていう可能性もあるから、改めて聞いておこうか。君はさ、カインくん。本気で王国を滅ぼせるとでも思っているのか?」
立て続けに発せられるエルムの言葉にカインは少しムッとした表情を見せる。
「エルムさん、あなたこの状況を理解できてないんですか?それとも、絶望に打ちひしがれて頭がおかしくなってしまったんですか?」
「スケルトンは、何度倒されようがすぐに立ち上がる、いわば無敵の戦士。そこに勇者と魔剣の力が加わったのですよ。これこそ絶対に倒されることのない最強のパーティなんですよ!」
カインは捲し立てるように言った。
女3人の顔には絶望感が漂っている。
しかし、
「はあ〜。全くおめでたい奴だ。きっと頭の中には綺麗なお花畑が広がっているんだろうな」
今度はエルムが薄ら笑いを浮かべる。
「なっ、なんだと!?」
「君はスケルトンが無敵だと思っているのか?」
顔を赤く染め上げるカインに対し、エルムは冷たく言い放った。
「あ、当たり前ですよっ!いくら切りつけられたって、何度でも立ち上がるんですからね!そんな相手を倒せる人なんているわけないじゃないですか!」
「じゃあ聞くけど、何でスケルトンがこの世の王になっていないんだ?まあ、この世の王は言い過ぎだとしても、百歩譲ってスケルトンに人が全滅させられていないのは何故かな?」
「なっ!?そ、それは…」
言い淀むカインを横目にエルムは話を続ける。
「確かに、浄化魔法を使えるプリーストなんて今の世の中にはいないから、そんな勘違いをするのかもしれないが。ただな、骨を斬り刻んだらどうなる?」
「はあ?骨を斬り刻む?そんなことができる人間がいるわけないでしょう。スケルトンの骨は剣で斬ることができないくらい頑丈なんですから。それに、もし仮に斬ることができたとしても、すぐに再生しますからね。まさかそんな馬鹿げたことを言うなんて、興醒めですよ」
カインは弛緩させた表情で言った。
「フっ。興醒めはこっちのセリフだ。なぜ誰もできないと決めつける?」
「エルムさん、あなたもしつこいですね。逆に聞きますけどね、もしそんな人がいたら、それこそ勇者として有名になっているでしょう?でも、唯一の勇者は今ここで僕の支配下に入っているわけです」
「他には?」
「他にはって、勇者が他にいるというんですか?何馬鹿げたことを言っているんです。勇者はその時代に一人と決まっているじゃないですか。まあ、もし勇者以外にっていうのであれば、暗殺の通り名を持っている人の極一部くらいじゃないですか?」
その瞬間、エルムは不気味な笑みを浮かべた。
その顔を見たカインは一歩後ずさりをした。
「な、何ですか、その笑みは!?」
「……」
カインの言葉にエルムは無言で返す。
その様子を女3人は瞬きもせずに見つめている。
無言で立ったままのエルムに対し、カインは次の言葉を発することができない。
目の前の相手はただ立っているだけなのに、彼は得体の知れないプレッシャーを全身で感じていたのだ。
そして、一歩二歩と後ずさりを始めてしまった。
「ちょっ、ちょっと、何だっていうんですか!?」
「……」
後ずさるカインに同調するかのように、エルムは無言のまま一歩二歩と前進する。
そのまま後ろへと退いていったカインは、背中が何かにぶつかった。
「ひっ!」
カインが振り返ると、それはデイビスだった。
彼はデイビスに体を預ける形になっていた。
「お、おい!スケルトンども!あ、あの男を倒せ!」
カインは震える指でエルムを差し、命令を下した。
また、その命令を聞いた女3人は、口に手を当てる者、隣の仲間の袖を掴む者、目を見開いたまま固まっている者、3者3様の緊張を表していた。
カインの命令を聞いた3体のスケルトンは、デイビスに守られているカインの脇をすり抜け前へ出た。
3体横並びになりエルムと退治すると、武器を構えた。
そして一呼吸の後、一斉に攻撃の一歩を踏み出した。
その光景に、女冒険者3人は息を飲む。
しかし次の瞬間、全員の目の前からエルムが消えた。
立っていたその場所から忽然と。
瞬きをしたほんの一瞬の出来事だった。
誰も状況を正確に把握できていなかった。
しかし状況を把握する前に、すぐに次の衝撃が全員を襲った。
彼らの耳に、幾重にも連なる風を斬る音が聞こえてきたのだ。
その音の発生源、それはスケルトンの立っている場所だった。
全員がその方向を見た時、彼らの目に飛び込んできたのは、数百に斬り刻まれた1体のスケルトンの頑丈な骨が宙に浮いている光景だった。
これでもかというくらい細かく斬り刻まれたスケルトンは、次の瞬間パラパラと地面へと落ちていった。
全員がただその光景を見つめたまま、立ち尽くしている。
残り2体——中央と左側に位置しているスケルトンも同様だ。
何が起きたのか認識できていないのだ。
その彼らの意識に、低い声が割り込んできた。
「覚えておくといい。これくらい細くすると、さすがのアンデッドも再生はできないんだ。といっても、お前ら全員の記憶は後少ししか残らないがな」
その声の先にいたのは、短い片手剣を手にし前髪の間から鋭く冷たい視線を向けるエルムだった。
「な…な、何が……いったい…」
デイビスに支えられたカインが、掠れた声を搾り出す。
それに対し、エルムは凍る様な声で返す。
「見ての通りだ」
「な…。お、お前は…い、いったい…」
カインの顔はみるみる青白くなっていく。
そんなカインを、エルムは無表情で見返す。
「こ、ここまでの真似が、で、できる奴、なんて…。ま、まさか…!?」
カインは何かに気づいた様だ。
同時に、いくつもの汗が彼の額から流れ落ちていった。
その唯ならぬ様子に、3人の女冒険者の心拍数も跳ね上がる。
無言で冷たい視線を放つエルム。
顔を引きつらせるカイン。
息を止める女冒険者たち。
そして、ようやくカインが口を開いた。
「お、お前は…あ、あの【死線の裁鬼】…なのか?」
その言葉の直後、周囲に凍える様な風が吹いた。