1 暗殺者と勇者
「おいっ、エルム!ドロップアイテムの回収忘れんじゃねえぞ!」
怒鳴りつけられたエルムは、勇者のパーティで荷物持ち兼雑用係をしている。
しかし、彼には裏の顔がある。
それは、【暗殺者】としての顔だ。
死線の裁鬼と呼ばれ、未だかつて暗殺に失敗をしたことがないという最強の暗殺者なのだ。
そんな彼にも、悩みがあった。
(そろそろ引退したい…)
そう、そろそろこの稼業から足を洗いたいと思っていたのだ。
そこで彼は引退しようと思い、身の回りを清算しようとした。
清算、つまり彼の実力を知る人間を全て抹殺しようとしたのだ。
しかし、彼は一つの重大なことに気付いた。
それは、彼の依頼主の存在である。
依頼主がいる限り、彼は引退することができない。
下手に行動を起こせば、裏切行為と見なされ、執拗に追い回されるに違いない。
相手はそういう人物なのだ。
別の刺客を雇い、世界の果てまで追い回そうとする性格の持ち主なのだ。
なぜなら、その依頼主というのは、『この国の王』だからだ。
だから、彼が本当に引退をするためには、国王を消すしか方法はないのだ。
国王の暗殺、そのチャンスを作り出す必要がある。
そこで彼が考えたのが、勇者の存在だった。
勇者一行が活躍をすれば、再び王宮へと出向くチャンスが訪れる。
そうすれば国王を暗殺できる、そう考えたのだった。
曲がりなりにも勇者は聖剣を扱える人間だ。
それに他の3人も常人以上の実力は備えている。
彼らなら、国王を喜ばせる成果を上げられる人物であることには違いない。
そのため、彼は勇者たち4人を殺すのを止めたのだった。
ただし、ちょっとした小細工はしたのだが。
「ちょっとぉ、フリージャ村はまだなのぉ?」
イザベルが面倒くさそうに言った。
「このまま行けば、もうすぐ着くはずなんだけど…」
エルムはいつも通り、頼りなさそうな感じで返事をした。
「おいっ、エルム!道あってんのかよ!レディをいつまで歩かせるつもりだっ!」
気の利いたところを見せようという下心が見え見えの発言をしたのは、デイビスだ。
「いや、3人とも冒険者でしょ…」
「うるさいっ!冒険者だろうと何だろうと、女性は女性だっ!」
理にかなっているようでかなっていないような発言だったが、
「さすがデイビス!エルムと違って優しいー!」
サーナが話に割り込んできた。
「そうなのです。デイビスは優しいのです!それに比べ、エルムは気が利かないのです!」
さらにメイまでもが口を出す。
「いや、そんなこと言われても…。村までの距離は決まってるんだからさ」
「エルム!てめえ、俺たちに口答えすんのか!」
「ちょっ、待ってよデイビス。口答えって、僕は事実を言っただけで。だったらさ、時空間魔法を使える人をパーティに入れたらいいでしょ」
その発言にデイビスは一瞬ニヤリとした。
「おーし分かった。じゃあ、エルムをクビにして新しい仲間を入れるとしよう!」
デイビスはこういうことに関しては頭の回転が早い。
「いいわねぇ、その提案。じゃぁ、早速次の村で探しましょうよぉ」
デイビスの発言に3人の女たちも乗ってくる。
「ちょっと待って。何でそうなるのさ」
「はあ?お前が自分で言ったんだろうがよ!新しい仲間を入れるべきだって」
女の援護によってデイビスはさらに調子に乗った。
「ああ、分かったよ、僕が間違ってた」
「エルム、素直が一番なのです」
メイがその言葉を発した瞬間、エルムは何かの気配を感じた。
(何かいる!)
気配を察知する力は暗殺者として必須だ。
それ故に、エルムは真っ先に気付いた。
とりあえず皆に知らせた方がいいと考えたエルムは、デイビスに声をかけた。
「あのさ、フリージャ村って左の方だったよな?」
「お前はアホか!左っつたら、山の方に行っちまうじゃねえかよ!フリージャ村は山の麓だって、自分でさっき言ってたろうが!」
デイビスはエルム方を見て怒鳴ってきた。
「ちょっと待って。左前方に何かいるみたい」
デイビスの声を遮るようにサーナが言った。
アーチャーだけあって、他の3人よりは感覚に優れているようだ。
「何?」残りの3人が同時に声を上げた。
「左前方、10時の方向です。モンスターかな?」
サーナが指差した方向を、残りの3人が一斉に見る。
まだ視覚には入ってこないが、物音が聞こえてきた。
ガサゴソ、ガサゴソ
そして木々の間からそいつは姿を表した。
その姿を見て、エルムを含め全員が息を飲んだ。
そこにいたのは、【キマイラ】だったのだ。
キマイラ、獅子と山羊と蛇の頭を持ち、素早く動き回りながら火を吹く厄介な魔獣だ。
そもそもこのような場所に出没するような魔獣ではないため、エルムも完全に意表を突かれた状態だった。
(まずいな。このレベルの魔獣だと、さすがにデイビス達じゃ太刀打ちできないな。とりあえずデイビス達から引き離して俺が始末するしかないか)
そう考えて一歩前へ出ようとしたエルムだったが、ふと思った。
(デイビスが倒したことにすれば、王国からの評価も上がるんじゃね?)
いい考えだと思ったエルムは、すぐさま実行に移すことにした。
「デイビス、キマイラはかなり危険な魔獣だから、女性陣は隠れていてもらった方がいいんじゃないか?」
「ん?おお、そうだな!たまには良いこと言うじゃねえか、エルムも。よし3人は後ろの木陰にでも隠れていてくれ!」
相変わらず単純なデイビスは、エルムの話にうまく乗ってきた。
「ちょっとぉ、私たちも手伝うわよぉ」
「そうです。一人じゃ危ないですよ!」
「そうなのです!」
しかし、3人とも冒険者の端くれだ、素直に引き下がろうとはしない。
「3人ともちょっと待ってくれ。あの魔獣は相当危険な奴だ。そんな奴とお前らみたいな美女を戦わせるわけにはいかねえよ。お前らのその美しい顔に傷が付いたらどうすんだ?俺は勇者だぜ。ここは俺に任せとけ!」
こういうセリフはスラスラと出てくるのがデイビスという男だ。
「デイビス…」3人の女冒険者は、目を潤ませながらデイビスを見る。
「分かったら早く隠れてくれ」
デイビスの言葉に頷き、3人は素直に木陰へと退避した。
その一連の様子に、エルムは少し感心してしまった。
「そんじゃ行くぞ!エルム、念のために短刀と槍も用意しておいてくれよ」
荷物持ちのエルムにそう言うと、デイビスは聖剣を抜き、キマイラ目掛けて突進して行った。
しかし、颯爽と駆けて行ったのも束の間、キマイラが炎を吐き出したのを見て、
「うぎゃーーーーーー!」と叫びながら右のほうへと逃げて行った。
おいおい、とエルムは心の中で呟きながら、彼に少し感心してしまった自分を情けなく思った。
そして、少し離れたところでキマイラから身を隠すようにしているデイビスに近づき、エルムは聞いた。
「デイビス、何か策はあるのかい?」
「おお、そうだな……。よし、お前が囮になれ」
その言葉を聞き、エルムは駄目だこりゃ、と思った。
「あっ!デイビス、右から別の魔獣が来た!」
エルムはデイビスの右手を指差して叫んだ。
「何!?」と慌てた様子で右へと顔を向けたデイビスに向かって、エルムは回し蹴りを放った。
「フギャ〜ッ!」
見事に後頭部に直撃し、デイビスは変な声を上げて気絶した。
「お前は邪魔だから、少し眠っていろ」
そう言うとエルムはデイビスの武器の中からククリナイフを取り出した。
「まあ、この武器で十分だろ」
そして、キマイラ目掛けて疾走した。
キマイラはエルムを認識するやいなや炎を放って来た。
エルムは右へ飛び炎をかわす。
そのまま体を低くして竜の頭の下へ潜り込み、ククリナイフを振り上げた。
竜の首から血が噴き出す。
竜の頭が痛みで首を頭上へと振り上げた。
そのことによりキマイラは体全体のバランスを崩した。
その隙に、エルムはキマイラの背に乗り山羊の頭を切りつける。
キマイラは左右の首から血が吹き出した。
残るは獅子の頭のみ。
エルムは一度魔獣と距離をとった。
睨み合う両者。
そして、同時に動き出した。
炎を吐き出すキマイラ。
ククリナイフで切りつけるエルム。
一瞬の攻防。
バタリと体が横に倒れた。
倒れたのは3つの頭を持つ魔獣だった。
***
「デイビス!さすがです!」
「無傷で倒すなんて、やっぱりすごいわねぇ」
「すごいのです!デイビス、すごいのです!」
3人の女冒険者がデイビスの元へと駆け寄って来た。
「ふぁ?」
3人の声でデイビスは目を覚ました。
状況が掴めない様子で、首を左右に振り辺りを見回している。
「よく一人でキマイラを倒しましたね!」というサーナの言葉に、
「へ?俺が?」とデイビスは間抜けな顔をする。
「何を謙遜してるのぉ。ほらぁ、あなたが倒したんでしょ、アレぇ」
イザベルは親指で後ろを差す。
その先に倒れているキマイラを見たデイビスは、
「へ?やったの?俺が?」意味が分からないといった感じで聞き返す。
「他に誰がやったというのです!デイビス以外いないのです!」メイの言葉を聞き、
「お、おう!そうよ!俺がやってやったのさ!ま、まあ、俺レベルになれば、あんな奴らはなんてこったないわけよ!はっはっはっ!」
若干引きつった顔でデイビスは笑った。
それを見て、
「かっこいい!」と3人の女冒険者は声を揃えて言った。
「まあ、これで一歩前進ってとこかな」
4人から少し離れたところで、エルムは呟いた。
「あいつが単純で助かった」