19 異変の勇者
「この剣で、アンデッドにも青年の気持ちにも決着をつけてやるぜ!」
デイビスはカインから受け取った剣を鞘から抜き、右手で高く掲げた。
柄や鍔のデザインは、3体のスケルトンが持っている剣と同じだ。
しかしその剣身は、スケルトンのものよりも鋭く、そして淡い輝きを放っている。
「フワァーハッハッハ!」
その長剣の放つ光に照らされたデイビスは、突然笑い声を響かせた。
その後ろ姿は魔神を彷彿させる。
エルムも、そして他の仲間たちもデイビスに視線を集める。
「…デイビス。いったい…」
メイが呟く。
「ハ〜ッハッハッハッハ!」
デイビスは上体を反らし、空へ向かって笑い声を放つ。
その様子に3体のスケルトンも動きを止めている。
「我はこの世で最強であり至高の存在!!!貴様らを地獄の底へと落としてくれるわ!ハ〜ハッハッハッハ!!」
そう言うと、デイビスは反らした上半身を元に戻しエルム達の方へ顔を向けた。
「瞬殺してやるぜ」
不気味な笑みを浮かべている。
するとデイビスは剣の柄を両手で持ち、顔の横で構えた。
そして両手に力を込めると同時に前方へと走り出した。
しかし、
次の瞬間、足がもつれ盛大に転んだ。
「…いつも通りなのです」
メイが再度呟いた。
「ま〜た調子に乗っちゃったのねぇ。あれが無ければ、まだカッコ良いのにぃ」
イザベルが言う通り、デイビスは調子に乗るとすぐに格好つけるのだ。
「デイビス!大丈夫ですか!?」
サーナが声をかけると、デイビスは剣を杖代わりにして立ち上がり、そして言った。
「おぉ、悪りぃ悪りぃ!まだこの剣が手に馴染んでなくてな!まあでも、この俺に任せときゃ間違いねえからよ。お前らはゆっくり茶でも飲んでろ!」
完全にいつも通りのデイビスだ。
3人の女冒険者も、いつも通りの眼差しをデイビスに向けた。
しかしエルムだけは、デイビスではなく長剣をジッと見つめていた。
再びスケルトンたちの方へ向き直ったデイビスは、剣を構え直し攻撃態勢に入った。
だが、なぜかすぐに構えた腕をダラリと降ろしてしまった。
その勢いで剣の切っ尖が地面へとめり込む。
その様子は項垂れ放心状態になっているかのようだ。
その後ろ姿に、後方から見つめる仲間たちも顔を見合わせる。
「どうしたんでしょう…」
サーナの呟きにイザベルが声を乗せる。
「デイビスゥ、早くやっつけちゃってよぉ」
普段なら軽口を叩くデイビスだが、今は何の反応も見せない。
「デイビス!どうかしたのですか?大丈夫なのですか?」
メイも問いかけるが、何の変化もない。
スケルトンたちも依然として動かない。
そんな状態が数秒間続いた後、ようやく動きが表れた。
項垂れていたデイビスは頭を上げ、ゆっくりと体の向きを変えた。
そしてエルムたちへと向き直った。
どこか遠くを見つめるような目。
筋肉が硬直したかのように全く動かない表情。
いつもの調子に乗ってふざけた姿はどこにもない。
まるで別人の様だった。
エルムたちはその姿を見て、互いに顔を見合わせた。
「デイビス、どうしたんですか?」
サーナの呼びかけにも反応する様子はない。
「ちょっとぉ、どうしちゃったのよお」
「デイビス、こっちではないです!敵は後ろなのです!」
イザベルもメイも声を上げるが、デイビスは一向に立ち尽くすままだ。
そんなデイビスの後ろに3つの影が近づいてきた。
それはスケルトンだった。
「デイビス!後ろっ!」
真っ先に気付いたエルムが声を上げる。
しかしデイビスは動かない。
「まずい!」
「「「危ない!」」」
エルムと仲間3人はほとんど同時に叫んだ。
スケルトンがデイビスの真後ろに迫ったからだ。
しかし、デイビスが斬りつけられることはなかった。
エルムたちはその光景を目の当たりにし、ただ立ち尽くすのみだった。
なぜなら、
スケルトンたちは従者の様に、デイビスの後ろに立ったからだった。
「えっ!?ちょっ、ちょっとどういうことですか?」
サーナはデイビスとエルムたち方へと首を何度も交互に振りながら声を上げた。
「何だかあれってぇ、デイビスとスケルトンが仲間になった感じじゃなぁい?」
イザベルのこの言葉が、状況をよく表している。
デイビスと3体のアンデッドは、4人組のパーティの様だ。
「これはデイビスがやったことなのですか?でも、そんな風には見えないのです!」
メイも状況を把握できず混乱しているようだ。
「おそらく——」
エルムがらそう言いかけた時、スケルトンの後ろからもう一つの影が現れた。
「皆さん、これで全て終わりですよ!」
その声とともに現れたのは、鍛冶職人のカインだった。
「今までご協力ありがとうございました。長かった戦いも、これでようやく終わりを迎えることができます」
不敵な笑みを浮かべながら、カインはエルムたちに向かって話しかける。
思いもしなかった展開に誰も口を開くことができない。
「フッフッフ。どうしました?勇者のパーティの皆さん。そんなに黙りこくってしまって。これから勇者が新たな時代を作ってくれるんですよ」
カインは顎を上げ、下目遣いの視線をエルムたちに投げかける。
女3人は互いに目を見合わせた後、サーナが口を開く。
「どういう、ことですか?」
カインは鼻で笑い、デイビスの方へ手を向けた。
「こちらの勇者が、これから王国を滅ぼしてくれるんですよ」
「ちょっと、何でデイビスがそんなことをするんですか?」
叫ぶサーナに対し、メイがハッとした表情をした。
「…まさか、デイビスを…。いや、そうなのです。きっとそうに違いないのです…」
「やっと気付いてくれましたか。そうですよ。こちらの勇者は、僕の支配下に入ったんですよ!その剣の呪いによってね」
カインが指差した先——デイビスの右手の先では、長剣が淡い光を放っていた。