17 剣を握る勇者
日も暮れかかろうかという時刻、村の北端に二人の人物が立っている。
一人は軽装だ。
動きやすさを重視した革製の防具で上半身を覆い、下半身は同じく革製のレッグアーマを装着し、あまり荷物の入っていないバックパックを背負っている。
もう一人は職人風の男だ。
大きな荷物を横に置き、鞘に入った1m程の剣を両手で抱えながら立っている。
その二人の足元に、4つの長い影が近づいてきた。
「おう、エルム!待たせたな!」
声の主は勇者デイビスだ。
前面に王国の紋章が描かれたブレストプレートで上半身を守り、左腕から肩にかけて金属製の重厚なガントレット、下半身には対魔法効果が施された布製のズボンにロングブーツを履き、腰からマントをひらめかせている。
全体的に黒系で統一されているが、装備だけを見れば名だたる騎士や勇者に見えるだろう。
そして彼の後ろには、3人の女冒険者が続く。
デイビス同様、3人とも戦いに備えた装備だ。
桃色の髪をツインテールにしたサーナは、短めのワンピースの上に金属製の胸当てを付け、ブーツとスパッツで下半身を守るという動きやすい装いだ。
それに対し、イザベルとメイは支援タイプであるため、防具は控えめだ。
イザベルは肩と太ももを出した露出度の高い衣装の上からローブを羽織っており、メイはブラウスとチェックのミニスカートの上にフード付きのローブを羽織るという出で立ちだ。
「カイン殿、今日は私たちにお任せください!まずはアンデッドを倒してから、ゆっくりと事件の方を解決しますので!」
「そうよぉ、カインくん。大船に乗ったつもりでいてちょうだねぇ」
「そうなのです!私たちに任せるのです!私たちは勇者一味なのです!」
デイビスたちの到着にカインは顔に笑みを浮かべるも、その顔にはどこか緊張が漂っているようにも見えた。
「よし、じゃあ行くか!」
デイビスのその一言を合図に、全員同時に祠への一歩を踏み出した。
デイビスが先頭に立ち、その後ろを女冒険者3人が固め、最後尾にエルムとカインが並び、祠までへの森の小径を進んで行く。
「おいっ、エルム!アイテム類はちゃんと準備してんだろうな!」
デイビスはチラッと後ろを振り返らずに言った。
「もちろん!ポーションにハイポーション、それにイザベルとメイ用にマジックポーションを幾つも用意しといたよ!」
——多分使うことはないだろうけど、そう思いながらエルムは答えた。
「まあ、そんなもん使う必要もねえだろうけどな!この俺が瞬殺してやるんだからよ!ハッハッハ!」
——そうなってくれればありがたいんだけどな。
相変わらずの能天気なデイビスを、エルムは思わず嘲笑した。
ちょうどその様子をカインが目にしており、エルムは変な顔で見られてしまった。
「デイビスゥ、今日は私たちも戦いに参加するからぁ、なんかあったら言ってよねぇ」
装備を整えているイザベルが、長い金髪を靡かせながら言った。
「おうよ!まあ、俺が女性の手を煩わせたりなんかするわけないけどな!ハッハッハ!」
とにかくデイビスは上機嫌だ。
恐らく彼の頭の中では最高の青写真が思い描かれているのだろう。
6人はそのまましばらく歩き続け、やがて道が広がってきた。
目指す祠まではあと少しだ。
「デイビス、もう少しだけど準備は大丈夫か?」
エルムは確認の意味をこめてデイビスに話しかけた。
「あぁ?エルム、てめえ俺を誰だと思ってんだよ!荷物持ちごときが、でけえ口叩くんじゃねえよ!俺に任せときゃ、全部オールオケオケなんだよ!」
なんとなく頼りない感じがしながらも、分かったよとエルムは言っておいた。
一方、カインはそんなデイビスに頼り甲斐を感じたようだ。
「デイビスさん、何卒よろしくお願いしますっ!」
「おうっ!青年、この勇者デイビス様に任せとけいっ!」
デイビスは右手の拳を上にあげ、カインに笑顔を見せた。
「事件の方は、このサーナにお任せあれ!」
桃色の名探偵もデイビスに便乗した。
やがて6人は北の祠が見える位置まで辿り着いた。
全員一度そこで足を止め、互いに視線を合わせた。
そして互いに頷くと、祠の方へ向かってデイビスが叫んだ。
「おいっ、アンデッドども!貴様らの悪行もここまでだっ!このデイビス様が退治してくれるわ!さあ、出てきやがれ!」
その声を合図にしたかのようにあたりに風が吹き始め、3体のスケルトンが地面から這い出してきた。
全てを削ぎ落とされた骨だけの体、その上に鎧を身につけ右手には剣を装備している。
3体とも以前と全く同じ出で立ちだ。
「お出でなすったな!とりあえず、こいつは挨拶がわりだーーーーー!!!!」
そう言うと、デイビスは右手に剣を構え走り出した。
——おい、バカやろう!エルムは心の中で叫んだ。
スケルトンは、デイビスのレベルでは到底倒せない相手だ。
それは前回のことで既に分かっているはずだ。
なのに、そんな相手に真っ向から切り掛かって行くなんて、自殺行為に等しい。
まして、デイビスに特別な策があるわけでもないだろう。
そう考えたエルムは、何かあったらいつでも動ける準備をした。
しかし次の瞬間、思いもよらないことが起きた。
右手で剣を上段に構えながら走って行ったエルムに、先頭にいたスケルトンが斬りかかってきた。
危ない!と思えたのだが、その太刀筋ををジャンプして躱し、スケルトンの頭を踏みつけて、さらに前へと跳躍したのだ。
そして空中で剣を両手に持ち直し、2体目のスケルトンに斬りかかるべく着地をした。
しかし瞬間、足がもつれて盛大に前へと転がったのだった。
——危ない!
転んで倒れたデイビスに向かって、1体のスケルトンが剣を振り下ろそうとした。
すぐさま動き出そうとしたエルムだったが、すぐ横で風を切る音がした。
ヒュンッ!ヒュンッ!
エルムが横を向くと、サーナが左手で弓を構えていた。
立て続けに2本の矢を放った直後だった。
その矢の1本は、斬りかかろうとしたスケルトンの剣を弾いた。
そしてもう1本の矢は、少し離れたところにいたスケルトンとデイビスの間に突き刺さった。
攻撃の回避と牽制に成功したようだ。
一旦胸を撫でおろしたエルムの耳に、すぐに小さな呟きが聞こえてきた。
その呟きは徐々に大きくなる。そして
【エクスプロジオン】
緑髪の少女が右手を前に突き出し、叫んだ。
するとデイビスの周りの地面が一斉に爆ぜた。
それと同時に、土が高く跳ね上がった。
その瞬間をエルムは見逃さなかった。
土が舞い上がったことにより、数秒の間、敵も見方も視界が塞がれた。
その隙に、エルムは右足を大きく踏み込んだ。
刹那、エルムはデイビスの真横にいた。
エルムは後ろを向き、振り向きざまにデイビスの脇腹辺りを大きく蹴り上げた。
中に舞うデイビス。
その体はゆっくりと弧を描く。
そして数秒後、仲間の目の前に着地した。
「あらぁ、デイビス。怪我してるのぉ?ちょっと待ってねぇ」
デイビスの姿に真っ先に気づいたイザベルは、手に持っていた杖をデイビスの脇腹辺りにかざした。
白い柔らかい光がデイビスを包み込む。
するとデイビスの脇腹の怪我は一瞬で癒えた。
「デイビス、大丈夫か?」
イザベルの後ろからエルムは声をかけた。
全員の視界が回復する前に、エルムは元の場所まで戻っていたのだ。
「おお、悪りい悪りい!ちょっくら転んじまったぜ、ヘッヘッヘ!」
頭をかくデイビスを呆れた表情でエルムは見たのだが、
「でも、スケルトンの攻撃を受けてあの程度の脇腹の傷で済むなんて、さすがデイビスですね!」
サーナが見当違いな発言をする。
「まあ、俺くらいになるとな、鍛え方が全然違うから、あの程度なんてへっちゃらなんだよ!ハッハッハ!」
デイビスが調子に乗っているが、
——俺が手加減したからに決まってるだろ、とエルムは心の中で思っていた。
その後、立ち上がったデイビスに向かって、後ろから声がかけられた。
「デイビス様、この剣で決着をつけてください」
そう言ったカインは、両手で抱えていた剣を前に差し出した。
その剣とカインの姿をデイビスはまじまじと見つめた。
直後、デイビスは真剣な眼差しでカインの目を見返した。
「おうっ!任せとけ、青年!」
そう言うと、右手でその剣を受け取り、左手で鞘を取り外した。
そしてその剣を高く掲げ言い放った。
「この剣で、アンデッドにも青年の気持ちにも決着をつけてやるぜ!」
その姿は、まるで魔神のようだった。