15 呪いの家
「エマさん!」
カインの店を出たエルムは、村の外れの方へと歩いていくエマを見つけ声をかけた。
「ん?あっ、エルムさん!」
後ろを振り返ったエマは、走って来るエルムに気付き立ち止まった。
そしてエルムが近くまで来るのを待ってから、再度口を開いた。
「いったいどうしたんですか?」
「いや、これエマさんのですよね」
エルムは息を切らした演技をしながらハンカチを持った手を前に出した。
「ん?あ、それをどこで?」
「カインさんの店に落ちていたんですよ。それで追いかけてきたんです」
「そうだったんですか。ああ、全然気付きませんでした…。でも見つけていただいて助かりました。わざわざ持ってきていただいて、ありがとうございます!」
エマは胸の前でそのハンカチを両手で握り、ホッとした表情を浮かべてから頭を下げた。
その様子が気になったエルムは彼女に質問をした。
「そのハンカチは、大事なものだったんですか?」
それを聞いたエマは、少し恥ずかしそうな表情をした。
「ええ、これは昔カインに貰ったものなんです」
「あ、そうだったんですか」
エルムは少し気まずそうな表情をした。
その表情を見たエマは、ハッとした様子を見せた。
「すみません。こんなことどうでもよかったですよね」
そう言って頭を下げたのだが、エルムは笑顔で言った。
「いえ、もし良かったらその話を聞かせてもらえませんか?」
二人は歩きながら話を始めた。
「このハンカチは、初めてカインにもらったプレゼントなんです」
エマは嬉しそうな表情を浮かべながら話を続ける。
「もう5年くらい前のことなんですが、彼があのお店を出した時に貰ったものなんです。ずっと使い続けてるなんてみっともないって思いますよね」
笑みを浮かべながらエマはエルムの方を見た。
「いえ、そんなことはないですよ。見た感じ、すごく大事に使ってそうでしたし。それに、僕の仲間には5年以上も同じ下着を穿いている男もいますし」
「えっ、そうなんですか。随分と物持ちがいい方ですね」
エマは笑いながら答えた。
「まあ、そいつにとってはどうでもいい下着だと思いますが、でもそのハンカチはエマさんにとって大事なものなんですよね。だったらずっと使い続けたらいいんじゃないですか」
「そう言っていただけると嬉しいです。なんかこんな話をエルムさんにするのもお恥ずかしいんですが、このハンカチをもらった時、私すごく嬉しかったんです」
エマは遠くを見ながら思い出すように話を続ける。
「カインと私は幼馴染なので、昔はよく一緒に遊んだりしてたんです。ただ、次第に彼は武器作りにのめり込んでいくようになってしまって一緒にいる時間も減っていったんです。」
エルムはエマの方へ顔を向けながら話を聞いている。
「それで彼が17歳になった時、あの店を出すことになったんです。その時にこう言ったんです。
『ようやくこれで自分のお店を持つことができる。これもエマのおかげだよ。いつも応援してくれてありがとう。それなのに、僕はいつも武器作りに熱中してしまってごめんよ』
それを聞いた時、思わず涙が出てしまったんです。その時に彼が差し出してくれたのが、このハンカチだったんです」
照れた表情を見せながらエマは話を続ける。
そんなエマの隣で、チラッと後ろを見ながらエルムは話を聞く。
「よく見たら新品で後で返そうと思ったんですが、彼が『エマには今まで何もプレゼントなんてしてこなかったから、それはエマにあげるよ』って言ってくれたんです」
「そうなんですか。僕らの周りには無いような凄く素敵な話じゃないですか」
そのエルムの言葉で、エマは恥ずかしそうに顔を下に向ける。
そろそろ頃合いかと思ったエルムは、話の矛先を少し変えてみる。
「ちなみにお二人は家がご近所だったんですか?」
「いえ、一時期私たちは一緒に住んでたんです」
「一緒に!?」
聞き返したエルムに、エマは顔を赤らめてハンカチを持ったままの両手を横に振った。
「あ、あの、一緒にといっても同棲とかじゃなくて、本当に小さい時の話ですよ」
エルムはその反応に初々しさを感じた。
「もともとカインは王都にいたんですが、お父様が亡くなられたのを機にこの村に来たんです。彼のお父様と私の父がやはり小さい頃からの親友だったということで、それで私の家で一緒に住むことになったんです」
「ああ、なるほど。そういうことだったんですか。それで一緒に暮らしていくうちに」
そう言いながらエルムはエマの方を見ると、エマは赤い顔のまま頷いた。
意外にエマは素直な女性のようだ。
もしくは、先ほどのカインとの会話がそうさせたのかもしれない。
しかし今はあまり無駄話をしている状況ではなかったため、エルムはもう少し話の方向を変えてみた。
「カインさんのお父様も鍛治職人だったんですよね」
その言葉に、エマはチラッとエルムへ視線を向け「ええ」とだけ言い黙ってしまった。
何かを言おうかどうか迷っているようだ。
エルムは後ろを気にしながらも、エマに問いかけた。
「カインさんが命を狙われているのは、もしかしたら彼のお父様が関係しているのではないかと思うんですが、エマさんはどう思います?」
エマは俯きながら数歩歩いた後、顔を上げ話し始めた。
「実は、私もそう思うんです。カインも、お父様のように無実の罪で命を奪われてしまうんじゃないかと」
「無実の罪、ですか?あの、詳しく教えていただけませんか?」
エルムは何も知らないふりをする。
「はい。私も人づてに聞いた話なんですが、15年前に王都で貴族が殺された事件があったらしんです。ご存知ですか?」
「いえ、知りませんでした」エルムは正直に答える。
「その貴族の方は、王国が推し進めていた政策の中心人物の一人だったようなんですが、その方がある夜、二人の男に襲われて殺されたらしいんです」
「二人組…ですか」
「ええ。で、その二人組が持っていた武器がカインのお父様の作ったものだったようなんです。でも、お父様はそんな武器を作った記憶はないと周りに言っていたらしいのです」
「あの、なぜカインさんのお父様が作った武器だと分かったんですか?」
「それは、その武器にカインのお父様の銘が打たれていたようなんです。お父様は自分が作った武器には必ず銘を打っていたようで。それに、お父様がいつも作る武器と同じ型のものだったようなんです」
「なるほど、それで」
エルムには大分真相が見えて来たようだった。
「その後も、お父様の武器を持った人が何人か要人を殺害したようなんです。ただ、混乱を防ぐためにも王国が公にはしなかったようなんですが」
「エマさんには、何か心当たりがありますか?」
「心当たり…ですか。いえ、そこまでは…。ただ、父が小さい頃に耳にした噂らしんですが、フォレストの家——カインの家のことですが、あれは呪いの家だと一部の人たちに言われていたようなんです。そんなことはないと私は思っているんですが、でも万が一のことがあるかもしれないと思い、カインには武器を作るのを本当はやめて欲しかったんです」
その言葉を聞き、エルムは黙って何かを考えている。
「エルムさん、お願いです!どうか、どうかカインを助けて上げてください!勇者様の力でなんとかお願いいたします!」
「エマさん。僕らも最前は尽くします。先ほどはああは言いましたが、あの二人組から彼を守ることには全力を尽くします」
「エルムさん…ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
そこで、エルムはエマと別れた。