14 過度な期待と軽薄な約束
「いやあ、ごめん。まさかエマがいるとは思わなかったよ」
店舗スペースにエルムとカイン、そしてつい先ほど入ってきた少女エマの3人が顔を合わせている。
エマの勘違いによる悲鳴を聞きつけ、浴室からカインが半裸状態で飛び出してきた時もう一波乱あったのだが、事情を説明したことでようやくエマも落ち着いたのだった。
「こっちだってビックリしたわよ。店に入ったら知らない男性がいて、奥からカインの声でベッドで待ってる、なんて言ってるんですもの。驚かない方がおかしいわよ」
エルムはエマが一部間違った記憶をしているのを正そうとしたが、今ここで口を出してさらに話が逸れるのも面倒だったので黙っていた。
「ああ、ごめんごめん。エマがいつも日が暮れる頃に来るから、今日も遅いと思ってたんだよ」
先ほどのエマの言葉を訂正することなく、カインは話を進める。
「いや…それは渡すものがあるって言われたから…」
エマは先ほどの声とは変わり、上目遣いでカインをチラチラ見ながら呟くように言った。
「ああ、そうだったそうだった」
そう言いながらカインは工房の方へと歩いて行き、ああこれこれ、という声とともに戻ってきた。
その手に持っていたものは、先ほどエルムが見た木製の箱だった。
「これをエマに渡そうと思ってたんだよ」
そう言うと、手に持っていた木製の箱を胸の前に上げて見せた。
それを見たエマの顔は、大きく目を見開いたあと頬が上気していったのだが、表情は無理に冷静さを保っているようだった。
「な、何、それ?」
エマはあくまで冷静にカインに問いかけた。
「うん。ちょっと早いんだけどさ、エマの21歳の誕生日プレゼント」
「え?誕生日って、まだ2ヶ月以上も先だけど…」
エマは怪訝な顔で聞き返した。
「そうなんだけど…。…ただ、この先どうなるかちょっと分からないから…」
口を濁すようなカインの言葉にエマは真顔になり詰め寄った。
「ちょっとカイン!それってどういうこと!?」
先ほどカインが大まかに状況の説明をしたのだが、エマはそれほど深刻な状況だとは考えなかったようだ。
「うん…勇者様たちが言うには、命を狙われている可能性もあるかもしれないってことだから…」
「でもそのためにエルムさんがここにいるんでしょ!」
エマは一瞬エルムを見てから、真剣な表情で言った。
カインもエルムの方を見た後、エマから目を逸らしながら言った。
「そうなんだけど…。ただ、相手が何者なのかもまだ分からないし…」
するとエマは急に下を向いてしまった。
よく見ると肩を震わせている。
「だから……だから、言ったのよ…命を狙われてしまうかも、しれないって…あなたの、お父様のように…」
「ごめん。でも…それでも僕は、武器を作り続けたいんだ。父さんのように」
その後二人は完全に黙ってしまった。
いつの間にか重たい空気がその場を支配していた。
ここまで黙って二人の話を聞いていたエルムだったが、ここで意を決し口を開いた。
「あの、エマさん。お気持ちは分かるんですが、過度な期待はしない方がいいですよ。相手は勇者デイビスを振り切った奴ですから」
その言葉を聞き、エマは息を止めた。
そんなエマに近づきながらエルムは続ける。
「もちろん僕らも全力で二人組からカインさんを守ります」
エルムは観察するようにエマの周囲を歩く。
「ただ、カインさんの前で言うべきではないかもしれませんが、100%の保証はできかねます」
エマはその言葉を聞き、斜め後ろにいたエルムの方へ鋭い視線を向けた。
「そんな…」
「エマ…ごめんよ。僕だって死にたくはないし、死ぬつもりもない。ただ、いつ何があるか分からないから、今のうちにこれを渡しておきたかったんだ」
「カイン…」
エマは再びカインの方へ顔を向けた。
「だから」エルムは一歩エマに近づき、
「エマさん。カインさんの気持ちを分かって上げてください」
そう言うと、カインはそっとエマの肩に手を当てた。
それを合図にするかのように、エマは膝をついて涙をこぼし始めた。
カインはエマの前に片膝をつき、その手をとった。
「エマ、一先ず言っておくよ。今までありがとう」
「カイン…」
二人は互いに手を握りあい、しばらくの間涙を流した。
その後ろで、エルムは無表情である一点を見つめていた。
そのまましばらく時が経ち、ようやくエマも気持ちが落ち着いたようだ。
「カイン、いろいろありがとう。このプレゼントはありがたくいただくとするわ。でもね、また来年もプレゼントをもらいにくるからね!」
まだ目は赤いものの、笑みを作りながらエマはそう言った。
「おいおい、来年のプレゼントを今から要求するのかよ!」
カインも顔に笑みを浮かべている。
「絶対もらいに来るからね!覚えておきなさい!」
「分かったよ、覚えておく」
「よし!」そしてエマはエルムの方を顔を向け
「エルムさんも色々とありがとうございました。それに、これからもカインのことをよろしくお願いします!もちろん清く正しく!」
「え?」と呟いたエルムは、エマが未だに何かしらの勘違いをしているのではないかと思った。
「じゃあ、そろそろ帰るわね!」
エマは再度カインの手を取り、両手で握って言った。
「またね!バイバイ!」
そう言うと、エマはカインの店を出ていった。
その姿を二人で見届けたエルムとカインだった。
しかし、そこでエルムが突然声をあげた。
「あれ!エマさん忘れ物をしたみたいだ」
床にしゃがんだエルムは、女性もののハンカチを手にしている。
「カインさん、すみません。ちょっと彼女に渡してきますね!カインさんが言ったら、彼女の決意が揺らいじゃうかもしれませんから!」
一方的にそう言いながらエルムはエマの後を追いかけた。
何かあるな、エルムは心の中でそう思っていた。