12 計画前進
薄暗い部屋に一筋の光が差し込んできた。
カーテンの隙間から侵入したその光に瞼を刺激されたエルムは、浅い眠りから目を覚ました。
昨晩の魔獣騒ぎの後始末に奔走した彼は、十分な睡眠を得られていなかった。
とにかくエルムにとっては災難だった。
急激にアルコールが回ったデイビスは、そのまま眠ってしまいピクリとも動かなくなった。
そんなデイビスをどうするべきか仲間たちと話し合っていると村の青年団が到着し、周囲の見回りを手伝って欲しいと言われたのだ。
女性陣は当然のように拒否したため、エルムが手伝うことになったのだが、それだけでは終わらなかった。
一時的な魔獣凌ぎの対策と、死んだゴブリンの処理まで押し付けられ、全て終わった頃には空が薄っすらと明るくなっていたのだった。
そもそも今回の魔獣騒ぎの原因、それは結界のための呪符が無くなっていたことだった。
人為的なものなのか事故的なものなのかはまだ分からない。
分かっているのは、村の青年団の一人とエルムが確認をしに行ったら、あるべき場所に呪符がなかったと言う事象だけだ。
ただ、北の祠に続き、村周辺の呪符まで自然に無くなるなんてことは、どう考えてもあり得ない。
だからこそ、誰かが故意にやったに違いないとエルムは考えた。
じゃあ、一体誰が?何のために?
「まずは、そいつを突き止めなきゃな」と呟きながら、エルムはベッドから起き上がった。
エルムは髪の毛を乾かさずに寝てしまったため、盛大にはねた寝癖を直していると、いつものように部屋のドアが開けられた。
「おはようございます、エルム!」
サーナを先頭に、女冒険者3人が部屋に入って来た。
今朝は桃色の髪をツインテールにしているサーナだが、相変わらずテンションが高い。
「あの〜、毎回のことなんだけど、ノックぐらいしてくれないか」
逆にエルムは、寝起きのために若干テンション低めの声だ。
「いいじゃなぁい、みんなの部屋なんだしぃ。それよりさぁ、もう朝ごはん食べたぁ?」
エルムと同じく、イザベルも少しだるそうな感じで話してきた。
突っ込むのも面倒だったエルムは、その言葉の前半部分は無視することにした。
「いや、まだ食べてないけど。というか、今起きたところだし」
「だったらさぁ、今から食べにいかなぁい?」
「ああ、いいけど。でもデイビスは?」
いつもならこの3人にくっついてくるデイビスがいなかったので、エルムは気になったのだ。
「ふあ〜…、デイビスはまだ寝てるのです…。多分、今日はダメだと思うのです…ふぁ〜」
メイが目をこすりながら答えた。
昨晩エルムが宿に帰って来た時、メイはまだ起きていた。
そのため、恐らくエルムと同じくらいの睡眠しかとれていないのだろう。
彼女の緑色の髪の毛の寝癖もそれを物語っている。
「そっか、分かった。じゃあすぐに行く?」
エルムの言葉を聞き終わらないうちに、3人は部屋を出ていった。
おいおい勝手な奴らだと思いながらも、実はエルムにも3人に話すことがあったので、ちょうど良かったと思っていた。
「というわけで、ゴブリンが襲って来た理由は、呪符が無くなっていたかららしいんだ」
あらかた朝食を食べ終えたので、エルムは昨晩の詳細を伝えた。
「え、やぁだぁ。それってぇ、誰かが呪符を取ったっていうことぉ?」
後ろでまとめていた髪をほどきながらイザベルが言った。
「いや、あくまで可能性ということだけどね」
「でも確かにその通りですよね!自然に呪符が取れるなんて滅多にないですからね。でも一体誰がそんなことを?う〜ん」
サーナは右手の人差し指と中指で額を叩き、考えるそぶりを見せる。
その隣で、メイが顔の横に手をあげる。
「やっぱりあの二人組が怪しいと思うのです!」
「ん〜、順当に考えればそうですよね。でも何のためにそんなことを…」
さすがの迷探偵も今朝は頭が働かないようだ。
「そんなのぉ、村に嫌がらせをしたかったんじゃなぁいのぉ?」
イザベルは髪を指でくるくる巻きながら興味なさそうに言う。
「まあでも、嫌がらせっていうレベルを超えてるでしょ。だってゴブリンが襲って来たわけだからね。下手したら村人に死人が出てもおかしくなかったよ」
「となると、やっぱり鍛治職人さんの命が狙われたんですよ!」
エルムの言葉を受け、サーナの思考のスイッチが入ってしまったみたいだ。
「何でそうなるのですか?何でなのですか?」
「いい、よく考えてみて。もしメイが誰かを暗殺しようとするなら、何を考える?」
「メイは暗殺なんてしないのです」
「いや、そうじゃなくて。仮の話として、仮の」
「ん〜…、やっぱり暗殺なんて考えたくないのです!」
メイとのやり取りに埒が明かないと考えたサーナは、自分で話し始める。
「暗殺をする場合って、やっぱりリスクを極限まで下げる必要があると思うんですよ」
偶然だと思われるが、エルムはそう言ったサーナと目があった。
一瞬ドキっとしたエルムだったが、決して表情には出さず、「う、うん。そうかもね」と答えた。
「理想は、自分の姿を誰にかに見られることなく相手を殺すこと、だと思うんです。誰かに見られてしまったら、それで計画が頓挫してしまう可能性が高まりますからね」
エルムは心の中で、うんうん、と頷く。
完全にその通りというわけではないが、概ね合っている。
「となると、絶対に姿を見られずに相手を殺す方法は何か?っていうことになるわけですよ」
「あぁ、そういうことねぇ」
イザベルのその反応に、メイが食いつく。
「え?何なのですか?それは何なのですか?」
「ほらぁ、自分の姿は絶対に見られちゃいけないわけでしょぉ。だったらぁ、他人を使って殺しちゃえばいいわけじゃなぁい」
「そうです。しかもそれが魔獣だったら、自分たちはより安全になります。人間が魔獣を操れるなんて思いもしないですからね」
「あ!なるほどなのです!だから、ゴブリンにカインさんを殺させるために、結界を解いて村を襲わせようとしたんですね!」
デイビスがいないと話がスムーズに運ぶな、と思いながらエルムは彼女達の会話を聞いていた。
「あのさ、実はちょっと大事な話があるんだ」
エルムは頃合いだと考え、話を切り出した。
「昨日の夜なんだけど、村の人たちの手伝いをしている時に、もし同じことが起きた場合どうしたらいいか?って相談を受けたんだ」
「それは結界が解かれて魔獣が襲って来たら、ってことですか?」
「そう。魔獣が襲って来たら僕たちで倒せばいいんだけど、それだとキリがないでしょ。だから、呪符が取られないようにしたらいいんじゃないか、って答えたんだ」
3人とも珍しくエルムの方を見ながら話を聞いている。
「そしたらさ、村周辺の見回りをお願いできないか、って言われたんだ。ほら、村の人たちは仕事で忙しいみたいだから」
「いいんじゃないですか。エルム、やってあげて下さいよ!」
エルムは予想通りの返答が来て、一瞬ニヤリとした。
「そう?じゃあ、お礼は僕が全部もらっていいってことかな?」
その言葉を聞き、3人の耳がピクんと動いた。
「いや、まあ、たまには協力してもいいかな、って思ったりもしてますよ」
「まぁ、たまにはいいんじゃなぁい」
「そうなのです!たまにはやってもいいのです!」
こいつらもデイビスと同じでよかった、そう思いながらエルムは心の中で薄笑いを浮かべた。
全ては計画通り。
自分はカインの側で警護をし、3人には周囲を見回らせる。
これで邪魔者が手出しをするのを牽制しつつ、奴らのことを調べることができる。
あくまで目的は依頼の遂行、つまりカインの暗殺だ。
しかし、全てのリスクは取り除かなければならない。
そのためにも、二人組の目的と背後にいる人物の特定が必要だ。
エルムの計画が前進しだした。
「じゃあ、そろそろ行こうか。モーニングの時間も終わりだし」
そう言って全員が席を立とうとした時だった。
一人の男がエルム達のほうへずかずかと近寄って来た。
「おいっ!お前ら何で俺を起こさないんだ!」
デイビスだ。
起こさなかったことを怒っているようだ。
「危うく朝飯を食いそびれるところだったじゃねえか!おいっ!俺にも朝飯くれ!」
そう叫んだデイビスだったが
「デイビス…、もう朝食の時間は終わりだよ」
エルムがデイビスに教えてあげた。
すると、デイビスの顔は昨晩以上に青白くなった。