11 魔獣襲来
「魔獣だー!魔獣が出たぞー!」
宿の外から叫び声が聞こえた。
「なんだとー!結界が張ってあったんじゃねえのかよ!」
デイビスは叫びながら窓へと駆け寄る。
既に外には、村の青年団が武器を持って集まって来ているようだ。
「おいっ!俺たちもいくぞ!」
デイビス達は一気に酔いが覚めたようで、各々の部屋へと走って行った。
「カインさんは取り敢えずこの部屋で待っていて」
エルムはカインに告げたところ、
「いえ、エルムさん。僕も一緒に行きます!」
「え?でも危険ですよ」
「大丈夫です。それに確かめたいこともありますし…」
真剣な眼差しで話すカインを前にし、エルムも観念したようだ。
「分かりました。じゃあ、デイビスにも伝えておきます」
「分かった。じゃあ、カインはエルムと一緒に後ろで待機してろ!絶対に前に出てくんじゃねえぞ!」
宿の玄関でエルムから事情を聞いたデイビスは、カインに指示を出すと慌ただしく歩き出した。
そして、武器を持った村の青年団に近づくと「おい!魔獣はどこだ!」と大声で聞いた。
「この先の、村の北端の方みたいです」手前にいた一人が答えた。
「よーし分かった!このデイビス様に任せとけーー!!」
威勢良く叫んだデイビスは、先陣を切って走って行った。
「なんかデイビス張り切ってますね!」
デイビスの背中を追いかけながらサーナが言った。
「そうなのです!デイビスは張り切っているのです!」
小柄なメイは小走りでサーナに追走する。
「そうねぇ。でも、もしかしたらぁ…」
胸を揺らしながら二人の後ろを走るイザベルが、何かを思いついたようだ。
「なんですか?イザベル殿」
サーナが後ろを振り返る。
「デイビス、まだ酔ってるんじゃないかしらぁ」
「「「「「え!?」」」」」
イザベルのその一言に、全員が一斉にイザベルの方を見る。
「冗談よぉ。ふふふ」
「イザベル殿、このような時にやめてください!」
サーナが抗議するようにイザベルに言う。
「あらぁ、あなたのファニーな推理と同じじゃなぁい」
「なっ、なにを言うんですか、ファニーだなんて!」
サーナは少しムッとした表情を見せる。
「もぅ、いつも楽しい時間をありがとぉってことよぉ」
イザベルはいなすように笑顔で言った。
その様子をエルムは呆れた目で見ていた。
すると、エルムと並走していたカインがボソッと呟いた。
「イザベルさんって、走っている時も話し方が変わらないんだ…」
そう、イザベルもまた変人なんだよ、エルムは心の中で教えてあげた。
「それより、デイビス一人で大丈夫か気になるのです!どんな魔獣か気になるのです!」
先に走って行ったデイビスの姿が見えなくなり、メイが心配し出した。
「そうですね!どんな魔獣が出たのか気になりますね」
確かにそうだった。
村人の情報では、どんな魔獣が出たのかが分からなかった。
メイとサーナが心配するのも当然だった。
「そうねぇ。もしかしたら、デイビスは魔獣のことに頭が回っていないんじゃないかしらぁ」
それはあり得ることだった。
デイビスは基本的に常に突っ走る人間だ。先のことを考えているケースは非常に少ない。
「まずいな」そう思いながらエルムが走っていると、カインがエルムの顔を覗き込むように話しかけてきた。
「エルムさん、そんな深刻な顔をしてどうしたんですか?」
デイビスが実はそんなに強くないと言うわけにはいかないため、エルムは適当に言い訳をする。
「あ、ああ。その、もしデイビスが酔ったままだったらまずいんじゃないかな、とか思ったりして」
「でも勇者様ですよね。酔ってても魔獣なんてパパパッとやっつけちゃんじゃないですか!」
カインはデイビスのことを信じて止まないようだ。
そのカインの言葉を聞き、メイが話に割り込んで来た。
「そうなのです!デイビスは強いのです!でも時々おっちょこちょいをするのです!だから心配なのです!」
半分合っていて半分合っていないような表現だった。
「でもさぁ、北の端っていうことはよぉ、あのアンデッドの可能性もあるんじゃなぁい?」
今回の魔獣が出たとされている場所は、村の北端だ。
つまり、北の祠から村へと続く道の玄関ということになる。
もし村の近辺の結界が解かれているとなると、今回の魔獣騒ぎはアンデッドという可能性が非常に高い。
そのためエルムは様々な状況を想定しながら走っていた。
「あの」そんなエルムの思考を、カインの声が遮る。
「勇者様だったら、そんなアンデッドも軽々倒してしまうんじゃないですか?」
その言葉を聞き、エルムは今ここであの事をカインに聞くべきか迷った。
しかしそんなエルムの思考に気付くわけもなく、サーナがカインに言った。
「あのアンデッドは武器を持ってるんですよ!しかも人間の作ったやつをです!」
「え?アンデッドが人間の武器を、ですか?」
サーナの言葉を聞き、カインを注意深く観察し始めたエルムだったが、カインは何も知らないといった表情でサーナに言葉を返した。
「そうなんですよ。あ!そういえばカインさん、鍛冶職人ですよね!何か心当たりはありません?」
「え!?心当たりですか…。そんな、急に言われても…。ん〜、アンデッドが人間の武器を手に入れるとしたら…、人間が落としたものを拾った…とかじゃないですか?」
サーナと会話のやり取りをするカインに特に不審な点は見られず、カインは何も知らないのかもしれない、とエルムは思い始めた。
「あ、あそこだと思うのです!」
メイが前方を指差した。
「そうみたいねぇ。魔獣達が倒れているわぁ」
メイが指をさした辺りには、魔獣と思しき生き物が複数倒れている。
「デイビスがやってくれたのですね!」
サーナが笑顔で言う。
「ん、あれ、ゴブリンじゃないですか?」
「そうねぇ。ゴブリンのようねぇ」
「そうなのです!ゴブリンなのです!」
今回の魔獣は、アンデッドのスケルトンではなく、ゴブリンだったようだ。
エルムは胸をなでおろした。
「なんだ、ゴブリンだったんですね。だったらデイビスにとっては余裕でしたね!」
サーナのその言葉に、イザベルが反応する。
「でもぉ、デイビスはどこぉ?姿が見えないわよぉ」
確かに、その場所に立っている人物は見当たらない。
そこにあるのは10体近くのゴブリンの死体だけのようだ。
「…ん?あ!デイビス!?」
アーチャーであるサーナは、パーティの中でも一番視力がいいため、いち早く気づいたようだ。
倒れているゴブリン達の奥を指差す。
「え?どこなのですか?どこなのですか?」
「ほら、あそこ!ゴブリン達の奥を見て、メイ!」
エルム達も目を凝らして見る。
すると、ゴブリン達が倒れているその奥に、もう一人倒れている人間がいた。
「「「「!?」」」」」
その倒れている姿を視認し、全員が一目散に走っていった。
「デイビス!」
全員がデイビスに駆け寄ると、彼は全身が泥まみれになっているようだった。
「ま、まさか。やられてしまったのですか…」
サーナがデイビスの体を膝に乗せ、イザベルとメイがその腕を取った。すると
「う、うう…」
デイビスがうめき声を発した。
「「「デイビス!大丈夫!?」」」女性陣が同時に声をかける。
「う…う…うおぇ」
デイビスは胃の中のものを吐き出した。
「「「デイビス!しっかりして!」」」
すると、デイビスは絞り出すような声で言った。
「の…飲み過ぎた…」
その瞬間、女3人はすっと立ち上がり、デイビスの体は地面に叩きつけられた。
「うおぇ」