プロローグ
「オラオラオラオラオラオラ!!!」
聖剣を持った男がモンスターの群れに飛び込んでいく。
彼は勇者デイビス。
魔王を倒すために世界を旅する冒険者だ。
与えられた恩恵により、圧倒的な力で敵を倒していく。
20匹程のモンスターを、たった三振りで全滅させた。
「おいおい、ここら辺の奴らは全然手応えないな。おいっ、エルム!ちゃんと魔石を回収しとけよ!」
勇者デイビスに命令されたエルムは、「うぃーっす」と呟き、倒れたモンスターの方へゆっくりと歩いていった。
彼は荷物持ち兼雑用係のエルムだ。
「さすがデイビス!あっという間でしたね!」
「デイビス、大丈夫ぅ?怪我はないかしらぁ?」
「さすが勇者なのです!かっこいいのです!」
エルムが倒れたモンスターから魔石を回収している最中、3人の女がデイビスの元に駆け寄っていく。
この5人が勇者のパーティだ。
4人のスキル持ちと1人の荷物持ち。
彼ら5人は王の命を受け魔王を倒す旅をしている、ということになっている。
正確に言うと、1人を除いて皆そう思い込んでいる。
「はははっ!こんなの朝飯前よ!この程度で怪我なんかするわけねえって、エルムじゃねえんだからさ!はははっ!!」
デイビスは笑い声を響かせながら、仲間の女達の元へと戻ってきた。
「まあ、デイビスなら当たり前ですよね!」そう言うのはアーチャーのサーナ。
「たまには治療くらいさせなさぁいよぉ。ふふっ」舌足らずに言うのはヒーラーのイザベル。
「その振る舞い、シビレるのです!」滑舌よく言うのはウィザードのメイ。
3人の女冒険者に囲まれながら、勇者デイビスは満足そうな顔で言い放つ。
「おいっ!エルム!ぐずぐずしてんなよ!先行っちまうぞ!」
「デイビスぅ、別にエルムなぁんか待たなくてもいいじゃなぁい。早く街に戻ってぇ、4人でゆっくりしましょうよぉ」
「まあ、それもそうだな。おいっ、エルム!ちゃんと全部回収して来んだぞ!もし回収漏れがあったら、しばいてやるからな!よ~し、じゃあ皆、行こうぜ!」
4人はでかい声を出しながら街へと帰って行った。
「ふぅ、やっと一人になれたよ」
エルムは息を吐くと手際よく魔石を回収し、街へと足を向けた。
勇者一行が滞在している街も既に日が落ち、薄暗くなってきている。
エルムは繁華街の一角を歩いていると、通りかかった店の中から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「それでよー、俺は立ちはだかるモンスターを睨んでやったわけよ。そしたら、もうそれだけで奴らは逃げ出しちまったのさ。いくら俺が強いからってよ、睨んだだけで逃げんなっつの!が~っはっはっはっは!」
何だか頭の悪い話し方をする奴がいるなと思っていたら、それは勇者デイビスだった。酒場で自分の武勇談を誇張して聞かせているようだった。
「いよっ!さすが勇者様っ!」
周りの客たちも皆酒が入って、大分盛り上がっているようだ。
魔石の入った大きなバックパックを背負ったエルムは、彼らに気付かれないように足早に通り過ぎようとしたのだが、デイビスに見つかってしまった。
「おお、エルム!お前おっせーよ!ったく、どんだけ時間かかってんだ!」
ああ面倒くさい、と思いながらエルムは店へ顔を向けると、デイビスと他の3人が蔑むような笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「いや~、デイビスが倒したモンスターの量が多くて、思ったより時間がかかちゃって」
この場を早く立ち去りたかったエルムは、いつものように適当な理由を伝えた。
しかし今日は、取り巻きの女たちがうるさかった。
「デイビス、こんなどんくさい人、もういらないんじゃないですか?」
「うん、そうよねぇ。私たちだけの方が楽しいわよねぇ」
「デイビス殿!私もそう思うのです!」
ああ始まっちまった…、とエルムは思った。
この女たちは、カルシウムが足りていないのか、腹の虫が悪かったり体調が悪かったりすると、いつもエルムを貶しはじめるのだ。
そして、こうなると次に起こることは決まっている。
「おう、そうだな。荷物を運ぶことしかできない奴なんて、いてもしようがねえよな!」
単純なデイビスはすぐに乗せられるのだ。女には特に。
「まあ、男なんて俺一人いれば十分だし。なあ、エルム。お前もそう思うよな」
「え、いや、それはちょっと…」
パーティを追い出されるわけにはいかない事情があるため(・・・・・・・
、エルムは食い下がる。
「あぁ?じゃあお前はさ、モンスター倒せんのか?彼女たちを危険から守れんの?」
女達がデイビスの後ろで、うんうん、と頷いている。
「え、いや、その…、まあ、その…頑張れば、何とか…なる…かも…?」
「はぁ?お前本気で言ってんの?」
エルムのことを常に見下しているデイビスは、恐らく口答えをされたように感じたのだろう。
少しいらっとしているようだ。
「じゃあよ、エルム。俺とタイマンで勝負しようぜ。もし俺に勝ったら、お前も戦える奴だって認めてやるよ。ただし」
デイビスはニヤついた顔でエルムを見る。
「もしお前が負けたら、このパーティから出ていけ。いいな」
デイビスの言葉を店にいた客たちも聞いていたようだ。
一斉に「うぉー!」「面白れぇー!」「やれやれー!」と歓声が沸いた!
パーティの女たちも満足そうな顔をしている。
まずい展開になったな、とエルムは心の中で思いながらも、
デイビスと通りで向き合った。
「よーし、じゃあルールは簡単だ。降参するか動けなくなった方が負け、以上だ」
既に周りには野次馬が集まっている。
エルムは逃げるに逃げられない状況になってしまい、荷物を降ろしながら「さてどうするかな?」と考えていたところ、不意を突くように
「じゃあ、行くぜ!」という声がした。
荷物を地面に置き慌てて振り返ると、デイビスが猛然と突進してくるところだった。
まずいっ!と思った時にはもう遅かった。
「だあああああああああ!あぢゃぁ」
凄まじい掛け声で襲いかかってきたデイビスが、突然姿を消した。
正確に言うと、姿を消したのではなく真横に5mほど吹っ飛んでいたのだ。
3人のパーティの女達も周りの観客も、何が起きたのか分からず、全員ポカーンという表情をしている。
(あ〜、やっちまった…)
エルムは心の中で呟いていた。
(不意打ちなんてしてくるから、思わず力出しちゃった。どうしよ?)
そう、デイビスが突っ込んできた瞬間、エルムは彼の右頬を軽く殴ってしまったのだ。
その結果、デイビスは90度真横に吹っ飛んだのだった。
(今のは確実に見られちゃったよな…、絶対まずいパターンだ…)
(……まあ、仕方ないか。っていうか、そろそろ潮時か)
エルムは決心した。
「いててててててて!エルムぅ!!てめえコノヤロー!」
右ほほを抑えながらデイビスが立ち上がった。
「まぐれで攻撃を当てたからって調子に乗んじゃねえぞ!」
どっちが調子に乗ってるんだ?と思いながらエルムはデイビスの目を見た。
「デイビスぅ、そんな男なんかさぁ、早く片付けちゃってよぉ」と言う外野の声を無視し、エルムは口を開いた。
「デイビス、それにサーナ、イザベル、メイ、今までそれなりに楽しかったよ」
いつものヘラヘラした声と異なり、落ち着いた低い声でエルムは話す。
その変化に、4人の冒険者は黙ってエルムの顔を見る。
「それにありがとう。君たちは随分と役に立ってくれたよ。本当に感謝している」
エルムは軽く笑みを浮かべた。
「でも、こんな終わり方になってしまうなんて、ちょっと残念だ」
「は?ちょ、何言ってるの?」4人の冒険者は聞き返す。
「そうだね。最後まで知らないっているのも可哀そうだから、教えてあげるよ」
エルムはポケットに手を入れ、歩きながら話し始めた。
「君たちはさあ、何のために今まで冒険をしてきたんだい?」
「ん、何のためって、そりゃあ魔王を倒すために」デイビスが当り前のように言う。
「そうか。じゃあ、魔王っていうのはいったい誰?どこにいる?そもそも何で魔王を倒す必要がある?」
「は?そりゃあ魔王は世界中の人々を苦しめてて、それで…」デイビスが言葉につまる。
「それで?」エルムは低い声で聞く。
「それで…」デイビスは言葉が出ない。
「そう、君たちはその程度のことしか知らない。まあ、知らなくて当然なのだが」
エルムは立ち止り、4人の方を見て言った。
「なぜなら、魔王なんていないから」
全員の目が大きく見開かれる。
「は?いや、でも、王国から毎回クエストが届いて…」言葉に詰まりながらデイビスが言う。
「そのクエストは誰がどうやって持って来ている?」
「それはいつもお前が…あっ!?」
デイビスは気付いたようだ。
「そういうことだ。雑用事はぜ~んぶ俺の仕事だった。つまり、お前らは俺が持って行ったクエストを、魔王討伐のためだと思い込んでたってわけさ」
「な、何でそんなことを…」
「決まってるだろ、俺の目的に合せてお前らを動かすためさ」
「…目的?」
「ああ、ターゲットを殺すことさ」
「殺す!?」4人とも体をびくつかせた。
「そうさ。依頼者から指定されたターゲットを殺すんだ。お前らがいたから本当に仕事がしやすかったよ」
「ど…どういう…?」
「まさか勇者のパーティに暗殺者がいるなんて普通思わないだろ。しかも俺は勇者の荷物持ち。そんな俺を疑う奴なんていないだろ。お前らは良い隠れ蓑として役に立ってくれてたんだよ」
「…エルム、お前はいったい何者なんだ?」
「俺か?俺はな、お前らは多分知らないと思うが、一部の人たちからは【死線の裁鬼】って呼ばれててな」
全員がお互い目を見つめ合う中、
「…まさか、あ、あの最強の暗殺者と呼ばれる【死線の裁鬼】が、エ、エルム、あなただったのですか…?」
メイが声を震わせながら言ってきた。
「ああ、一応その名前で呼ばれている。あんまり好きじゃないんだけどな、その名は」
メイが顔を震わせながら、他の3人を見る。
その状況を見て、恐らく他の3人も理解したのだろう。
顎をガクガクさせながら、お互いの肩を抱き合った。
「あ、あの、エルム…さん?えっと…あの…僕らもちょっと…その…言い過ぎたというか」
「デイビス、俺はお前らを恨んじゃいないさ。さっきも言ったろ、感謝してるって」
その言葉を聞いて、4人の緊張が緩んだように見えた。
「じゃ、じゃあ…い、命だけは見逃して…?」
「いいや」
エルムはきっぱりと首と振った。
「え!?」4人の顔が再び青ざめていった。
「お前らは、俺の力を見ちまったからね。そういう奴らがいると、俺も生きづらくなるんだよ。まあ、不意打ちをしてきたデイビスを恨むんだな」
その言葉を聞いていたやじ馬たちが後ずさりし始めたが、
「ああ、君たちもこの場にいたことを不運だと思っておくれ」
エルムの言葉を聞くや否や、「う、うわーっ!」と全員一斉に走り出した。
「まあ奴らは後で何とでもなる。とりあえずお前らからだな」
エルムは顎を上げ4人を下目で見た。
「あ、あの…どどど、どうか命…だ、だけは…」
懇願するような目で見てきたが、エルムは拒絶する。
「残念だが、自分の運命を恨むんだな。トートライゼ」
そして、5人は姿を消した。
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