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魔王に甘い勇者

 鬱蒼と木々が生い茂る森の中を、俺とイスベルは歩いていた。

 森に入ってから30分ほどは経っただろうか。

 この間、まだオークの巣にはたどり着いていない。

 それもこれも、見通しの悪い景色のせいだ。

 木々が視界を遮るせいで、魔物の不意打ちが多すぎる。

 先ほどから数回にわたり、別の魔物の襲撃に遭ってしまった。

 日々魔物と戦い続けていた俺や、魔物を従えていたイスベルは気配にも敏感なため先手を取られることはないが、いかんせん面倒くさい。


「……もう森ごと焼き払わぬか?」


 イスベルに至っては、この始末である。

 もはや嫌な顔を隠そうともしない。

 気持ちはわかる。

 しかしそんなことをすれば、今度は俺たちが討伐対象だ。

 

「気配は近くなってるんだ。もう少し頑張れ」


「うむ……」


 オークたちの気配は、確実に近くなっている。

 数としては、20体ほどだろうか。


「む、アル」


「別に外ではアデルでもいいって。なんだ?」


「む、じゃあアデル、オークの群れとはあれのことではないか?」


 イスベルが指さした先で、灰色がかった肌の生物が数体見える。

 間違いない、オークの肌だ。

 気配も奴らの周囲から感じる。


「……当たりだな。よし、一気に斬り込むぞ」


「まどろっこしくないか? 範囲魔法で消し飛ばした方が早いぞ」


「地形が変わると色々面倒くさいぞ。加減はできるのか?」


「うっ……大人しく斬り込むとするか」


 ほんの一日一緒に生活して分かったことだが、イスベルは力加減が相当へたくそだ。

 確かに群れを吹き飛ばすには範囲攻撃魔法は有効だが、イスベルの場合広範囲を生物の住めない環境にしてしまう可能性がある。

 万が一、薬などになる薬草の群生地を吹き飛ばしてしまったら、損害は目も当てられない。


「よし、行くぞ」


「うむ!」


 俺たちは剣を抜き、オークの群れ目掛けて突っ込んでいく。


 これが、世界初の魔王と勇者が共闘する瞬間だ。


 オークはだらしなく肥えた身体と灰色の皮膚を持ち、豚としかいいようがない顔の人型魔物だ。

 体格は成人男性よりも大きく、筋力も相応に高い。

 加えて斧や槍、棍棒などの武器を持っていることが多く、新米冒険者などが囲まれて命を落とすなんてことがざらにある。


(確かに、俺も勇者になりたてのときは恐ろしい目にあったな……)


 そんな風に過去を思い出しながら、俺は目の前のオークを肩口から切り伏せる。

 決して上物の剣ではないが、生物が内包する魔力を流してやればある程度の品質まで強化することが可能だ。

 

「アデル! こっちは終わるぞ!」


「ああ、こっちもあいつで最後だ」


 20体以上いたはずの仲間がやられ、最後の最後で恐れをなして逃げ出したオークがいた。

 俺はそいつのがら空きの背中目掛けて剣を投擲する。

 高速で飛んで行った剣は、そのままオークの心臓を穿ちただちに絶命させた。

 

「よし、終わりっと」


 自分の獲物がいなくなったことを確認し、俺はイスベルの方へ顔を向ける。

 ちょうど彼女も最後の一体を狩るところだった。


「ふん」


「オッ……オオ……」


 全身を滅多切りにされたオークは、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。

 これで、俺たちの周りにあるものはオークの巣である洞窟と、そのオークの死体のみ。

 あとはオークどもの死体から魔物の証である魔石を取り出して持って帰れば、依頼達成である。


「冒険者とはこんな仕事ばかりなのか? これでは期待外れなのだが……」


「ちゃんと冒険したいなら、ダンジョンに潜るしかないな。他の仕事は正直雑用とか討伐依頼ばかりだ」


「それなら私もダンジョンに潜りたいぞ!」


「うーん……そうか。別にできないことはないけど……」


「む? あ、あまり乗り気でないのか?」


「まあ、な」


 ダンジョンというのは、多くのお宝が眠り、それを守るかのように多くの魔物が徘徊している巨大な地下施設のことだ。

 いつからあるのかも、なぜできたのかも分かっていないが、お宝や売れる魔石を内包している魔物を狩ることで一攫千金が狙えるため、多くの冒険者が殺到している。

  

 結局のところ俺があまり乗り気ではないのは、人の目が多すぎるからなのだ。


「そ、そうか……まあ貴様がそういうのであれば仕方ない」


「……」


 まずいな、イスベルが目に見えて落ち込んでいる。

 元魔王とはいえど、見た目は可憐な女。

 こうしおらしくなられるとどうしていいか分からなくなる。

 いたたまれないこの気持ちをどうにかするには、もう俺が折れるしかないようだ。


「――いや、ダンジョンには潜ろう」


「え⁉」


「よく考えてみれば、普通の冒険者を装ってダンジョンに入れば目立つわけない。そもそも俺たちに注目する人間なんてほとんどいないだろうしな。多少のトラブルがあろうが、最悪ギルドが守ってくれる。せっかく場は整ってるんだから、ダンジョンで大きく稼いだっていいはずだ。うん」


 自分にも言い聞かせるかのように、俺は早口で言葉を紡ぐ。

 横目でイスベルの顔を見ると、目に見えて嬉しそうに表情を輝かせていた。


「本当か! 私は冒険ができるのだな⁉」


「あ、ああ……そんなに喜ぶことか?」


「何を言う! 私はずっと魔王城から出られなかったのだ! 冒険なんて夢のまた夢だったんだよ⁉ それが叶うなんて!」


 途中から巣の口調になりながら、イスベルは目を輝かせて空を仰いでいる。

 ここまで喜ばれるとは思わなかった。

 

 ま、悪い気分ではないな。


「とはいっても、俺も資金調達程度で少し潜ったくらいの知識しかない。帰ったらしっかり準備を整えて、潜るのは明日だ」


「わ、分かった! 私も我慢が利かない女ではないからな!」


 イスベルは立派な胸を反らし、興奮気味にいう。

 態度から見るに、その言葉も正直怪しい物だ。


「とりあえず、まずはオークの魔石回収からだ。帰ったら宿を探すぞ」


「うむ! 任せておけ!」


 嬉々として、イスベルはオークの肉体から魔石を回収する作業にいそしみ始めた。

 成り行きでダンジョンに潜ることになったが、資金調達にはちょうどいいというのは確かなことである。

 もしお宝が見つかろうものなら、一瞬でイスベルが払わなければならない金を満たせるかもしれない。


「気合入れるか……」


 わずかな不安を魔石回収の作業でごまかし、結局俺たちは、数日猶予があったはずのこの依頼を一日でこなしてしまった。


 依頼を達成した日の夜、俺たちはギルド内のものとは別の酒場に足を運んでいた。

 

「うまいな! この酒!」


「ああ、ここを選んで正解だった」


 ここの酒場は自分たちが泊まることにした宿の中にあり、宿泊客には少し価格を安くして料理や酒を出してくれる。

 結局オーク殲滅の依頼は金貨8枚になったため、銀貨5枚で泊まれるこの宿を見つけて泊まることにした。

 一週間程度はいるつもりだったため、ひとまず七日分で金貨3枚と銀貨5枚を二人分払い、残った金貨1枚でこうして飯と酒を頼んでいる。


「明日が楽しみだな! アデ――じゃなかった。アル!」


「……そうだな」


 イスベルは上機嫌で、エールを飲んでいる。

 少々顔が赤いため、酔いが回り始めているようだ。

 あと一、二杯でやめさせよう。

 酔い潰れられても面倒くさい。


「む! もう飲み切ってしまった! すまない! もういっぱ――」

 

 木でできたジョッキの中身を寂しそうに眺めていたイスベルが、おかわりを注文しようとした瞬間のことだった。


 突如として、酒場の扉が豪快に開け放たれる。

 賑わっていた酒場が一瞬静まり、全員がその扉から入ってきた人間に注目した。

 

「――へぇ、いい酒場じゃんか」


 入ってきたのは、長い金髪を揺らす釣り目の女だった。 

 背が少し高く、スタイルは出るところはしっかりと出ている理想形。

 しかし何より目立つのは、頭の上に生えたトラのような耳と、腰から生えている尻尾。

 どうやら『獣人』の類らしい。


 女は酒場を見渡し、何かを探し始める。


「お、みっけた」


 どうやらお目当ての物を見つけたようだ。

 まっすぐその方向へと進んでいく。


 酒を飲む、俺たちの元へと。


「よぉ、昼間はうちのもんが世話になったな!」


 女は豪快に席に腰かけ、ニヒルな笑みを浮かべながら肩口の袖まくり上げる。


 そこには、昼間見た男たちの顔にあったトラの入れ墨が刻まれていた。


「あたしはレオナ。クラン、グリードタイガーのクランマスターをやってるもんだ。よろしくな!」


 レオナと名乗った女は、八重歯を見せつけるように笑う。

 どうやら、ダンジョンに潜る前に厄介なことに巻き込まれそうだ。

銅貨=100円

銀貨=1000円

金貨=10000円

だと思っていいただけると分かりやすいかと思います。

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