帰るアデル
「さあ、最後の戦いをしよう」
「っ! 調子に――――乗るな!」
リュークが俺に向かって飛びかかる。
俺は容赦なく振られる彼の剣を、すべて紙一重でかわしていった。
激昂しているリュークの攻撃に、もはや剣を使う必要などない。
「くっ……なぜ……」
「今のお前、隙だらけすぎるよ」
「がっ――」
剣を振りかぶったリュークの腹に、前蹴りを突き入れる。
目を大きく見開きながら、リュークは真後ろへと吹き飛んだ。
床を転がり、魔王の玉座に背中を叩きつけてようやく止まる。
『我が全力で強化した主が、お主程度に負けるわけがなかろう!』
『あなたの強化など大したことはありません。主に妾の強化のおかげだと思います』
『なんじゃとう⁉ 主! 我のおかげじゃよな⁉』
「半々だ」
俺の今の体は、常に二振りの剣による強化が最大限施されている状態。
感覚も鋭くなっており、今なら天候の変化すら把握できそうだ。
リュークの動きも、もちろん手に取るように分かる。
「ふざけるな……っ! 僕は友を犠牲にしてまでこの力を手に入れたんだ……! この程度で終わるわけがない!」
リュークの持つ二振りの極彩色の剣が、さらに強い光を放つ。
剣を強化するとともに、自分の体にも身体強化を施したようだ。
「うおぉぉぉぉ!」
再びの特攻。
今度こそ一筋縄ではいかないだろう。
俺はエクスダークとセイヴァースの刃を返し、リュークを迎え撃った。
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
刃が幾重にも交差し、床や壁を削った。
お互いに二刀流であるため、片方で受け片方で攻めるの繰り返し。
やがて部屋の中に赤が混じる。
それはリュークの血液だった。
初めは拮抗していたが、徐々に俺の一撃がリュークに傷をつけ始めている。
「はぁ……はぁ……なぜだ……」
「……」
「なぜだぁぁぁぁ!」
リュークは息を切らしながら、俺へと何度も剣を振る。
「なぜだ! なぜだなぜだなぜだなぜだ! どうして僕とお前にはこれだけの差がある! 何が違うっていうんだ!」
「……」
「僕らは黙って国に淘汰されていればよかったっていうのか! 僕は……何を間違えたっていうんだぁぁぁ!」
リュークは一度距離を取ると、二振りの剣を同時に振りかぶる。
魔力がこれでもかというほど注がれたためか、二振りの剣は虹色の光を放ち始めた。
リュークの渾身の技が来る。
「お前を倒すことで……僕は僕が間違っていなかったと証明する!」
虹色の光は最大まで強まった。
そしてその光が剣に収束する。
リュークは桁外れな魔力がこもった剣を、俺に向けて振り下ろした。
「――虹彩双飛剣ッ!」
放たれたのは、虹色の飛剣。
絶大なエネルギーを持つその飛剣は、床を大きくえぐりながら俺に迫る。
「セイヴァース、エクスダーク」
『はい』
『うむ』
「ねじ伏せるぞ」
『仰せのままに』
『主が望むなら!』
セイヴァースとエクスダークから、白と黒の魔力が溢れ出す。
こちらとしても、今俺が使える技の中でもっとも強力な技だ。
これで、正面からリュークをねじ伏せる。
「リューク、お前の間違いは……」
俺たちに手を出してしまったことだ――――。
「――――灰燼ノ剣」
白い力と黒い力が混ざり合い、一つの色を作り上げる。
それはすべてが燃え尽きた後に残る灰と同じ色。
終わりを告げる灰色の飛剣を、虹色の飛剣に叩きつけた。
灰色は虹色を塗りつぶし、やがて跡形もなく消し飛ばす。
それでも灰色は止まらない。
色を潰してなお、灰色は他の色を潰すために直進していく。
「そうか……僕は――――」
――正しくあれなかったのか。
リュークが飛剣に飲み込まれる。
飛剣は玉座の背後の壁を吹き飛ばし、そのまま天へと昇って霧散した。
瓦礫により舞い上がった埃が晴れれば、そこにはもう、何もいない。
リューク・ロイという男は、ここで散ったのだ。
♦
戦いは終わった。
あれからすぐ、イスベルは民を集めこと細やかに事情を説明した。
人々は混乱していたけれど、ひとまずイスベルが戻ってきたということで落ち着きは取り戻していたように見える。
その後、ギダラの埋葬が行われた。
俺たちだけでの弔いは済ませたが、魔王軍の隊長たちが帰還すれば国を上げてしっかりとお見送りするそうだ。
「私は、国が復興するまではここにいようと思う」
イスベルはそういって、しばらく魔族の国に残ることを宣言した。
確かに人々の混乱は収まりきっていないし、建物だってだいぶ被害を受けていた。
俺もその方がいいだろうと思い、その提案にはただ頷くだけだった。
「なあに、次の魔王を任命したら、すぐ貴様の下に戻る。候補も出したことだしな……少し意外と思われそうだが」
そういってイスベルは頬をかいていたが、魔王候補とはいったい誰のことなのだろうか。
そこだけは気になる点だった。
結局帰還することになったのは、俺とレオナとシルバーの三人。
しばしの間は国を救った者たちとしていい待遇を受けさせてもらったが、やはり種族同士の仲がこじれている今、人間が長く滞在するのはどうしても問題らしい。
というわけで、一週間ほどで俺たちは人間の国への船に乗り、帰還することになった。
「また来てください。少なくとも私たちは、あなた方を歓迎します」
「そうですねぇ。私も忙しい身ではありますが、あなた方が来れば顔見せ程度はできるようにしましょう。再会までどうかお元気で、レオナ、シルバー、そして……アデル」
イレーラとファントムが、見送りのときにいってくれた言葉だ。
ファントムから初めて名前で呼ばれたことは驚いたが、俺が真にしがらみから解放されたという実感につながり、また少し嬉しくなった。
「魔族ってのも、存外悪い連中じゃないねぇ」
「うむ。家臣に加えてやってもよいと思える連中だった」
これは帰りの船で二人がしていた会話。
二人も魔族が気に入ったようで、今度またともに訪れようと約束をかわした。
他にも、たまに三人でダンジョンにでも潜ろうという約束もかわした。
未開の地とされるダンジョンをいくつかピックアップし、そのうちの半分を攻略するのが目標らしい。
かなり忙しくなりそうだが、たまにということなので、人生のほどよいスリルとなってくれるだろう。
そうしてやがて船がつき、俺たちは港で別れる。
帰り道は一人だ。
……いや、正確には一人と二本。
腰に携えたセイヴァースとエクスダークは、絶えず口論したり声をかけくるため退屈しない。
『アデル様、この真っ黒黒すけがうるさいのです。どうにか口を縫えませんか?』
『なにおう⁉ 剣である我が口を縫えるわけがなかろうが!』
『じゃあ刃折ります?』
『それは死ぬじゃろ⁉』
――ちょっとやかましいが、それもまたご愛敬。
そしてしばらくの時間を置いて、俺はようやく家へと帰ってきたのだった。