聖剣と魔剣
暗い闇が晴れる。
すると、前と変わらない、セイヴァースが祭壇に突き立っている光景が広がっていた。
「やっぱり、再び妾を手にしてくださいましたね。アデル様」
一つ瞬きをすれば、剣は可憐な少女の姿に変わっていた。
俺は小さく肩を竦め、彼女、セイヴァースへと歩を進める。
「ああ、本当にお前のいうとおりになるとは思ってなかったよ」
「私の予感は外れないのですよ。特にあなたのことに関しては」
セイヴァースは俺に向けて微笑みかける。
相変わらず、何とも感想のつけ難い表情だ。
俺は息を吐くと、改めて彼女の目を見つめる。
「……契約するぞ」
「ええ。ご遠慮なく」
いつの間にか、セイヴァースは剣の姿に戻っていた。
俺は祭壇の前に立ち、セイヴァースを抜き放つ。
当然のことながら、恐ろしいほどに手に馴染む。
初めてセイヴァースを手にしたときも、こうして契約したのだ。
『これで、妾の持ち主はアデル様に戻りました。存分に力をお使いください。とはいえ、次の戦いが最後でしょうけど』
「ああ、そうだな」
『では、彼女とも話しておいた方がいいでしょう』
俺は気配を感じて、振り返る。
そこには、黒いワンピースを着た黒神の少女が立っていた。
長らく共にしていたから分かる。
この少女は、魔剣エクスダークだ。
『この空間に魔剣を呼ぶのは癪でしたが……仕方ありません』
「ありがとう、セイヴァース」
俺はエクスダークに歩み寄る。
「こうして会うのは初めてだな、エクスダーク」
「主……我の役目はここまでじゃな」
エクスダークはほんの少し悲しげに笑う。
「聖剣を取り戻したってことは、我の力はもう必要ない。主の下から去り、どこかまた人のこないところにでも封印されようと思う」
「……はぁ、何いってるんだ」
「へ?」
「お前だって、俺がせっかく手に入れた剣なんだ。手放すわけないだろ」
俺の言葉にまず反応したのは、エクスダークではなくセイヴァースであった。
『な、何をいっているんですか! アデル様! 妾というものがありながら他の剣も手にするなどと!』
「いいじゃないか。エクスダークを使えば体に負担がかかるけど、それはセイヴァースが癒してくれる。リスクはほぼなくなったってわけだ。ならお前たち二振りを持てば、もう敵なしだろ?」
『そんな勇者……聞いたことありません』
「何度もいってるぞ、俺はもう勇者じゃないって」
『……仕方ありませんね』
セイヴァースの柄をそっと撫でる。
拗ねてしまったようだが、セイヴァースは納得してくれたようだ。
「あとはお前だ、エクスダーク」
「主……」
「お前が必要だ。ついてくるかこないかは自分で決めてくれていい。ついてきてくれるなら……この手を取ってくれ」
エクスダークに手を伸ばす。
彼女は俺の手を見て一瞬強張るが、ゆっくり力を抜いて口を開いた。
「我は……主を傷つけて、剣失格だと思った。いつの間にか魔剣であることを忘れ、純粋な剣として主に忠誠を誓ていたのだ……」
「……」
「――――離れたくない」
エクスダークの手が、俺の手に重なる。
まるで親が遠くへ行ってしまうのを引き留める子供のように、エクスダークは俺の手を引っ張った。
「主とまだ一緒に……傷つけずに済むのなら……まだ一緒にいたい! 連れて行ってくれ!」
「……分かった」
一つ瞬きをすれば、エクスダークは剣の姿に戻っていた。
片手には白い剣、片手には黒い剣。
これがそれぞれ聖剣と魔剣というのだから、人生とは何が起ころか分からないものだ。
「よし、戻るか」
空間の崩壊が始まる。
やがて足元が消え、俺の意識は浮上するために一度暗闇に沈みこんだ。
♦
「――――ん」
目を開ければ、目の前にはイスベルが立っていた。
イスベルは意識を飛ばしていた俺を心配そうな表情で見つめている。
「大丈夫か?」
「ああ。ちょっと話をしてきただけだ」
これで準備は整った。
さて、向かうか――と魔王城の方へ体を向けた瞬間、背中に柔らかい感触がして、腕が体に回ってくる。
頭の中が混乱し、数秒の間イスベルに抱き着かれたと認識することができなかった。
「なっ、なんだよ」
「――必ず帰ってきて」
「……」
「ちゃんと倒して、生きて私のところに帰ってきて。約束できないなら私も一緒に行く」
何とか首を回してイスベルの表情を見れば、縋りつくような顔で俺に抱き着いていた。
「……約束するよ。俺はお前のところに戻ってくる。それで、一緒に村に帰ろう」
「約束だぞ?」
「ああ、約束だ」
「……分かった」
イスベルの手が離れる。
俺はそれでも心配そうに見つめてくる彼女に対し、二振りの剣の柄を叩いて見せた。
「俺はお前を倒した男だ。忘れたか?」
「っ……! そうだったな! 貴様が負ければ私の名折れだ! 絶対に負けるでないぞ!」
「分かったよ、魔王様」
俺はイスベルに笑いかけ、今度こそ魔王城へと歩き出す。
何が待っていようと関係ない。
今の俺は――――誰にも負ける気がしないんだ。