表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/85

魔王イスベル

 リュークは思い出していた。

 勇者として育て上げられたはずの自分が、目の前の魔王に一切歯が立たなかったことを。

 彼女と正面から戦えたのは、初めから終わりまでアデルただ一人。

 リュークはそれを、聖剣セイヴァースのおかげだと思い込んでいた。

 だから死に物狂いで手に入れた。

(それなのに……ッ!)

 全身に氷のつぶてが命中する。

 身が弾けそうなほどの激痛が襲い、リュークは地面を転がった。

「はぁ……はぁ……」

「まだだろう? 早く立て」

 リュークは体を起こす。

 イスベルは先ほどから、リュークがなすことすべてを後だしで粉砕していた。

 それゆえに、リュークは深い敗北感を味わっている。

 これだけダメージを受けても動けるのは、やはりセイヴァースのおかげだ。

 受けたダメージを瞬時にとはいわないが、驚異的な速さで再生している。

「聖剣を持ったアデルはもっと強く、技も多かったが……貴様は本当にこの程度なのか?」

「この程度なわけが……ないだろ!」

 リュークは、自分の温存していた魔力を解放する。

限界突破(リミットブレイク)……!」

 この力は、リューク自身の持つ力。

 魔力回路を限界以上に開き、普段よりも強力な魔術を発動する。

「これはアデルにはない力だ!」

 リュークから光の粒子が溢れ出し、それがいくつもの剣を形どる。

 光の剣はリュークの周囲で舞い始め、絶えずその数を増やしていた。

光粒子の無限剣軍フォトンソード・サークル。もうお前にいいようにされることはない」

「大層な技だな」

「余裕な表情を浮かべていられるのも、今うちだぞ」

 リュークはセイヴァースを持っていないほうの手でイスベルを指す。

 すると、すべての光の剣がイスベルの方へ向いた。

「加減はできないからな」

 一斉に、剣がイスベルの襲い掛かる。

 イスベルは後ろに跳んでかわすが、かわした先に別の剣が襲い掛かってきた。

「小賢しい」

 イスベルは目の前に氷の壁を出現させる。

 いくつかの剣が氷の壁に突き刺さって止まるが、上や横、壁のないところから剣が飛来した。

「面倒くさい能力だな」

 自分を囲むように氷のドームを出現させると、すべての剣を受け止めることに成功する。

 見える範囲のもの、ではあったが。

「っ!」

 イスベルの足元が盛り上がる。

 驚く彼女に対し、真下から剣が突き出してきた。

「下からの攻撃は防げないだろう!」

 イスベルの氷のドームが音をたてて壊れる。

 元々、外側からの攻撃を防ぐためのドームだ。

 内側からの攻撃に耐えられる造りではない。

 しばらく冷気によりイスベルの姿が確認できなかったが、それが晴れることでようやくその姿が視認できる。

「……」

 イスベルの肌に、無数の切り傷ができていた。

 反射的に氷の盾を腕に作り出し、致命傷となる部分の攻撃は防いだらしい。

 しかしすべての剣を防ぐことはできず、それが無数の怪我につながっていた。

「顔から余裕が消えたな。そろそろ本気を出すか?」

「……そうだな」

 イスベルの肌についた傷が、凍りつく。

 これにより、すべての傷の止血が済んだ。

「確かに貴様の限界突破は強力だ。だが、私を倒すのにはまだほど遠い」

「……なに?」

「本気を出させたければ、もう少し規模を大きくすることだな」

「っ! ほざけ!」

 リュークの周囲に広がっていた剣が、さらに増殖する。

 もはや数えたいとすら思わないほどの数となった剣は、イスベルの回りを旋回し始めた。

剣の雨(ソードレイン)!」

 剣の雨がイスベルに降り注ぐ。

 すべてが彼女のいる位置に集約し、轟音とともに砂埃を巻き上げた。

 やがて剣の雨が降りやむと、ゆっくりと砂埃が晴れていく。

「これだけやれば――――」

「どこを見ている?」

「ッ⁉」

 リュークは振り返る。

 いつの間にか真後ろにいた(・・・・・・)イスベルと、彼の目があった。

 とっさにリュークは距離を取るが、その頬には冷や汗が伝っている。

(見えなかった……! いつかわしたのかすら何も分からなかったぞ⁉)

 口に出さなかったのは、彼の最後のプライドのおかげか。

 頭をどれだけ巡らせても、あの状況でイスベルが雨をかわせた理由が分からない。

 逃げ道をすべて潰すように剣を展開したはずだった。

 なのに、イスベルは無傷。

 掠った気配すらどこにもない。

「そろそろ品切れか?」

「くっ……舞え! 剣たちよ!」

 再び剣が展開する。

 さらに数を増やし、上空だけでなく真横にすら剣が並びだした。

「今度こそかわせまい! 剣の雨(ソードレイン)!」

 剣がイスベルに襲い掛かる。

 もはや氷の壁を作る時間すらない間合い。

 それでもイスベルの表情は変わらなかった。

「特別に見せてやろう。今度は少しだけ温度は上げる(・・・・・・)

 イスベルはたった一回指を鳴らす。

 次の瞬間、周囲から音が消え去った。

 リュークの動きも、目を見開いた状態で止まる。

(何だ……これは……)

 まるで時が止まってしまったかのように、視界に入るものすべての動きが止まっている。

 いや、正確には止まっているわけではない。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと動いている。

凍てつく時(タイムフリーズ)。私の氷魔術は、時すらも凍らせる。本来は完全に凍りつかせるのだが、今は少し温度を上げて貴様の思考を許しているわけだ。この中を動けたのは、後にも先にもアデルだけだ」

 リュークは思い出す。

 アデルたちとともに彼女と戦ったとき、戦闘開始の時点で自分たちが何もできず吹き飛ばされたことを。

(これがあのときの現象の正体か……!)

 イスベルは自分を囲んでいた剣たちを手で払いながら、リュークに歩み寄る。

 目の前の彼女を攻撃したくとも、リュークの体は動かない。

 簡単に接近を許してしまったリュークの前で、イスベルは構えを取った。

「仕置きの時間だ」

 イスベルの腕に魔力が渦巻く。

 リュークの体は、それでも彼女を見ていることしかできない。

氷底(ひょうてい)――」

 リュークの胸を、渾身の掌底が打つ。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ