殴る勇者
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『おいおい……あいつらランクAのクランのグリードタイガーの連中だぜ』
『あの二人終わったな……あいつらに目を付けられたんじゃ』
『男の方だけ死ね』
俺たちの方を見て小声で話している連中の言葉を聞き取る。
クラン――確か冒険者たちが勝手に結成してギルドに認めさせたパーティの上位互換だったな。
何人でも入ることができて、独自のルールを設けたりクランメンバーの受け取ってきた報酬を上手く給料として分配したりすることができる……んだったかな。
最大の利点は、クランマスターのランクに引っ張られ、低ランクの冒険者もクランメンバーとともに上位の依頼を受けられるという点だ。
Aランクのクランか……この三人もそれなりに強いのかもしれないな。
それより最後のやつはただの暴言だからな。
「見たところ新人だな? 俺様の通り道を塞ぐとはいい度胸してるじゃねぇか」
「む? 誰だ貴様」
「俺を知らねぇ……? とんだ田舎者だなぁ!」
三人組は汚い笑い声を上げる。
イスベルは馬鹿にされていることに気づき不快そうな顔をしている。
こいつらこそ、誰を笑っているのか知っているのだろうか?
まあ、こんなところでお山の大将みたいな態度を取っているような男たちが知るわけない。
ましてや実力差も分かっていないようだ。
正直こいつらがどうなろうと知らないが、ここでトラブルを起こされても困る。
適当にあしらってこの場を一度去ろう。
「すまない。ほんとに田舎から出てきたばっかりで、この町の事情にも詳しくないんだ。あんたのこともよく知らな――っ!」
話している途中に、俺の頬はリーダーらしき男に殴られた。
まったく痛みはないが、いきなりのことで少しよろける。
「てめぇ、何タメ口きいてんだよ。俺はクラン『グリードタイガー』の幹部、トラグル様だぞ? てめぇらみたいな新参者が舐めた口きいていい相手じゃねぇんだよ」
「っ……!」
連れである俺への暴行に怒りを覚えてくれたのか、イスベルが飛びかかろうと構える。
けど何度も言うようだが、ここでトラブルが起きるのはまずい。
こんなところで目立てば、村にどんな影響があるか分からない。
俺達のせいで村へ何らかの害があれば、大事な住処を失うことになる。
幸い、直接被害を受けたのは俺だけだ。
怒りを覚えないわけではないが、我慢も容易。
ここは穏便に切り抜けよう。
「すんません」
俺はイスベルを押さえ、軽く頭を下げる。
不満気なイスベルだったが、俺のその態度を見て殺意を引っ込めた。
「分かりゃいいんだよ。おら、さっさと失せろ。臆病モンに用はねぇからな!」
三人組が高笑いを上げる。
まあ、許しは得たわけだ。
依頼を受けるのは連中がいなくなってからにしよう。
「おっと、待ちな」
俺たちが横を通り抜けようとすると、トラグルと名乗った男が呼び止めてくる。
まだ何かようなのだろうか。
「俺たちの邪魔をした罰として、そこの女を置いてってもらおうか。てめぇみたいなクズが連れてていい女じゃねぇだろ? 俺たちが可愛がってやるからよぉ、さっさとよこせ」
トラグルの下品な視線はイスベルへと向けられている。
確かに見た目だけならイスベルは極上の『人間』の女に見えるが、中身はその限りじゃない。
「っ! 誰が貴様らなんぞについて行くものか!」
「うるせぇ! てめぇに選択肢はねぇんだよ!」
トラグルがイスベルの腕を無理やり掴む。
その瞬間、俺はトラグルの顔面を殴りつけていた。
俺が受けたものとは遥かに違う威力の拳によって、トラグルは後ろに大きく吹き飛び、テーブルや椅子をなぎ倒す。
「うぐっ……」
「と、トラグルさん!」
呻き声を上げているトラグルに、子分たちが駆け寄って行く。
これでしばらくは絡んでこないだろう。
死にはしない威力で殴ったが、回復まではかなり時間がかかるはずだ。
俺は連中を無視して、クエストボードから適当に依頼をむしりとる。
内容は、近隣の森に巣を作ったオークの群れの殲滅。
難易度としてはBランクの討伐依頼だ。
群れという表現が少し曖昧だが、オークがいくら束になろうが俺たちのどちらにも勝てやしない。
「これを受けたい」
「は、はい! 受理させていただきます!」
呆然としていた受付嬢に依頼の用紙を押し付け、クエストをこなせる状態にしてもらう。
これで、オークを殲滅して報告すればクエスト達成となるわけだ。
「行くぞ、ベル」
「……うむ」
俺はそのまま静まり返ったギルド内から外へ出る。
イスベルは黙ってついてきた。
本来の冒険者はこの後クエストのために準備をするのだが、俺たちに至っては特に必要はない。
俺もイスベルも、村から借りてきた剣だけで十分だ。
このまま街を抜けて森へ向かおうとすると、後ろにいたイスベルが横に並んできた。
「先ほどはすまなかった」
「……謝ることじゃない。気持ちも分かるしな。けど、今後は人前で人殺しをしようとするのは無しだ。下手な喧嘩より悪目立ちする」
トラグルを殴った時、別に俺はやつに腹が立って行動に及んだわけではない。
――いや、少しは苛ついていたが、大きな理由がそこじゃないだけだ。
あの時、片腕を掴まれたイスベルは、トラグルを殺す気で殴ろうとしていた。
冒険者にとって喧嘩は日常茶飯事だが、殺人まで行くと最悪冒険者の資格を剥奪されてしまう。
イスベルの立場を守るためにも、あの場ではああするしかなかった。
「そもそも、俺たちがクエストボードの前の邪魔な位置にいたから絡まれたわけだしな。立場も弱かった」
「人間社会とは生き難い物なのだな……」
「実力主義の魔族とはまた違う社会だ。逆に、どんなに自分に利がなくても他人を助けるお人好しもいるけど」
「そう言えば……お主もそんな人間だったな」
俺も、か。
確かに、勇者のときはどんな人間にも手を差し伸べ、助け出そうとしていた。
けど、それはお人好しだからじゃない。
勇者だったからだ。
もし、今も俺が勇者の立場に縛られていたのであれば、トラグルを殴り飛ばしたりなどしなかっただろう。
「もう、俺はお人好しじゃないぞ。なんたって、あの野郎の顔面を殴ってストレスを発散してるくらいだからな」
「ふっ……そのくらいの方が私好みではあるぞ」
「お前も気を張りすぎるなよ。すぐ手が出るようだとこの先困るぞ」
「うっ、気をつける……」
急にしおらしくなったイスベルを微笑ましく思いながら、俺たちは森へと向かっていく。
よし、ここからは仕事の時間だ。