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鎧のない騎士王

「――あれ?」

 オレンジの腕は、確かに鎧を貫いていた。

 しかし、肝心の肉を貫く感触がない。

「どうやって逃げたの?」

「その鎧は私の魔力でつなぎ合わせているものだ。魔力の供給を絶てば、当然簡単に外れる」

「ちぇ、せっかく殺したと思ったのに」

 腕を引き抜きながら、オレンジかつまらなさそうにいう。

「でも次は当てたら死ぬよね! これからが本番――――」

「――屈辱だ」

 シルバーは足元を踏み鳴らす。

 憎々しげにオレンジを睨みつけて、剣先を向けた。

「この私に鎧を脱がせるなど、万死に値する」

「あー! 知ってるよ! そういうのって負け犬の遠吠えっていうんだ!」

「負け犬? 私のことをさらに愚弄するか……」

「へへーん! じゃあ続きを――」

 一瞬の出来事だった。

 シルバーの姿が瞬きした瞬間に消える。

 そして再び現れたときには、オレンジの首を掴み地面に押し倒していた。

「えっ……え?」

「鎧を脱いだことで、ずいぶんと軽くなった。まさか貴様は、私が鈍いとでも思っていたのか?」

「は、離して!」

 体を揺すり、オレンジはシルバーの拘束から逃れる。

「こんなの偶然だ! 僕は君より速いんだ!」

「試してみるか?」

「っ!」

 オレンジの顔から、初めて笑みが消える。

 地を蹴って飛びかかるオレンジの速度は、常人では瞬間移動と勘違いするほどに速い。

 しかし――。

「鈍い」

 シルバーの剣が揺らめく。

 直後、オレンジの両腕から血が噴き出した。

 何が起きたか分からないオレンジは、そのまま力なく腕を垂れる。

「鎧は私のアイデンティティだ。そして私が敵へ最大の敬意を表すためのものでもある。これを脱いだとき、私はもう貴様に対し敬意は表さない」

「あれ……腕が……」

「次は足だ」

 繰り返しになってしまうが、シルバーは一日たりとも訓練を休んだことはない。

 魔力の扱いに長けているわけではない。

 魔力量が多いわけでもない。

 そんな彼が極めたのは、技だった。

 無敵であることに甘えず、常に技を磨き続ける。

 そうして彼の技は、やがて神域へと到達した。

「ああぁぁぁあ!」

 オレンジのアキレス腱から血が噴き出す。

 彼の目では、反応することすらできない剣術。

 シルバーは剣に着いた血を払うと、それを鞘に納めた。

「はぁ……はぁ……」

「終わりだ」

「ぼ、僕……死ぬの……?」

 地に伏したオレンジの周りには、すでに夥しい量の血液が流れ出ている。

 どう見ても致死量であることは明らかであり、間もなく彼の生命が終わることを訴えていた。

「歩けない……寒い……もう遊べない?」

「ああ」

「やだ……なぁ……」

 オレンジの目から光が消える。

 シルバーは一度目を閉じた後、彼の亡骸に背を向けた。


「ずいぶんと胡散臭い顔ですこと」

「ふふふ、よくいわれます」

 ファントムが引き受けたのは、ヴァイオレットの相手だった。

 ヴァイオレットにはオレンジのようなあどけなさはないものの、その表情から底を読み取ることはできない。

 ファントムに対して胡散臭いといったが、彼女も大概である。

「そういえば……ギダラ様を倒したのはあなたでしたっけ?」

「ぎだら? ああ、あのおじい様ですわね。ええ、そうですわ。あまりに歯ごたえがなくて驚いてしまいましたの。魔族というのも案外大したことはないのですね」

 ヴァイオレット自身に、ファントムを煽っている自覚はなかった。

 ただ純粋に、ヴァイオレットは自分が感じたことを言葉にしただけである。

 ファントムの表情は変わらない。

 長年連れ添った者だったとしても、彼の顔から表情を読み取るのは至難の業だろう。

「あなたは少しくらい楽しませてくれるかしら?」

 ヴァイオレットのローブの下から、紫色の鞭が現れる。

 彼女がそれを一振りすれば、高速で鞭の先端がファントム目掛け飛んできた。

(速い!)

 ファントムの肩が驚きで跳ねる。

 それでも、魔王軍の隊長の肩書は伊達ではない。

 とっさに横に跳ぶことで、それをかわす。

「逃がしませんわ!」

 ヴァイオレットが手首を捻ると、鞭がしなり方向を変えた。

 予想しきれなかった攻撃に、ファントムの回避は間に合わない。

 鞭はファントムの体に巻き付くと、そのまま体を縛り上げる。

「ふむ、捕まってしまいました」

「捕まえてしまいましたわ」

 鞭から逃れようと力を込めるが、隙間一つできいないほどに彼の体を縛り上げている。

 それどころか、徐々にファントムの体に食い込み始めているではないか。

「私の鞭に捕まって、逃げられた方はいません。なぜなら、鞭には面白い細工がしてありますの」

 ファントムが鞭に視線を落とすと、そこには無数の棘のようなものが確認できた。

 これが徐々にファントムの体に食い込んでいるらしい。

「こうしてあなたの体に食い込み切った鞭を、思いっきり引っ張ればどうなるでしょう?」

「……冗談ですよね?」

「残念、私冗談は嫌いですの」

 ヴァイオレットが、鞭を引く。

 猛烈な勢いで引っ張られることとなったそれは、ファントムの体をずたずたに引き裂いた。

 全身から血を噴き出しながら、彼はゆっくりと地面に伏せる。

「言葉を失うくらい期待外れでしたわね……もう少し手強い方はいないのかしら――」

「期待外れで申し訳ありません。次はご期待に沿うと良いのですが」

「ッ⁉」

 ヴァイオレットは、突然背後から聞こえた声に対して距離を取る。

「そう逃げずともよいではないですか。想像以上に弱かったのでしょう?」

 逃げたその先でも、ヴァイオレットの背後から声がした。

 振り返り腕を振るが、その手には何の感触もない。

 辺りを見渡しても、ファントムの姿はどこにもなかった。

「な、何なんですの⁉」

「ふふふ、あなたは想像以上にからかい甲斐がある方ですね」

 空間が揺らめき、少し離れたところにファントムが姿を現す。

 いつの間にか彼の引き裂かれた死体は消えており、もう跡形もない。

「っ……小細工がお上手なのですね」

「ええ、私の得意技は、いつになっても小細工です。ですが……その小細工がこれからあなたを苦しめますので、どうか最後までお楽しみいただければと思います」

 ファントムは、いつになく不気味な笑顔をヴァイオレットへ向けるのだった。

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