帰ってきた魔王
「勇者、彼の相手は任せましたよ」
「私たちはそこの不届き者の相手をする」
ファントムとシルバーが、加勢に入ろうとしていたヴァイオレットとオレンジの前に立つ。
「そっちは任せた」
「負け犬が……僕にはもう勝てないと思い知っただろう?」
「それはまたやってみないと分からないだろ」
つばぜり合いからお互いい押し合い、一度距離を取る。
そして再び切り結んだ。
衝撃が周囲に駆け抜け、舞台の一部が壊れる。
「……確かに力は互角になっているが……何をした?」
「覚悟を決めただけだ」
エクスダークから黒いオーラが噴き出す。
俺がエクスダークに魔力を注いだ証拠だ。
魔力を注がれたエクスダークは、俺自身に力を還元してくれる。
「ふん」
リュークは心底鬱陶しそうに、セイヴァースに魔力を注いだ。
眩い光が溢れ出し、エクスダークから溢れる闇とぶつかり合う。
「どうしてお前が聖剣を使えるのか、聞いたよ」
「……」
「お前も勇者だったんだな。だから聖剣が使える」
「それがどうした? 今は関係ないだろう」
「ああ、関係ない。お前の目的なんて、関係ないんだ」
リュークが勇者だろうが、どんな過去があろうが、どんな目標があろうが、関係ない。
こいつを倒さなきゃいけない理由が変わることはないのだ。
「お前は俺の仲間を傷つけた。倒す理由は、それだけで十分だ」
「仲間? もう僕のことは仲間と呼んでくれないのかい?」
「先に俺を仲間の括りから外したのは、お前の方だ」
地を蹴り、リュークに向け飛び掛かる。
真上から振り下ろした斬撃は、そのままセイヴァースに受け止められた。
しかし、そう簡単に受け止められるほど、本来の俺の一撃は軽くない。
「ぐっ⁉」
「はぁぁぁ!」
リュークの足元が陥没する。
俺はさらに力を込め、セイヴァースごとリュークを押し潰さんとした。
「うっ……ぉおおおお!」
地面に押し倒される寸前、リュークはかろうじて力をいなして離脱する。
――それで逃すわけがないのだが。
俺は離脱したリュークに素早く距離を詰め、蹴りを放つ。
片腕でそれを受け止めたリュークだったが、その腕は嫌な音を立ててへし折れた。
「さらに至近距離からの――」
「クソッ!」
「――飛剣!」
転がるリュークに対し、叩きつけるような飛剣を放つ。
閃光と轟音の中、舞台が完全に崩壊した。
「はぁ……はぁ……」
巻きあがる埃の中から、リュークが転がり出てくる。
蹴りによる骨折の他に、その体には深い裂傷が刻まれていた。
「確実に致命傷を与えたと思ったんだけど、さすがだな、リューク」
「ふざけるな……っ! この僕が君にいいようにされるなんてありえない!」
リュークの傷が、突如として光の粒子に包まれる。
すると一瞬のうちに傷が塞がり、へし折れた腕が元の形に戻った。
聖剣に宿りし力は、聖なる力。
本来聖なる力とは、癒しの魔術にも使われる。
セイヴァースを手に持つものは、常に回復魔術を使用しているようなものなのだ。
俺自身も長らくセイヴァースとともにいたため、目の前の光景に新鮮味はない。
「この程度で僕を追い詰めたと思うな!」
「思っちゃいないさ。けど、俺の目的は達成された」
「っ!」
俺の腕の中には、一人の女が抱えられている。
やっと、やっと取り戻すことができた。
「迎えに来たぞ、イスベル」
「……っ! 貴様……貴様って男は……!」
目じりに涙を浮かべながら、イスベルは俺にすがるようにして顔をうずめる。
俺は一度イスベルを抱きしめた後に、その体を引きはがした。
「再会を喜びたいところだけど、騒ぐのはすべてが終わってからだ」
「うむ」
「あと、これを返す」
懐から取り出した魔王の心臓を、イスベルに渡す。
「これはまだお前のものだろ?」
「……うむ。私の魔王としての最後の仕事を終えるまで、これは私の力だ」
イスベルの中に、魔王の心臓が吸い込まれていく。
すべてが肉体の中に消えた後、身の毛もよだつほどの魔力が彼女の中から噴き出した。
その魔力量は、おそらく魔力の使用を阻害していたであろう手錠が砕け散るほどであり、目ではっきりと見えるほどに大概に漏れ出している。
「久しいな、この力を使うのは」
底冷えするような冷たい魔力。
これだ。
これが俺の戦った、魔王イスベルだ。
「アデル……ッ! 貴様最初からこれが目的で」
「お前も大概迂闊だよな。俺との勝負に気を取られすぎだ」
リュークが俺を憎々しげに睨む。
そんな彼の視界を遮るように前に出たのは、ほかでもないイスベルだった。
「今までよくもやってくれたな」
「はっ! 魔王の心臓を手にしたからなんだというんだ。聖剣を持った僕に勝てるものなど――――」
直後、リュークが後方に大きく吹き飛ぶ。
気づけばイスベルが手を突き出していた。
俺でも反応ができない速度の攻撃。
リュークも俺も、イスベルが何をしたのか分からなかった。
「どうした? ただ氷の塊を当てられただけで、どうしてそこまで驚くのだ」
「ぐっ……あ、はぁ……はぁ……」
リュークの胸元に、拳大の氷が突き刺さっている。
発射された瞬間も、命中した瞬間も、まったくもって見えなかった。
前の俺はこんなもの避けてたのか……。
「ほら、立て。ここで貴様を痛めつけなければ、私の気が収まらん」
「ふざ……けるな!」
リュークは氷の塊を引き抜きながら、もう片方の手で飛剣を放った。
とっさの一撃にしては、それに釣り合わないほどの威力がある。
半端な実力の者では受け止めることすらできず決着がつく攻撃だが、それでもイスベルは微動だにしなかった。
「ふん」
――――俺は、飛剣が凍ったところを初めて見た。
「この程度の男に一度は敗北したなど、我ながら羞恥心が掻き立てられる」
「なっ……」
空中で凍りついた飛剣は、そのまま地面に落ちることで砕け散る。
魔力ですら凍らせるなんて、相変わらずでたらめな力だ。
「忘れたのか、騎士リューク。貴様らはアデルがいなければ私に触れることすらできなかったことを」
イスベルがリュークに歩み寄る。
彼女の真の恐怖は、ここからだ――――。