貫く勇者
『主、本当に大丈夫なのか?』
「さっさと倒せばそれだけ負担も減るってことだ。余計なことは考えなくていい」
『……主がそういうなら、従うまでだが』
「行くぞ」
『……うむ!』
俺はエクスダークを脇に構え、サドール目掛け突進する。
「くっ、来るな!」
サドールが腕を振れば、先ほどまでと同じように糸が放たれる。
しかし、もう何度も見ていれば対応も容易い。
微弱な魔力もすでに捉えられるようになっているため、エクスダークを使わずに生身でかわすことができる。
「ふっ!」
再び懐に入り込み、横薙ぎにエクスダークを振るう。
サドールは片腕でそれを受け止めた。
何を無謀な――と思ったが、よく見ればその腕にも糸が巻き付けられている。
強度自体は鋼鉄にも匹敵するらしく、エクスダークの刃の勢いは見事に殺されていた。
それでも肉に刃が食い込んでいる以上、エクスダークがどれほど優れているかは分かりやすいのだが。
「ぐっ……」
「お前の技自体は尊敬するよ。こうして俺の一撃を受け止められるんだから」
けど――――。
俺はエクスダークを引き、再び振るう。
そして切れ込みの入ったサドールの腕を斬り飛ばした。
「ぎゃぁぁぁぁ! 腕! 腕が……っ!」
「そんなに騒がなくてもいいだろ」
宙を舞うサドールの腕を、地に落ちる前に細切れにする。
こいつのことだ。
残しておけば糸でつなぎ合わせるなど造作もないだろう。
「いい気に……なるなッ!」
サドールは脂汗をかきながらも、糸の斬撃を全体に放つ技を繰り出してくる。
俺は真後ろに飛んで距離を取りながら、かわしきれない糸をエクスダークで切り裂いた。
「あなたが力を隠していたことは分かりました! ですがそれは私とて同じこと!」
叫びながら、サドールは自分の服をはだけさせる。
その胸元には、鮮やかな青色の魔石が埋め込まれていた。
「これはリューク殿からもらったものでしてね、彼は私にインディゴを与えるといっていました! この力を実際に使うのは初めてですが……あなたを倒すのには十分事足りるでしょう!」
サドールの胸元の魔石が発光する。
今までの虹の協会の連中がそうだったように、やつも絶大な力を得るのだろう。
「――それを許すわけがないだろ」
「へっ?」
俺はエクスダークを投げつける。
エクスダーク自身の力で軌道修正が行われ、見事にサドールの足を地面に縫いつけた。
それにサドールが意識を取られている間に、俺は再び一瞬で距離を詰める。
「エクスダークに力を込めたからって、そのまま使うとは限らないぞ」
「待てっ! やめ――――」
「さよならだ」
俺は魔力を帯びさせた拳を、魔石の部分に叩きこむ。
拳は魔石を砕き、そのまま胸部を貫通した。
「がっ……あ……私は……魔王……に」
「……」
腕を引き抜き、サドールが倒れる前にエクスダークを引き抜く。
床に伏したサドールを見下ろしながら、俺はエクスダークを鞘に戻した。
『我を投げるなどと、今までそんな使い方した者はおらんかったぞ』
「悪いな。勝つためだったんだよ」
『……まあよいわ。それより、体は大丈夫なのか?』
「――――ああ、大丈夫そうだ」
魔力を使ったからか筋肉痛のような痛みはあるが、支障をきたすほどではない。
短期決戦であればもう少し戦うことができるかもしれないな。
「戻るぞ。イレーラが危ない」
『うむ』
息絶えたサドールを一瞥したあと、俺は入ってきた扉へと戻る。
扉は元に戻っていたが、魔力を込めた拳を叩きつけることで破壊した。
これでまた多少魔力を消費してしまったが、エクスダークを使って破壊するよりは負担が少ない。
「あら、あの魔族はやられてしまったのね」
「よわ~い」
そんな俺を待ち受けていたのは、二人の男女。
それぞれ紫色のローブと、オレンジ色のローブを羽織っている。
ここに入る前に、ギダラに相手を任せた二人組だ。
「まあ、弱いという話ならこの方も大概でしたけど」
俺がエクスダークを抜いて構えていると、ヴァイオレットは足元に転がるそれを足で小突く。
それは、胸元にこぶし大の穴を空けたギダラの姿だった。
「っ……ギダ……ラ……」
「まったく歯ごたえなかったですわ。賢者とやらも大したことないですわね、手が汚れただけでした」
「ほんとによわかったー!」
ふつふつと怒りが湧いてくるのを自覚しているが、それよりも絶望感が胸を支配していた。
ギダラは衰えていたものの、決して弱いわけではない。
それをこの二人はあっさり倒した。
周囲に戦闘の跡がない様子を見ると、本当に勝負は一瞬の出来事だったのだろう。
果たしてそれが勝負といえたのかどうかは、今の俺には分からにのだが――――。
「さて、せっかくですしあなたも私たちと遊んでいきませんか? 勇者ということですし、楽しませてくれるのでしょう?」
「くそ……っ」
俺はエクスダークを構え直す。
分が悪いことは明らかだが、限界を越えてでも戦わなければ無駄死にするだけだ。
「それでは、少しでも長く私たちを楽しませてくださいまし」
ヴァイオレットの姿が視界から消える。
速すぎる。
それがまず初めに抱いた感想。
そして次に抱いた感想は――――。
(っ! 重い!)
俺は気づけば目の前にいたヴァイオレットの手刀を、エクスダークで受け止めていた。
体制が悪かったというのもあるが、それでも俺の体はあっさりといとも簡単に吹き飛ばされていたのである。
エクスダークを床に突き立てて勢いを殺すが、確実な隙を作ってしまった。
しかし、どういうわけだかヴァイオレットは追撃を仕掛けてこない。
「ずいぶんと軽い男ですこと。もう少し楽しませてくださいませんか?」
「……あくまで遊びなわけか。死ぬか生きるかの世界でよくやるよ」
「何事も楽しまねば損ですから。どうせ人生なんてただの遊びですわ」
「一番やりにくい相手だ……」
俺はエクスダークを支えにして立ち上がる。
こういうタイプには、戦闘の中に恐怖というものが存在しない。
だから何をするにも躊躇いがないのだ。
自分が傷つくことを考えず、刺し違えてでもこちらの命を奪いに来る。
ただただそういった思考が恐ろしくて、俺はこういう連中とは戦いたくない。
(イレーラはまだ無事だろうか……早く下らなきゃいけないってのに)
時は一刻を争う。
もしここで全力を出せば、なんとか二人を倒すことはできる。
最終的にリュークという壁が立ちはだかる以上、全力を出すわけにはいかないのだが――。
「まだまだ遊びましょう! 時間はたっぷりあるのですから!」
ヴァイオレットが飛び掛かってくる。
もう四の五のいっている場合じゃない。
俺が覚悟を決めて立ち向かう決心をしたとき、突然足元に魔法陣が展開された。
「こやつらに……付き合う必要なぞ……ない」
その魔法陣の主は、倒れていたギダラであった。