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勘を取り戻す勇者

「――――チッ、面倒くさいのを取り逃していたか」

 セイヴァースを振り下ろしたリュークは、その手に手ごたえがなかったことに対して舌打ちをする。

 リュークが視界ギリギリに収めた光景は、イレーラが何者かに連れ去られる瞬間であった。

 その何者かに、リュークは見覚えがある。

「あの奇術師(・・・)め。ま、あの場でとどめを刺さなかった僕にも原因はあるか」

 イスベルとともに彼の前に立ちはだかった存在、魔王軍一番隊隊長、ファントム・ロード。

 ファントムはリュークの飛剣によって倒されたはずだった。

 現に生きている以上、それは間違いだったということになるのだが……。

「どこに身を潜めていたかは分からないが、そろそろ魔王を移動させておくか。また侵入されても少々手間だ」

 リュークはセイヴァースを納め、奥の扉へと向かう。

 ここはジーとビヴを安置しておくために改造した場所で、本来の牢屋はさらに奥にあった。

 扉を開けて中に入ると、いくつか存在する牢屋の一つに、少女の姿を見つけることができる。

「……もうすぐだ」

 鎖につながれ、ぼろきれのような衣服を着せられているイスベルは深い眠りについていた。

 それを眺めながら、リュークは自分の理想へと思いをはせる。

「僕らが世界の王――真の勇者になる日は近い」


「ふぅ! さすがに外に出れば簡単には詰めてこないでしょう」

「隊……長……?」

 魔王城の外、人気のないところに、イレーラとファントムの姿があった。

「ギリギリ間に合いましたね、安心安心」

「い、今までどこにっ――――つぅ……」

「ほら、激しく動かない。今のあなたはもう動ける体ではありません」

「す、すみません……」

 ファントムは懐から傷の再生を促す回復ポーションを二本取り出すと、それをイレーラに手渡す。

 受けとったイレーラはそれを両方飲み干しながら、ファントムの顔を見上げた。

「イスベル様と彼らに立ち向かったのですが、残念ながら敗北してしまいました。私もさすがに死んだ! と思ったのですが、神はまだ私を見放してはいなかったようです。かろうじて致命傷は免れた私は、傷が癒えるまで身を隠していました。すぐに助けに入れずすみませんね」

「いえ……助かりました。隊長が助け出してくれなければ、今頃は……」

「死んでいたでしょうね。一人で相手にできるほど、彼の相手は簡単ではありませんし」

 よっこらしょ――と立ち上がったファントムは、イレーラを抱きかかえるようにして持ち上げる。

 小さく悲鳴を上げたイレーラであったが、到底歩けないであろう自分の体を自覚し、声を潜めて大人しくなった。

「一度身を潜めましょう。残念ながらイスベル様の奪還までは行けませんでしたが……体勢さえ整えてしまえば、あと一回くらいは挑戦できるでしょうから」

「みんな無事でしょうか……」

「今のところ魔力の反応は全員残っています。が、皆が撤退できるかどうかは五分五分ってところでしょうか」

「そんな……」

「信じて待ちましょう。今私たちが助けに戻れば、まず出てくることはできないでしょうから」

「……」

 

「さあ、私たちは私たちの祭りを楽しみましょう!」

「くっ!」

 サドールが俺に向け、何かを放つ。

 直観でかろうじてかわすことに成功するが、そのたびに背後の壁に切れ込みが入った。

 飛剣とは何かが違う。

 もっと物理的な何かであり、飛剣よりも破壊力はないが、切れ味は優れているものだ。

 切れ味に特化している以上、当たれば鍛え上げた俺の肉体でもたやすく切り裂くだろう。

「いつまで避けられますかな?」

「……いつまでも避けてばかりだと思うな!」

 俺は一瞬攻撃の手が止まった瞬間を見計らい、飛剣を放つ。

 今までの俺を知っている者には考えられないほどに弱々しい飛剣だが、牽制であれば十分。

「ふん、小賢しい真似を」

 サドールが腕を振ると、どういうわけだか俺の飛剣が空中で細切れになる。

 力を失った飛剣はそのまま霧散し、サドールには届かない。

「魔王を二世代分も倒した伝説の勇者にしては、なんと弱々しい飛剣でしょう。これでは先代も悲しむでしょうね」

「――自分の心配をしろ」

「っ!」

 さっきの飛剣は囮。

 俺は瞬時に距離を詰め、懐に潜り込んだ。

 そしてそのまま真下からエクスダークで斬り上げる。

 確実にサドールの体を切り裂く一撃。

 彼の技の発動条件が腕を振ることなのであれば、もうこの一撃は止められない。 

「舐めるな!」

 攻撃が当たる直前、悪寒が走った。

 俺はとっさにエクスダークを守りに回す。

 直後、強い衝撃が腕に走った。

 気づけば吹き飛ばされる形で、俺は床を転がっている。

 とっさに体勢を立て直して立ち上がると、少々苛立った様子のサドールの表情が目に映った。

「心外ですよ……この程度の陽動、この程度の攻撃で私を倒そうなどと……あなたはもう勇者ではなく、ただの雑魚なのですよ!」

 サドールが腕を振る。

 すると再び細かな斬撃が俺に向かって飛んできた。

 それに対し、俺はただ真っ直ぐエクスダークを振り下ろす。

 エクスダークに何かを断ち切る感触が伝わり、斬撃は目の前で焼失した。

「なっ……」

「確かに、今の俺は前に比べてかなり弱くなった。だけど、経験や勘は取り戻せるんだよ」 

 俺はエクスダークを振り、絡みついたそれ(・・)を払う。

「腕を振る攻撃、それとカウンターの全体攻撃。指と腕の動きと、攻撃の重さ。まだ目では捉えられてないけど、お前の攻撃はおそらく――――」

 俺は辺りに散らばったそれを拾い上げ、手に乗せる。

「ほらな、やっぱり()だ」

 それは髪の毛よりも細いであろう銀色の糸だった。

 わずかに魔力を帯びている。

 手に取って間近で確認しなければ分からないほどの魔力量。

 これで自在に操っていたのだろう。

「お前の魔術は人形魔術と聞いていたけど、実際はそんな大層なものじゃなかったんだな。お前の本当の能力は、ただ糸を自在に操れるだけ」

「な、なにをいうかと思えば……私は実際に様々なものを操ってみせたでしょう? それがただの糸だのと――」

「操れる対象は自分より魔力が低い者。じゃなければ体内の魔力に焼き切られてしまうからな。焼き切られぬよう糸に帯びさせる魔力量を上げれば、今度は糸の存在に気づかれてしまう。だから人形を選んでいたんだ」

 どんな存在でも操ることができるのであれば、とっくに魔王やらリューク、下手すれば俺自身を操ることなど簡単なはず。

 それをしない、つまりはできないということは、例え俺の推理が外れていてもそれ以外のできない理由があるからだ。

「射程はだいぶ遠そうだけど、遠くなれば遠くなるほどできることも減るんだろう。種が割れた以上、お前に勝ち目はないぞ」

「戯言を……! 分かったところで! 私の手数はあなたを越えている!」

「ああ。このままなら、結局消耗戦で俺は負けるだろう。そうじゃなくても、お前に時間稼ぎされて終わりだ」

 俺はエクスダークに魔力を注ぐ。

 黒いオーラがエクスダークから吹き出しはじめ、俺の周囲を覆った。

「だいぶ分析に時間を食った。だからもう手加減はやめだ」

 いつまでも苦しむことを怖がってなんていられない。

 ここで出し惜しみをすれば、生き残ってもきっと後で後悔する。

「勇者がほんとうに雑魚かどうか、確かめさせてやるよ」

 

 


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