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元・勇者と魔剣士

「ぐっ……かはっ」

「ふぅ、少し油断してしまったかな」

 イレーラは、自身が下りてきた階段付近まで吹き飛ばされていた。

 全身を鉄球に打ち付けられたような衝撃であったため、彼女の体はもはや痛まない箇所がないというほどに深刻なダメージを受けている。

 なんとか体を起こそうとするが、剣を支えにしなければすぐに膝をついてしまうだろう。

「聖剣セイヴァースには、主人に危機が迫ったときにその身を助ける力も備わっている。迂闊に近づけば、ほらこの通りだ」

 イレーラを襲ったのは、光の魔力の衝撃波。

 それは直接的にダメージを与えるというよりは、敵を遠ざけたり攻撃を弾く目的がある。

 ただし間近で受けてしまえば、その限りではない。

 イレーラがこれほどダメージを受けているのは、剣先が届くほどの至近距離にいたからである。

「さて、君を殺してしまうのは簡単だけれど、どうせならアデルの前で殺したい。というわけで、まずは君を拘束させてもらおう」

「くっ……」

 リュークがゆっくりとイレーラに近づいていく。

 イレーラは近づいてくるリュークの姿を見ながら、自分の運命を悟り目を閉じた――――というわけではない。

 彼女が目を閉じたのは、自分の思惑を悟られないため。

 リュークは気づいていなかった。

 イレーラの足には、強く地を蹴るための力がため込まれ始めているということに。

「さあ、今はゆっくり寝てもらおう――」

「――それはできません」

 床が爆ぜた。

 リュークの横を何かが駆け抜ける。

 それはほかでもない、イレーラ本人。

 魔流剣術・受けの段、静竜。

 静かに、自らが動く瞬間を待ち続ける竜がごとく。

 まるで無力であるという体を装い、敵の完全なる隙を突く技だ。

 この技は、手負いであればあるほど練度が上がる。

 イレーラが瀕死であったからこそ、リュークは隙を見せたのだ。

「貴様っ!」

 しかし、イレーラはこの技を使ってリュークを倒そうとしたわけではない。

 攻撃を仕掛ければ、再びセイヴァースがイレーラを弾き飛ばすだけである。

 イレーラが目指したのは、奥の扉。

 イスベルを閉じ込めているであろう地下牢の扉である。

(届く!)

 リュークが止めようとしても、隙を突かれてしまっているため間に合わない。

 イレーラは床を蹴った勢いそのままに、地下牢の扉を破り奥へと転がり込んだ。

「イスベル様!」

 舞い上がる埃の中から周囲を見渡したイレーラは、本来の目的である魔王の名を叫ぶ。

 しかし、どれだけ見渡してもイスベルの姿はどこにもなかった。

 あるのは、二つの巨大な魔石。

 それぞれ中に一人ずつ人が入っている(・・・・・・・)魔石である。

 若い男女が二人、魔石の中に閉じ込められるように鎮座してた。

「何ですか……これ。こんなもの城の地下には――」

「見てしまったか」

 呆然とするイレーラの後ろから、リュークもこの部屋に入ってくる。

 冷めた表情で彼女を見つめた後、その視線を魔石の中の人物たちに向けた。

「冥途の土産に教えてやろう。彼らの名前はジーとビヴ。君は知らないだろう。この二人が歴史から消された勇者だなんて」

「っ! 勇……者……?」

「そうさ。魔王を倒し、英雄となるはずだった。だけど僕のいる国は彼らを脅威と見なし、封印を施した。それがこの様さ。僕はね、彼らの封印を解きたいんだよ」

「な、何故です……今更彼らの封印を解くことと、あなたの所業に何の関係があるんですか」

「彼らの封印を解くには、魔王の心臓が必要なんだ。僕はそれを手に入れるために、わざわざサドールと手を組んだ。彼が魔王に就任したあかつきには、魔王の心臓を受け渡すという契約でね」

 魔王の心臓は、人間には使えない。

 そもそも、その代の魔王にしか使用できない代物なのだ。

 魔王の心臓を他人が使用するためには、新しい魔王に選ばれるか、魔王本人からの手渡しが必要となる。

「僕は彼らの友人だった。だから僕の行っていることは、その友人を助けるためなんだ。分かってくれるかい?」

「っ! ふざけないでください!」

「おっと」

 イレーラはリュークの言葉に激昂し、剣を横薙ぎに振るった。

 ボロボロの体は当然ながら本来のパフォーマンスを発揮できず、その攻撃はあっさりと回避されてしまう。

「あなたがどんな目的を持っていたとしても、イスベル様を捕らえ国を乗っ取ろうなどと到底許せる行為ではありません!」

「悲しいな、悲しいよ。まあ、どのみち殺すことには変わらないけどね」

 リュークは表情の抜けた顔でセイヴァースを振りかぶる。

 聖剣を取り巻く魔力が、あまりの総量にチリチリと空気を歪めだした。

「最後に、もう一度だけ名乗らせてもらおうか。僕はリューク・ロイ」

 イレーラはリュークの一撃を防ごうと振りかぶるが、到底それで防げるとは彼女自身思っていなかった。

 ただただ無抵抗で敗北するよりは、よっぽどましだと考えただけである。

「何を隠そうこの僕も、歴史から消された存在――――元、勇者だ」

 セイヴァースが、イレーラに振り下ろされる――――。

 

 

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