恐怖する人形
(本当に厄介な相手と当たったもんだ!)
レオナはパレットとキャンパスの攻撃を、かなり大袈裟な動きでかわしていた。
スピードでは圧倒的に勝っているはずなのにこれだけの無駄な動きを強いられているのには、理由がある。
「きゃははは!」
「おっと!」
キャンパスの攻撃を交わした際、彼女の関節が突然本来曲がらない方向へと曲がった。
そのせいで剣の起動が変わり、レオナの頬に傷をつける。
レオナが先ほどから大きくかわさざるを得ない理由は、これだ。
自らのことを人形というだけのことはあり、彼らの動きは人の域を大きく外れている。
とうに関節など砕けているはずなのに、むしろそれを利用して攻撃を仕掛けてくるのだ。
歴戦の冒険者であるレオナでも、この手の相手は初めてである。
「いい加減に――――しろ!」
パレットの方の攻撃をかわした次の瞬間、レオナはたった今繰り出された腕を掴み、膝を叩きつけて破壊した。
(関節でもない部分なら、さすがに使えなくなるでしょ!)
破壊し、即座に離脱する。
二人の間合いから外れたレオナは、ひとまず呼吸を整えた。
「腕が折れてしまったよ、キャンパス」
「あらま、大変ですわ兄さま。これではダンスも踊れません」
「それは大変だ。でも剣は握れるから大丈夫かな?」
「きっと大丈夫ですわ、兄さま。そうだ! あの獣の腕を切り落として、交換してしまいましょう!」
「いい考えだねキャンパス。ちょっと獣臭くなっちゃうけど、そのうち慣れるよね」
パレットとキャンパスの支離滅裂な会話に、レオナは頭がおかしくなりそうだった。
実力では決して劣っていない。
むしろ一対二ですら負ける気はしない。
だというのに、その動き、その言動に含まれる底知れぬ狂気がレオナを委縮させる。
心のなしか、レオナ自身の動きはいつもより悪い。
さらに――――。
「っ……あれ」
突然のことであった。
レオナは耐え難い倦怠感と息苦しさを覚え、思わず膝をつく。
手足が妙に痺れ、立ち上がるのも一苦労であった。
「あ、やっと効いてきたね、キャンパス」
「そうですわね、兄さま。しぶとい獣だったわ」
「何を……した……?」
ゆっくりと近づいてくる二人は、気味の悪い微笑を浮かべていた。
「僕らの剣には色んな毒が塗ってあるんだ」
「深く刺せなくても、何度か掠っただけで神経麻痺、発熱、出血、眩暈などを引き起こすわ。もうあなたはまともに戦えないと思うのだけれど」
「チッ……心底厄介な子たちだねぇ」
そう口にした直後に、レオナはせき込むと同時に血を吐いた。
真っ直ぐ立てないほどの眩暈がし、視界がゆがむ。
「あはっ! ふらふらですわ兄さま!」
「そうだね、キャンパス。あと一息だ」
二人は剣を揺らめかせ、レオナに迫る。
レオナは何とか二人から離れようとするが、足がもつれて動けない。
いくら二人が狂気を孕んでいても、そこを逃すほど甘い存在ではなかった。
「きゃはは!」
「くっ……」
かろうじてキャンパスの方の攻撃をかわすが、かわした先に追うように振り抜かれたパレットの一撃まではかわせない。
脇腹へと伸びてきた刃が、深めに肉を抉った。
レオナの顔が苦痛にゆがむ。
「ははっ! 当たった! 当たった!」
力を振り絞って二人からさらに離れたレオナであったが、着地の衝撃に耐えられず床を転がった。
もはや呼吸ができているかどうかすら、意識しなければ分からない。
「はぁ……はぁ……参ったねほんと……このままじゃあたしの負けだ」
「降参する? する? しても殺すけど」
狂気的な表情で、二人は甲高い声で笑う。
そんな声を無視して、レオナは自分の胸を拳で強く叩いた。
「獣神の鼓動」
彼女の心臓が跳ね上がる。
血流を加速させ、身体能力を一気に向上させる技だ。
しかし血流が加速するということは、同時に毒の回りも加速するということになる。
(身体能力が向上してるから、何とか動けそうだけど……持って四分かな)
いつもならば十分はこの状態で活動できるはずが、今の体力では精々半分以下といったところ。
それが終わってしまえば、待っているのは地獄の苦しみだ。
残りの時間で片を付けることができなければ、レオナは確実に殺されるだろう。
「悪あがきですわね、兄さま」
「そうだね。そろそろサドール様に怒られてしまうかもしれないから、もう殺してしまおうか」
「それがいいですわ! もう殺してしまいましょう!」
パレットとキャンパスは畳みかけるために、時間差でレオナへと飛びかかった。
――――この行動が、彼らの敗因である。
レオナの能力が上がっていることに気づきつつも、それを軽視したこと。
そして待てば勝てるという状況で、攻めてしまったこと。
彼らは、最後の最後で間違えたのだ。
「えっ――――」
まず、キャンパスの視界の中から突然パレットの姿が消えた。
かろうじて捉えられたのは、何かを追うようにしてレオナの姿も消えたということだけ。
「バラバラに攻めてきてくれて、ありがとうね」
レオナは、パレットを真横に蹴り飛ばしていた。
いまだ理解が追い付いていない彼に素早く距離を詰めたレオナは、転がるパレットの頭を鷲掴む。
「あんたが間抜けで、本当によかった」
「やっ――――」
初めて、パレットの顔が恐怖にゆがんだ。
パレットの頭蓋骨がきしむ音が聞こえ、それをかき消すようにしてレオナの雄叫びが響く。
「おぉぉぉぉ!」
レオナはパレットの頭を、力任せに床に叩きつけた。
石の床が派手に砕け、パレットの脳漿が飛び散る。
しかしそれでも、床に伏したままパレットは剣を振ってきた。
脳は潰されているはずなのに、なお動いているのだ。
「さすがは人形というだけあるね」
視界がない状態で今のレオナに攻撃したところで、当たるはずもなかった。
空振りした剣を持つ腕を、レオナは手刀で無理矢理切断する。
そのまま瞬く間に三度拳を繰り出し、パレットの残った四肢をすべて破壊した。
「脳を潰しても動くなら、もう完全に破壊するしかないさね」
最後に背骨を破壊するように拳を叩きつけると、しばしの痙攣の後パレットは動かなくなった。
「兄さま! 兄さまァ!」
「次はあんただよ」
「よくも! よくも! この獣め!」
キャンパスは金切り声を上げながら、レオナに飛び掛かる。
それをレオナは悲しげに見つめていた。
「まだ二分も経っていないんだけどね……」
レオナは片足を高く上げる。
それは無慈悲なる獣神の鉄槌。
眼前へと迫ったキャンパスに、鉄槌は下される。
「――獣神脚・神罰!」
レオナの渾身のかかと落としは、キャンパスの脳天にめり込んだ。
勢いはそのままにして、キャンパスの頭を床へと叩きつける。
魔王城が揺れるほどの衝撃が走り、パレットと同じようにキャンパスの頭は木っ端微塵に破壊された。
「本当に、つまらない相手だったよ」
レオナは表情の抜けきった顔で、キャンパスを見下ろす。
しばらく、彼女が人形の体を破壊する音だけが部屋に響いていた。