人形と獣神
「邪魔だよ!」
レオナの拳が、正面から詰めてきた兵士たちを吹き飛ばす。
ひたすら階段を上っているため、足場はかなり悪い。
こんな状況でも上手く立ち回れているのは、機動力に長けたレオナのおかげだろう。
「もうすぐ中層じゃ! 警戒を怠るなよ!」
「分かってる!」
階段を上りきると、正面には廊下が伸びていた。
その奥に見えるのは、巨大な石の扉。
魔族の中には人の何倍も大きな体を持つ者もいるため、これだけのサイズ感が必要らしい。
「ぶち抜くよ! いいね⁉」
「やむを得まい! やってくれ!」
レオナが一気に加速する。
勢いをそのままに、レオナは扉に拳を叩きつけた。
石の砕ける音とともに、俺たちは扉の先へ転がり込む。
「ここは……」
そこはただただ広い部屋だった。
天井はどうやっても届きそうにないほど高く、はるか遠くに上へと続いているであろう階段が見えるのみである。
「おかしい……」
「どうした、ギダラ」
ギダラは辺りを見渡し、警戒心を露わにした声で言う。
「ここは隊長格が戦いやすいように、人によって地形や風景が変わる部屋じゃ。場合によっては何階層にも分かれることもある」
「……どう見ても吹き抜けだが」
「それがおかしいんじゃ。ここの天井がこれほど高くなっているのを見るのは、数十年ぶりじゃからな」
「でもそれって、逆に言えばここには誰もいないってことじゃ――――いや」
「うむ……いるのう」
俺たちは風を切る音を耳で捉えた瞬間、この場から跳ぶようにして離れる。
視界を巡らせれば、さっきまで立っていた場所に二つの人影があった。
彼らは確か、サドールの部下のパレットとキャンパスと呼ばれている男女。
「サドール様の言った通り、本当に来たね、キャンパス」
「ですわね、兄さま」
「来たからには殺さないとね」
「ですわね。殺してしまいましょう」
二人は両手に剣を出現させると、その手をだらりと垂れ下げながら迫ってくる。
この二人はそこらの兵士とは格が違う。
しかし、こいつらではない。
俺の感じた馬鹿でかい魔力は、ここよりもさらに上にある。
隠す気すらない圧倒的力。
ここで激しく消耗してしまえば、俺たちはすぐさま蹂躙されてしまうだろう。
ならば、この二人を誰かが受け持つ必要がある。
「アデル、多分あんたの考えてることはあたしと一致してるよ」
「そうか……じゃあ――」
「あたしが残るよ」
レオナはそういうと、俺たちを守るようにして前に出る。
「あんたが頼むまでもない。こいつらを早々に片づけて、後から追いつけるのはあたししかいないでしょ?」
「……その通りだ」
「じゃあ任せな。その代わり、上での時間稼ぎ頼んだよ」
俺とギダラは頷き、部屋の奥にある階段まで駆け出す。
「逃げようとしているわ、兄さま」
「行かせちゃ駄目だよ、キャンパス。ちゃんと殺さなきゃ」
「っ!」
想像以上に瞬発力がある。
駆け出した俺たちの背後に一瞬にして迫ると、パレットとキャンパスは剣を突き出してきた。
「やらせはしないっての!」
そんな二人の攻撃を、さらに速い動きでレオナが弾く。
その勢いのまま飛び去ったパレットとキャンパスは、警戒心をさらに強めた顔でレオナを睨みつけた。
「さっさと行きな!」
「ああ!」
俺とギダラは、なんとか階段にたどり着き、そのまま駆け上がる。
もうパレットとキャンパスが追ってくることはなかった。
♦
「さて、やろうか」
二人を見送ったレオナは、改めてパレットとキャンパスに向き合った。
「兄さま、この獣は私たちを倒す気みたいですわ」
「身の程知らずだね。どのみちさっさと殺さないと、残りの虫を殺す時間がなくなってしまうから、さっさと殺そう」
「分かりましたわ、兄さま」
剣を構えなおした二人は、再び少しずつレオナとの距離を縮めてくる。
その動きは隙だらけに見えるが、レオナには別の形で見えていた。
(隙だらけではあるけど……ようは攻めつつ受けの姿勢ってことさね)
二人には高い瞬発力がある。
つまり下手に仕掛ければ、瞬時にカウンターを食らう図ということだ。
仮に片方を一撃で仕留めることができたとしても、もう片方が同じく一撃でレオナを屠ることになる。
これでは仕掛ける意味がない。
「攻めてこないわ、兄さま」
「獣のくせに馬鹿じゃないんだね。じゃあ仕方ない、こっちから行こう」
「そうね、兄さま」
迂闊に攻めてこないレオナにしびれを切らしたのか、パレットとキャンパスは同時に飛び掛かってくる。
それを見て、レオナはにやりと笑った。
「迂闊なのはあんたらだよ」
レオナが、パレットとキャンパスの視界から消える。
何が起きたか分かっていない二人のうち、パレットの体に衝撃が走った。
「かっ……」
「まずは一人っと」
パレットの真下から、突き上げる形でレオナの拳が胴に突き刺さっている。
レオナは飛び掛かってくる二人に対して、あえて高速で真下に潜り込んだ。
そのせいで二人は一瞬彼女の姿を見失い、パレットに関してはこうして重い一撃を受けてしまったのである。
「兄さま!」
「一人になっちまったあんたなら、もう怖くはないね!」
怒りの形相になったキャンパスが、レオナに向かって飛びかかる。
しかし、現時点で速度で勝る彼女に怖いものはない。
キャンパスの一撃を軽々とかわし、その体に拳を叩き込む。
あばら骨の砕ける感触が、レオナの腕を伝った。
軽く吹き飛び同じところに転がった二人に対し、レオナは口を開く。
「命まで奪うつもりはないけど、これ以上やるなら二度と歩けない程度には壊すよ。どうだいあんたら、降参しないかい?」
レオナは二人に問いかける。
彼らが負っているダメージは、与えた本人である彼女が一番よく分かっていた。
両者ともあばら骨が粉砕され、内臓に大きな損害を被っている。
魔族の頑丈さで生きながらえてはいるが、仮に人間がこのダメージを負っていれば絶命は免れないはずだ。
「――ふふふ」
「あ?」
そうして問いかけたレオナを、二人の魔族は心底おかしいといった様子で笑った。
「僕らが降参? 僕らが降参だって!」
「おかしいわ兄さま! この獣は何を言っているのかしら!」
レオナの眼前では、奇妙なことが起こっていた。
瀕死の重傷を与えたはずの二人の魔族は、体を震わせながら立ち上がろうとしている。
その動きはまるで糸に吊るされた人形のよう。
生物とは思えないほどの不気味さと、脳内を犯しつくしかねない狂気が彼らには含まれていた。
「……あんたら、何者だい?」
「僕らは人形さ。サドール様の忠実な人形」
「いくら壊したって無駄よ。無駄なのよ。あなたが壊れない限り、私たちは止まらない」
二人はカクカクと気持ちの悪い動きをしながら、再びレオナへと迫る。
「チッ……面倒くさいことになったね!」
奇妙な人形との第二ラウンドが、今始まった。