バレた勇者
魔王城へと続く道の途中には、様々な人々が行き来する広場がある。
ここには魔王からの御触れを発表するための舞台などがあり、その周りに人ごみができていた。
「ずいぶん多いな……いつもこうなのか?」
「魔王様からの御触れともなれば、この光景は正常です。事態の異常さに気づいているのは私たちだけでしょう」
「イスベルがいなくなったことは発表してないんだもんな」
「ええ。発表していれば、今頃城下町はパニック状態に陥っていたでしょうから」
イレーラの解説を聞きながら、俺たちは人ごみの中へと紛れていく。
人の数が数であるから中々前へは進めなかったが、かろうじて舞台の上が見える位置にはたどり着くことができた。
他のみんなも少し離れてしまったが、何とか舞台の上は確認できているようだ。
舞台の上には、まだ魔族の兵士たちが数人いるのみである。
今のところ何かが起こる気配はしない。
「皆のもの! 静粛に!」
などと考えていれば、人ごみに近い位置にいる兵士が声を張り上げた。
それに応じて人々は雑談をやめ、舞台の上に集中する。
「これより、重大な発表がある! 心して聞くように!」
兵士が中央から退くと、舞台の向こうからそれが姿を現した。
「っ!」
息を呑んだのは、俺だけではなかっただろう。
現れたのは、十字架に貼り付けられているイスベルの姿だった。
ボロボロな布切れを着せられ、もはや王の風格など残っていない。
そんな貼り付け状態のイスベルを運んでいるのは兵士たちだが、となりに見たことのない男が立っていた。
「彼が二番隊隊長、サドール・パラガンです」
「……あいつか」
いつの間にか近くに控えていたイレーラが、男の正体を教えてくれる。
魔王軍の裏切者、それがついに目の前に現れたわけだ。
「仕掛けますか?」
「……いや、まだ駄目だ。舞台の上からなら辺り一帯を見渡せるから、不意打ちが難しい。不意打ちができない以上、民衆でもイスベル自身でも人質に取られたら厄介だ」
「なるほど」
「やるにしても、何とか人払いを済ませてからだ。人質云々を抜きにしても、ここで戦えば巻き添えが出る」
隊長格ということは、実力的にはファントムと大して差がないということになる。
そんな実力者が相手では、俺たちであっても被害を抑えきることはできない。
ましてや今の俺では、正面から相手にすること自体が無謀な可能性がある。
「アデル、拳を開け。そのままでは使い物にならなくなるぞ」
「え?」
シルバーに言われて、俺は自分の拳を見た。
かなり強く握りこんでいるせいか、爪で肉が裂けて血が流れている。
いつの間にこんなに力んでいたのだろうか。
俺は息を吐いて、拳から力を抜いた。
「ま、あんな風に仲間をさらし者にされて、怒らないやつはいないと思うけどね」
「……頭は冷静だったんだけどな」
勇者のときからの悪い癖だ。
感情と思考が噛み合わない。
極限と言える状況になればなるほど、理性的な部分のみが顔を出す。
そうでなければ生き残ることができなかったから。
「よくぞ集まってくれた! 魔族の諸君!」
俺たちが様子をうかがっていると、広場にサドールの声が響き渡った。
皆の注目が、舞台の上に集まる。
「ここにいるのは諸君らも知っての通り、魔王イスベルである。しかし、もはや魔王の称号は過去のもの。この者は影で国家を滅ぼす計画を建てていた反逆者である!」
サドールは高々に言い放ちながら、イスベルを鞭で打つ。
苦痛にうめく声が響いた。
王自身が反逆者などという言葉に、当然民衆たちは動揺する。
近くの者と顔を見合わせていたり、中には泣き出してしまうものさえいた。
「でたらめばかり言いおってからに……」
「魔王様になんてことを……っ!」
ギダラは呆れてしまっており、イレーラは歯を食いしばって怒りをこらえている。
これ以上は俺たちとしても我慢の限界だ。
無理矢理にでも騒ぎを起こして人払いし、イスベルを確保しなければならない。
多少逃げづらくなるが、この際無茶は仕方がないだろう。
ここで逃がしてしまうより、よっぽどましだ。
そうしてエクスダークを抜き放とうとした瞬間、続けるようにしてサドールの声が響き渡った。
「そして、この魔王の計画に加担する者たちがこの人混みに紛れ込んでいる!」
サドールは俺たちに対し指を指しながら、そう言い放った。
民衆たちの目が俺たちに集まり、自然と周りに空間ができる。
「兵士たちよ! やつらを捕らえよ!」
民衆を掻き分け鎧をつけた兵士たちが俺たちを囲む。
完全に先手を取られた。
あっという間に囲まれ、俺たちはそれぞれ武器をつきつけられている。
「これはこれはギダラ様にイレーラ。私は悲しいですよ。仲間であるはずのあなたたちが、まさか国を崩壊させる賊となるなんて」
「よく言うわい、裏切り者は貴様のくせにのう」
「賊の戯言ですね。人間と行動を共にしているのがいい証拠です」
――そこまでバレているか。
意味をなさなくなったフードを取り、俺たちは素顔を晒す。
渋々といった様子でシルバーとレオナもフードを取ったことで、再び民衆たちに動揺が走った。
「大人しく捕まるのであれば、手荒な真似はしません。ここは潔く捕まってはどうです?」
「……潔く捕まる? この私が?」
サドールの言葉に強く反応したのは、シルバーであった。
どうやら上から目線で言葉を吐かれることが我慢できなくなったらしい。
「おい、アデル。こうなってしまえば遠慮など必要ないだろう」
「……ああ。ちょうど同じことを考えていた」
俺は今度こそエクスダークを抜き放った。
どうせこうなるのであれば、初めからこうしておけばよかったのかもしれない。
「まあ、こうなることも彼の予想通りですね。パレット、キャンパス」
サドールがそういうと、二人の魔族が俺たちの前に立ちはだかるようにして現れた。
光のない目が真っ直ぐ俺たちに向けられる。
恐ろしく何もない目だ。
「さて、まずは反逆者たちのお手並み拝見と行きましょうか」
「……上等だ」
俺たちはそれぞれ戦闘態勢を取り、飛びかかってくる二人の魔族を迎え撃った。