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決意の勇者

 ゆっくりと浮上する意識の中で、俺は妙な景色を見た。

 不思議な祭壇に、一本の剣が刺さっている。

 そこで確信した。

 これは夢だ。

「じゃなきゃ、ここにあるわけがないもんな――『聖剣セイヴァース』」

「お久しぶりですね。アデル様」

 気づけば、祭壇の剣は消え去り、代わりに一人の白髪の少女が腰掛けていた。

 俺のよく知っている顔、聖剣セイヴァースの人間体である。

「相変わらず愛おしいお姿で……妾、惚れ惚れしてしまいますわ」

「やめろよ、気色悪い」

「あらあら、連れないところも相変わらず」

 セイヴァースは、口元を隠しながら微笑む。

 昔から、この笑みが不気味で仕方がなかった。

 すべえを見透かされているような、そんな気がしてしまうから。

「どうして俺に接触してきた」

「あなた様が妾を捨てるから、こうして妾自らあなた様の意識にお邪魔しなければならなくなったのですよ?」

「だから、方法じゃなくて……理由を教えろ。魔王と戦う必要がなくなった今、お前にとっても俺にとっても、お互いは必要なくなったはずだ」

「あら、そんなことを言ってしまわれるのですね。妾はとても悲しく思います」

 そういって目を伏せるセイヴァースだが、俺は知っている。

 こいつはこんなことで本気で悲しむわけがないと。

「妾は、あなた様のことを心配して訪ねてきたのですよ。歴代の勇者の中で、妾はあなたをもっとも気に入っていますから」

「……」

「妾を手放したことは、この際置いておきましょう。ですが、このままではあなた様が遅かれ早かれ|死んでしまいますから」

「死ぬ?」

「ええ。あなた様はお気づきではないかもしれませんが、もう、あなた様の体は限界なのですよ」

 瞬きした瞬間、目の前にいたセイヴァースは消え、気づけば俺の背中に体を預けていた。

「あなた様は勇者として確かに優れていました。優れているが故に、戦いから逃れられなかった。その結果、数々の無茶が積み重なり、あなた様の体を侵食しているのです」

「……」

「侵食された体は、魔力回路から崩壊して最終的に死に至ります。心当たりはあるでしょう?」

 俺がここに来るきっかけになった要因。

 魔術が使えなくなり、満足に魔力すら操れなくなったことが記憶に新しい。

 そのあと意識を失い、夢の中に落ちたのだ。

「下手な魔力の使い方をすれば、それだけ魔力回路が腐っていきます。いずれ満足に魔術は使えなくなり、魔力を練り上げるだけで激痛が走るようになるでしょう。そうなってしまえば、死は目の前です」

「結局……何が言いたいんだ」

「回りくどくなってしまい、申し訳ありませんわ。結局の所、再び妾を手に取ってほしいのです」

「……」

「妾なら、あなた様の体を癒やしてあげられる。これ以上魔力回路が腐らないように、聖なる魔力で支えることだって可能です――――あの憎たらしい魔剣とは違いますから」

 憎たらしい魔剣――エクスダークのことだろう。

 実際、エクスダークによって変換された黒い魔力は、俺には合わなかった。

 使い続ければ、いい結果に繋がらないのは事実だ。

「妾は(つるぎ)。他でもない、あなた様の剣です。どこに行こうが、どれだけ離れようがそれは変わりません。妾はあなた様を支えるために存在し、あなた様にすべてを捧げます。どうか、再び手にとっていただけませんか?」

「……俺は」

「ああ、お返事はすぐいただかなくて結構です。どの道、あなた様の下へは当分たどり着けませんから」

 セイヴァースは、悲しげに目尻を下げたあと、口に手を当てて微笑む。

 この仕草は、本当に悲しんでいるときに出るものだ。

「お前を売ってしまったからな」

「それもありますが……妾は今、厄介な方に捕まってしまいまして。剣は持ち主に逆らえない定め。その方の武器として、力を振るっております」

「厄介な方?」

「どなたかは言えません。主人を売ることはできませんから。しかし――妾が愛しているのはあなた様のみです。このまま今の主人に使われ続けるのは、良しとするところではありません」

 セイヴァースは正面から俺に抱きつき、背中に腕を回す。

「近い内に、あなた様とその方は対面するでしょう。そのときに我が主を下し、妾を取り戻してくださいまし。妾は待っております故」

「また手に取るとは限らないぞ」

「いえ、あなた様は妾を手に取ります。それは確定事項なのですから」

「……」

 俺から離れたセイヴァースは、薄ら笑みを浮かべながら祭壇に戻る。

 聖剣などという大層な名前がついている割には、表情に『聖』の字がまったく似合っていない。

 それが、聖剣セイヴァースを不気味と思う所以だ。

「そろそろあなた様の目覚めのときのようです。現実には妾は干渉できませんから、話していられるのもここまでですね」

「また、夢の世界には干渉してくるのか?」

「いえ、あなたが弱っているときしか、こんな風に潜り込むことができません。また無茶をすれば、こうして会うことも可能ですわ」

「……分かった。できるだけ無茶はしないようにする」

「懸命な判断です」

 セイヴァースは今一度笑みを浮かべると、指を鳴らした。

 すると、祭壇の周りが崩れ始め、足場が徐々に狭まっていく。

「では、また会いましょう。今度は、現実で」

「――――ああ、そうだな」

 俺の足場が最後に崩れ、そのまま深い闇へと落ちていく。

 どこまでも深い闇に落ちていく間に、俺の意識は再び霧散して、消えた。


「いつまでも待っていますよ、アデル様」


「っ!」

「ふん、目覚めたか」

 俺が目を開くと、そこはどこかの民家の一室だった。

 周りにはシルバー、イレーラ、レオナ、ギダラの四人がおり、俺のベッドを囲んでいる。

「よかった! よかったよアデルー!」

「うおっ! レオナ!?」

 突然抱きついてきたレオナに押される形で、ベッドへと再び倒される。

 まるで猫のように縋ってくるレオナに圧倒されながらも、視線でギダラに説明を求めた。

「お主は港で倒れたあと、丸一日目を覚まさなかったんじゃ」

「丸一日? そんなに寝てたのか……」

「魔力切れってわけでもなく、原因は不明だったんじゃが……目覚めてよかったわい」

「……心配かけたみたいだな。もう大丈夫だ」

 俺はそっとレオナを離し、ベッドに腰掛ける形になる。

 試しに魔力を体に循環させてみるが、何の抵抗もなくできた。

 簡単な火属性魔術で指先に火を灯してみるが、これも成功。

 魔術も魔力も問題なく使用できる。

 もう問題はなさそうだ。

「アデルさんも目覚めたことですし、私は出発の準備を整えてきます」

「うむ、頼むぞイレーラ。ワシは体調の件で、少しアデルに話がある」

「あたしらも席を外したほうがいいかい……?」

「そうじゃな。イレーラだけでは手が回らん部分もあるじゃろう。お主に手伝ってもらえると助かる」

「分かったよ。アデル、またね」

 イレーラに続き、レオナも部屋を出ていく。

 部屋に残っているのは、ギダラとシルバーと、俺だけだ。

「話って?」

「言ったじゃろう。体調の件じゃ」

 ギダラは真っ直ぐ俺の目を見ながら、口を開く。

「お主の魔力回路は、もう腐り始めておる。これ以上、魔力を行使しない方がいい」

「……何で分かった?」

「ワシも同じだからじゃよ。長年の魔力の酷使で、ワシの魔力回路は腐りきってしまった。もう、寿命も切れかけじゃ」

「っ!」

 俺は目を見開いた。

 目の前の男は、自分のことを死にかけだといったのだ。

「悪いことはいわぬ。もう戦うのはやめろ」

「……」

「これ以上魔力を使えば、いつかワシと同じになる。しかし、今ならまだ間に合うじゃろう。せめて普通の人間の寿命くらいは生きられるはずじゃ」

 確かに、二度と魔術を使わないようにしながら過ごせば、俺は平凡に生きていけるだろう。

 このまま村に戻って、本当にひっそりと暮らしていけば、寿命が尽きるまで平穏な生活ができるはずだ。

 でも――。

「それは無理だ」

「……なぜじゃ」

「取り戻したいものがあるから」

 俺はベッドから立ち上がり、近くにあったエクスダークを帯刀する。

「勇者を辞めてから、少しはわがままに生きてこうと決めたんだよ。俺は、イスベルとの生活を楽しく感じていた。だから、ここを切り抜けて……あいつとの生活も取り戻す」

「――はっ、魔王軍の大臣としては複雑な気分じゃわい。まあよかろう、そういう約束じゃしな。約束通り、この件が終わればイスベル様を連れて去るがいい。じゃがそれまでは、協力してもらうぞい」

「ああ。じーさんこそ、無茶しないでくれよ」

「ワシはこの一件を死に場所と定めとるんじゃ。無茶してナンボじゃわい」

 そういって胸を反らしながら笑うギダラの目は、覚悟の色に染まっていた。

 本気で、この戦いを最後にしようとしているんだ。

 いや、最後にしようとしているのは、俺も同じか。

 この戦いで、最後にしよう。

 イスベルにわだかまりがなくなって、一緒に帰ることができれば、そこで俺の戦う理由は完全になくなる。

 そしたら、今度こそ本当の平穏な暮らしを送るんだ。

「話は済んだか、家臣ども」

「ワシはお主の家臣になった覚えはないぞい!」

「黙れ。私が家臣といったら家臣なのだ」

 相変わらず、シルバーは傍若無人だ。

 しかし、これくらい気を使われない方が逆に気分がいい。

「体調が戻ったのなら、もう行くぞ。時間に余裕はないのだろう? 事情は貴様が寝ている間に聞いている」

「ああ、そうだな。シルバーも協力してくれてありがとう。助かるよ」

「よい。家臣の戦いは、私の戦いだ」

「……やっぱりあんた、最高の王様だ」

 俺たち三人は、そのまま部屋を出た。

 ひとまずイレーラたちと合流し、出発の準備を整えよう。

 おそらくは、これから激しい戦いが待っているのだから――。

『主……』

「ん?」

 民家の外へ出ようとしたとき、エクスダークが俺のことを呼んだ。

 それに反応して立ち止まると、少しずつエクスダークが口を開く。

『我の力が、主を侵食しているのだろう……?』

「……どうしてそれを?」

『夢の中での会話が、我にも聞こえたのだ。主と……セイヴァースの会話が』

 エクスダークも、今となっては俺の剣だ。

 意志のある剣は、持ち主の精神世界にまで干渉できる。

 だからこそ、名がつき、魔剣などと言われることもあるのだ。

『我は――もういない方がいいのか?』

「……」

 すがるような声だった。

 自分が持ち主を傷つけているということが分かって、動揺しない剣はいないだろう。

 でも、その言葉は主としてちゃんと否定してやらなければならない。

「お前も、もう俺の大切なものの一つだ。思う存分振るってやることは今後難しいかもしれないけど、手放したりは絶対しないよ」

『っ! そうか……! そうか……主といれるなら、満足に剣として扱われない生活も悪くないかもしれないのう!』

「ああ、ちゃんと畑仕事に使ってやる」

『それは勘弁してくれ』

 俺たちは馬鹿な話をしながら、改めて外へと出る。

 ――大丈夫だ。

 俺はもう、何かを手放さなくていい立場なんだから。

 大切なものは、この手で守り抜く……そう、覚悟を決めた。

 

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