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怒る騎士王

『どうするんじゃ!? この高さじゃいくら主でも――』

「分かってる!」

 先程から何度試しても、魔力の流れを感じるだけで魔術が発動しない。

 このままでは地面に叩きつけられ、俺の体でも木っ端微塵になってしまう。

「エクスダーク! 何か策はあるか!」

『魔力を流し込むのもできないんじゃろ!?』

「ああ、どういうわけかな」

『ならもう、我自身の魔力を主の肉体強化に使う! 幸いさっきの戦いで主が注いでくれた分が少し残っているからのう』

「今考えられる策の中では、最善だな……」

 それで俺が無事である可能性は、五分もないだろう。

 仮に命は助かったとしても、戦闘不能なダメージを負ってしまうことは間違いない。

 ただ、それでも生き残ることができる可能性があるなら――。

「頼む!」

『……任せよ』

 黒い魔力が全身を包み込む。

 やはり黒い魔力は肌に合わないのかもしれない。

 妙な寒気が全身を駆け抜けた。

 それでも、絶大な力を感じるのも事実。

 俺は今、エクスダークに守られているのだ。

黒色強化(ブラックベール)!』

 これはもはや、黒い鎧だ。

 ただ、これでもこの高さから落ちたときのダメージは殺しきれないだろう。

 俺は迫りくる地面を見つめながら、覚悟を決めた。

「――あまり無茶をするな、家臣よ」

 そんな声が聞こえたと思うと、俺の体は地面へと衝突した。

 しかし、痛みがない。

 何度か地面を跳ねる形で衝撃は感じるものの、それによって発生するはずのダメージがないのだ。

 やがて完全に停止した俺は、呆然と辺りを見渡した。

「港に落ちたのか……」

「倒したあとの処理くらい考えておけ、馬鹿者」

「っ……シルバー」

 近くに仁王立ちしていたのは、他でもない、港の守りを任せたシルバーだった。

 何が起きたのかは分からない。

 ただ、シルバーが俺を救ってくれたのには間違いないようだ。

「よく分からないけど、助かった。ありがとう」

「よい。それよりも――」

 立ち上がろうとした俺の後ろで、何か重いものが落ちてくる音がした。

 何軒もの民家を押しつぶす形で墜落したのは、先程俺が倒した鷹だ。

 それを見て、俺は言葉を失う。

 体を斜めに両断したはずなのに、まだ動いているのだ。

『くっくっく……どこのどなたかは存じ上げませんが、私のペットたちを倒すとはやりますね』

 さらに、その口から男の声が響いてくる。

 この声は、城下町で聞いたサドールの声だ。

『おそらくはイレーラ辺りですか? まあいいでしょう。しかし、このまま終わるほど、私のペットは甘くありません』

「何を……する気だ?」

『おや、知らない声ですね。もはやあまり関係もないですが。何をするかって? もちろん、悪あがきですよ。正真正銘の、道連れ狙いの悪あがきです』

 あざ笑うかのような声に、顔は知らないはずのサドールの邪悪な笑みが浮かんでくるようだった。

 悪あがきなどさせるわけにはいかない。

「くっ、トドメを刺さないと……」

「貴様は休んでいろ。邪魔だ」

「えっ」

「事情はよく分からぬが、今の貴様ではあれは防げまい。私が相手になろう」

 シルバーは俺を押しのける形で、前に出る。

 確かに今の俺ではトドメを刺せるかどうかも怪しいが――。

 鷹は断面から大量の血液を吐き出しながら、頭をこちらに向けてきた。

 その口には魔力が十分に溜め込まれている。

「ブレスだ……っ!」

 まだ撃てるだけの魔力を蓄えていたのか。

 かわそうにも、この後ろには集まった町民たちがいる。

 町民たちも魔物の様子に気づいており、それぞれが焦り散り散りに逃げようとしていた。

 しかし、今逃げてもブレスの着弾時の爆発に巻き込まれるだろう。

 ここで避ければ、間違いなく数人の町民が犠牲になってしまう。

「うろたえるな! 民よ!」

 そんな中に、シルバーの言葉が響いた。

「私にまかせておけばよい。逃げ惑う必要などないのだ」

 シルバーの声を聞いた町民たちは、一様に動きを止めた。

 魔族が人間の声に耳を傾けるというこの光景に、俺は驚きを隠せない。

 これが、王のカリスマ性というやつなのだろうか。

「来い、鷲よ」

『この子は鷹ですよ! 失礼な方ですね』

「どちらでもよい。私が直々に受け止めてやると言っているのだ」

『――ほう……分かりました。では、受け止めてもらいましょうか!』

 鷹の口に溜められた魔力が、最高潮に達した。

 俺に向けて放っていた連射性の高いブレスとは違い、一撃に重きを置いたものだろう。

 その分威力は高いはずだ。

「どれほど威力があろうとも、私の『絶対防御』の前では無力である。さあ、どこからでも来い」

『ふっ、そういわれて、真正面からあなたを狙うわけないでしょう!』

「……何?」

『ここで民衆たちに被害を出せば、疑われるのはあなた方だ!』

 鷹の口が、直接町民を狙える方向に向きが変わる。

 このままでは、何もせずとも町民たちが犠牲になってしまう。

「止める――」

『もう遅い!』

 間に入ろうとした俺が間に合う前に、鷹の口からブレスが放たれてしまった。

 駄目だ、ここからでは間に合わない。

「この王たる私を無視するとは……万死に値する」

 シルバーは鷹を睨むと同時に、持っていた剣を地面に突き立てた。

 刹那、シルバーの魔力が突然跳ね上がり、辺り一帯に充満する。

「――限界突破(リミットブレイク)

 シルバーの口から、そんな言葉が聞こえた。

 そして次の瞬間、ブレスが町民たちのいた場所に着弾した。

 爆発が起き、魔族たちの悲鳴が聞こえる。

 俺が呆然としていると、徐々に爆発にて舞い上がった煙が晴れていく。

 そこには、凄惨な光景が広がって――いなかった。

『……どういうわけでしょうか。民衆たちの声が減っていないのですが』

「民を守るのが王の役割だ。私が立っている以上、民に傷一つ負わせなどしない」

 魔族たちは、自分が無事であることに唖然とした様子で立っていた。

 見た所、誰一人として怪我を負っている者はいないらしい。

「一時的に、私の周囲全体を『絶対防御』と同じ状態にする。それが、私の『限界突破』、銀の巨城(シルバーキャッスル)だ」

 限界突破(リミットブレイク)――魔物にブレスが扱えるように、意志を持つ生物に扱うことができる奥義の名称だ。

 魔力回路の奥にある、本来閉じられているはずの『門』をこじ開けることで、通常よりも規模の大きい魔術や能力を使用することができるようになる。

 当然いつもより多くの魔力を魔力回路に流すことになるため、体への負担も魔力の消費も比にならない。

 しかし、上手く扱えるようになればこれ以上にない力となる。

 この技術を扱える者は、そうはいない。

 すべての人間、獣人、魔族を通して、もっとも高難易度の技術だからだ。

『……想像以上に厄介な方のようですね。まあいいでしょう、あなたのような敵がいることが分かっただけでも、収穫です』

「負け惜しみか」

『ええ、負け惜しみです。できることならここで殺しておきたかった。しかしもう、ペットたちも間もなく命を落とします。これではどうしようもないので、私は大人しく去るのです。ペットたちの犠牲を無駄にしないためにね』

 まったく心がこもっていない声色だ。

 ペットという名の巨大な魔物たちも、サドールにとっては捨て駒でしかなかったのだろう。

 俺たちの情報を少しでも集めるための、捨て駒だ。

「どこかで待っていろ、私もこの戦いに参加する……貴様は王たる私を蔑ろにした。不敬な貴様には、私自ら引導を渡す」

『ほう、では……待っていますよ。この子を倒した、もうひとりの方もね』

 鷹の頭が俺の方向へと向いた。

「……ああ」

『くっくっく……それでは、また会うときまで――ごきげんよう』

 鷹の頭が地面に落ちる。

 辺りには鷹から出た血液が巨大な血溜まりを作っており、濃厚な鉄臭さを撒き散らしていた。

「助かった、シルバー。さっき俺が落ちたときに無事だったのも、その力のおかげか?」

「うむ。私の能力の指定範囲に入れば、その瞬間から絶対防御が発動する。敵まで無敵にしてしまう欠点もあるがな」

「いや、十分に強力な力だよ。おかげで俺も無事な……わけ……だ……し」

「む?」

 言葉の途中で、俺の視界は突然ぼやけた。

 そして、立っていられないほどの目眩に襲われ、膝をつく。

「どうした! アデル!」

「あ……れ……?」

 徐々に体が重くなり、地面に伏せる。

 体を揺するシルバーと、必死に叫ぶエクスダークの存在を確かめながら、俺の意識は闇へと落ちていった。

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