不自由な勇者
『うほー! 高いのう!』
「ああ、寒いくらいだ」
雲よりも高い場所、俺は大陸のはるか上空を飛行していた鷹の上にいた。
(安定してるな……生物の上に立ってるはずなのに)
この大きさのせいか、まるで大地に立っているかのような安定感を感じる。
『のう主』
「何だ」
『こやつを倒したあと、どうやって地上に下りるんじゃ?』
「魔術でどうにでもなるさ。一応いくつか風属性の魔術も使えるし」
『なら安心じゃな。よし、存分に斬り伏せようぞ!』
抜刀した状態のエクスダークに、俺は魔力を注ぎ込む。
『んほぉぉぉぉ! キタキター!』
注ぎ込んだ魔力はエクスダークの中で倍増し、黒いオーラとなって立ち上りだした。
アークオークや風の霊獣を倒したときと同じ物である。
「悪いが、この一撃で終わらせてもらう!」
黒いオーラを放つエクスダークを、足元の鷹の体に振り下ろす。
このまま命中すれば、深い傷を負わせることができる――はずだった。
「うおっ!」
突如地面、いや、鷹が体を揺らしてたせいで、俺はバランスを崩す。
思わず気を取られてしまったせいで、エクスダークを覆っていた魔力も霧散してしまった。
『チッ、気づかれたな』
「ああ! くそ、これじゃまともに立ってられない……!」
本格的に動き出した鷹の背中には、当然先程までの安定感はない。
手をついて鷹の背中の毛を掴んでいなければ、飛ばされてしまうだろう。
「暴れるな!」
俺はエクスダークを逆手に持ち替え、そのまま鷹の体に突き立てる。
刃は肉に潜り込み、根本近くまで深々と突き刺さった。
しかし、鷹にはまるで効いていない。
「これじゃ蚊に刺されたようなもんだな……」
『我のことを蚊扱い!?』
肉に刺さったとはいえ、これほどまで巨大だと内蔵に届くどころか皮を斬ったようなものだろう。
刃が杭となって体を支えられるようになったが、これじゃどれだけかかっても鷹を倒すことなど不可能だ。
「何とかこいつの動きを止めたいけど……!」
『それならちょいと我に任せてみよ!』
「何をする気だ?」
『主と出会ったときに、我が主にしたことを忘れたか?』
俺とエクスダークが出会ったのは、ダンジョンの最下層だ。
そこでエクスダークを掴んだとき、こいつは俺の体を乗っ取るために神経を潜り込ませてきた。
――そうか、あの神経攻撃か。
「あれと同じことができるのか?」
『精神まで乗っ取るなんてころはできぬが、動きを制限させることはできるはずじゃ!』
「なら頼む!」
『任せておけ!』
エクスダークの刀身が黒く染まっていく。
すると、肌の表面にまるで体の中を通る神経のような模様が伸びていく。
『呪詛の神経!』
神経が全身に回ると、鷹は一瞬空中で動きを止めた。
動きが止まったということは、羽ばたきも止まるということ。
つまり俺とエクスダークは、自然落下する鷹と一緒に雲を突き破り、真っ直ぐ大陸に向けて落ちることになる。
『ぐっ、こいつ……図体がでかすぎて、我の支配が完全には回らん!』
「マジか……」
『元々人形の者を操る力だから、鷹にはよく効かんかったみたいじゃ。本来我を抜いても支配は続くはずじゃが、この鷹に関しては抜いた瞬間自由を取り戻してしまうじゃろう』
「……一発勝負か」
エクスダークを抜いた瞬間自由になってしまうなら、体勢と整えるまでの一瞬の隙を突くしかない。
魔力をあらかじめ溜めておき、抜くと同時に振ることができれば、鷹を両断することができるだろう。
「やるしかない。よし――」
『待て! 主! とんでもない魔力反応じゃ! この鳥公、何かしようとしておる!』
エクスダークの言葉に反応し、顔を上げる。
すると、鷹の頭が目に入った。
その口には、魔力が集められている。
「そうか、制御できたのは体の動きだけだったな……」
この鷹、ブレスを放つつもりだ。
ここまで強いのであれば、ブレスを使えてもおかしくない。
懸念をしていなかった俺のミスだ。
『来るぞ!』
「っ!」
鷹は頭だけをこちらに向け、自分自身の体すれすれにブレスを放った。
太くはないため規模は小さいが、速く貫通力があるタイプのブレスだ。
とっさに体を倒して直撃は免れたが、肩をかすったせいでその部分が少し焦げている。
直撃したら、さすがに穴でも空くかもしれないな。
そして、さらに悪い知らせが飛び込んでくる。
『おいおい、嘘じゃろ』
「……これはひどいな」
鷹の口には、すでに新しいブレスが溜まっていた。
短く規模を絞ることで、連射を可能にしてるのか。
それに気づいたときには、もう二射目が放たれていた。
「くそっ!」
俺は魔力を片腕に注ぎ込み、全力の強化を施す。
魔力を通したものは、通常のものよりも頑丈で、強靭なものとなるのだ。
そうして強化した腕で、俺は鷹のブレスを受け止めた。
『主! いくらお前さんでも――』
「かわせないならこれしかないだろッ!」
手を突き出す形でブレスを受け止めているせいで、手のひらに焼ける痛みが走り続ける。
手のひらだけには収まらず、そのブレスは俺の腕を焦がし始めた。
いくら勇者の体が頑丈とはいえ、強力な魔物のみにしか扱えないブレスを素手で受け止めるなんてことは不可能だ。
「ぐっ……あぁぁ!」
勢いを少しずつ殺し、徐々に軌道をずらしていく。
腕が限界に近づいてきたところで、上手く上に力を込めて俺から逸らすことに成功した。
「はぁ……はぁ……」
左手はしばらく使えない。
表面が焼けてしまい、これでは上手く動かせないだろう。
『主、頑張りに水を差すようで申し訳ないが、次が来る』
「ああ、分かってる」
もうやるしかない。
俺は右手でエクスダークを抜き放ち、そのまま鷹の背中を蹴って距離を取る。
「エクスダーク、タコを斬ったときよりも多くの魔力を注ぎ込む。耐えられるか」
『誰にいっておる。我は伝説の剣、エクスダークぞ。聖剣に耐えられるものを、我が耐えられないいわれはない!』
「っ、お前……分かった。じゃあ、遠慮なく!」
右手を通して、全力の魔力をエクスダークの中に注ぎ込む。
溢れ出すように黒いオーラが吹き出し、俺の体にまとわりつくように充満し始めた。
『ぐっ……さすがに快感とは……いえんのう!』
「――行くぞ」
自由を取り戻した鷹は、体勢を整えるために一度羽ばたく。
そうして頭をこちらに向け、溜めていたブレスを放つ姿勢になった。
(やっぱり、そこまで溜めたブレスを中断するなんてこと、できないよな)
魔物が放つブレスには、当然溜めが必要だ。
溜め始めならともかく、魔力が光の粒子として目に見えるようになってから中断してしまうと、魔物自体にも負担がかかる。
下手すれば、口の中で暴発して頭が吹き飛ぶこともあるのだ。
だから、こうして優先的にブレスを放つと思っていた。
そしてブレスを放っている間、鷹は動くことができない。
本来であらば危険な状況だが、この状況に限り絶好のチャンスとなる。
「飛剣――――」
魔力を溜め込みすぎて、エクスダークがとても重く感じる。
体が軋ませながらも、俺は無理やりエクスダークを振り抜いた。
「――黒刀!」
黒い魔力を帯びた飛剣を、鷹に向けて放つ。
風の霊獣を倒したときのものより、数段階規模が大きい斬撃だ。
その斬撃は鷹のブレスすらも切断し、そのまま鷹自身の体も両断する。
胴体を斜めに切り離された鷹は、ゆっくりと自由落下を再開した。
「はぁ……はぁ……」
『も、もう入らない……今後はごめんじゃぞ』
「ああ、もうしない」
俺の体も自由落下が始まった。
このままでは地面に激突してしまうため、風の魔術で勢いを殺す必要がある。
「風の防御壁――あれ?」
自分の周りを風で覆う魔術を使おうとして、気づく。
魔力を、魔術回路に流すことができない。
いつもなら即座に発動するはずの魔術が、どれだけ力を込めても発動しないのだ。
『何をしておるんじゃ!』
「わ、分からない!」
魔術を使えなくなった理由がまったく分からないまま、俺は港町へと落ちていった――――。