明かす勇者
「はぁ……はぁ……」
「ギダラ、大丈夫か?」
「お主らに心配するほど衰えてはおらぬわい」
息を切らしていたギダラは、数秒で落ち着きを取り戻した。
空気中に漂う魔力を吸い込み、その何割かを自分の魔力とする呼吸法があると聞いたが、おそらくそれだろう。
「ふぅ、これでまたあと一回くらいなら転移できそうじゃわい。それで、来たはよいがどうするんじゃ?」
「とりあえず町の中心に行こう。何か騒ぎになってるかもしれないし」
何がともあれ大切なのは、すでに巨大生物が到着してしまったか否か。
それを確認するため、俺はフードを深くかぶって駆け出す。
もうあんなミスは犯せない。
「――ちょっと待ってください」
走り出した俺を、イレーラが止める。
イレーラは目を閉じ、周囲の気配を探っていたようだった。
「町中が静か過ぎると思って探ってみたら、海岸沿いの方が騒がしいみたいです」
「海岸沿い……分かった、行こう」
イレーラの鍛え上げられた五感は信用できる。
俺たちはその後迷うことなく、海岸沿いへと駆け出した。
町を走っていても、確かに人の気配がない。
しかし海岸沿いに近づくにつれ、人々のざわつく声が聞こえてきた。
「ここか……!」
たどり着いた海岸線沿いには、イレーラの感じ取った声の通りたくさんの町民がいた。
皆が皆海の方向を見ながら、混乱している様子である。
「なんですか……あれ」
「少々、侮っておったわい」
海岸沿いについた瞬間、二人は空を見上げて呆気にとられた様子で空を見上げた。
俺も似たようなやつを一度見たとはいえ、さすがに慣れない。
なにせ、それは町を影で覆ってしまうほどに巨大な鳥なのだから。
「今度は空か……」
港町の上空に現れたその鳥は、かなりの高度にいるはずなのに羽ばたき一つで突風を巻き起こしていた。
海が揺らされ高波が発生し、この距離でありながら木々が倒れる。
真下からどれだけの力で飛び上がろうが、あの鳥の前では無力だろう。
何もできず、地面へと叩きつけられるのがオチだ。
「鷹のように見えるのう……種類がどうとか言っている場合じゃないだろうが」
「この距離ではさすがに斬れません……」
俺の飛剣でも、おそらく届かない。
届いたとしても、限りなく威力は抑えられてしまうだろう。
そんなことを考えていると、再び町民たちの声が大きくなる。
また海の方を見ているようだ。
「――これはワシでも冷や汗が止まらんぞ」
海に、巨大な島が浮いていた。
いや、島ではない。
真っ直ぐこちらに向かって動いているのだから。
そしてもう一つ。
巨大な鷹より低空を飛んできているのは、同じくらい巨大な竜である。
「島かと勘違いするような亀。街一つを隠してしまいそうな程の鳥。鉤爪一振りで山を吹き飛ばす竜……揃ってしまったな」
「様々な魔物を見てきたが、ここまで巨大なのは初めてじゃ……」
「遠距離攻撃ができる魔術ってあるか?」
「一応、届くだけの魔術はある。しかし大したダメージは見込めんじゃろう。まだ可能性があるとすれば……主らをあの魔物たちの上に転移させるくらいか」
「いい案だけど、魔力は十分か?」
「このくらいの距離ならば主らを往復させるくらいの魔力があるわい」
確かに、それなら直接魔物たちに攻撃を仕掛けられる。
まず上の鷹を倒し、今度は上陸される前に亀と竜を倒す。
それで何とかことを解決させられるはずだ。
「よし、それで行こう。まずは俺たちを――」
俺がそう言おうとすると、どこからともなく爆発音が響く。
その方向を見ると、どういうわけか亀と竜の体に何かが着弾するように爆発していた。
「今度はなんだよ!」
「アデルさん、あそこに船が」
「船?」
亀の横を並走する形で、一隻の船が見える。
どうやらあれから大砲が発射されたらしい。
それにしても、あの船には見覚えがある。
「野郎ども! どんどん撃ち込みな!」
「頭部を狙え! 甲羅に当たったんでは意味がないぞ!」
甲板で声を張っているのは、レオナとシルバーであった。
やっぱりあれは、俺を途中まで運んでくれたシルバーの持つ船だ。
「人間の船じゃな。なぜこんなところに」
「俺の仲間――みたいなものだ。巨大生物の対応に行くって言ってたから、それを追ってきたんだと思う」
「む? 貴様の仲間はあの三人ではないのか?」
「勇者を辞めたあとに知り合ったんだよ。だから、俺が勇者であることも知らない」
「なるほどのう。それにしても、獣王レオナに騎士王シルバーとは……やはりお主もカリスマ性はしっかり持っているようじゃな」
「え、知ってるのか?」
「当たり前じゃ。人間側の大きな戦力は、すべて頭に入れておる」
大陸を超えて名前が知られているのか。
ほんのちょっとだけ、あの二人を見くびっていたのかもしれない。
「人間側の実力者ですか。ギダラ様、協力を申し出てはいかがでしょう」
「……誇り高き魔族が人間を何度も頼るとは、情けない。情けないが――やむを得まい」
ギダラは再び地面に杖を突き、魔法陣を展開した。
「これからあの二人をここに転移させる。事情の説明はアデル、お主に頼む」
「分かった」
魔法陣の光が一層強くなり、気づけば船の上にいたはずの二人の姿が消えていた。
そしてすぐ横に、人の気配が二つ増える。
「うわっ! 何だい!?」
「ここは……港町か?」
二人は突然転移したことに思考が追いついていないようで、混乱しているみたいだ。
「二人とも、よく来てくれた」
「アル……貴様がいるということは、ここは魔族大陸か?」
「ああ。ほら」
海の方を指し、竜と亀の姿を確認させる。
そして上空を見上げ、鷹の存在を確認させた。
「頼む。あいつらを討伐するために、協力してくれ」
◆
「――なるほどな。そこにいる魔族の力で転移して、魔物たちの体の上に飛ぶと」
「ああ。そうすれば攻撃が届くようになる」
「ふむ。悪くない案ではあるが……」
「何か問題があったか?」
少しだけ渋い顔をしたシルバーは、ギダラとイレーラの方を見ながら再び口を開く。
「私は魔族が信用できない」
「あたしも同感だね。あたし自身は人間ってわけじゃないけど、人間側だ。散々争ってきた魔族と協力するなんて、ちょっとばかし恐ろしいね」
そうなるよな。
魔族の思考が凝り固まっているのなら、人間だって同じだ。
どう足掻いても、共闘しようといわれてはい分かりましたとはならない。
「ただ、これを聞かせてくれれば、協力もやぶさかではない」
「……何を?」
「貴様が、何者であるかだ」
俺は言葉に詰まってしまった。
シルバーとレオナは、真っ直ぐ俺を見つめている。
「貴様といた時間は長くはないが、その間で驚くべきことが何度もあった。霊獣を倒せる人間など、数える程も見たことがない。だというのに、私がどれだけ調べても貴様の素性は分からなかった」
「あたしも知りたいね。初めてあたしを捕まえた男が、いったい何者なのか」
そんな気は毛頭ないが、これはもう、誤魔化すこともできそうにない。
「俺は……」
ギダラもイレーラも、俺を見ていた。
俺がどう答えるか、気になっているのだろう。
なぜこうも、言葉を紡ぐのが恐ろしいのだろうか。
途中で逃げた者として、非難されるのに怯えているのか。
――いや、そうだとしても、今恐れている場合じゃない。
目の前の驚異を何とかできなければ、どの道終わりだ。
それなら、今自分の正体を話したところで同じである。
言わずに後悔するなんて、それこそ自分を許せない。
「俺は――――元、勇者だ」