港へ戻る勇者
「どういうことじゃ……オネットが三人」
「あいつら全部人形だ。港で交戦したけど、中身は空洞だったよ」
「サドールが人形魔術使いだという噂は本当だったか……なるほど、ならこいつらは全員人形なんじゃな?」
「ああ、そのはずだ」
俺がそう答えると、ギダラは杖を構えたまま一歩前へ出る。
「身内に騙され続けていたというのは、ここまで怒りが湧いてくるものなんじゃな……もう、許しておけぬ」
三体のオネットが、一斉にギダラに向かって飛びかかってくる。
ギダラは自分の杖を連中に向けたまま、目を閉じた。
「転移魔術――」
直後、オネットたちの体の動きが鈍くなり、地面に落ちる。
オネットたちの体の構造が、どこかおかしい。
腕が足に、足が腕に。
パーツをつけ間違えてしまったみたいに、全身がバラバラになってしまっている。
「――混乱。無機物であれば、ほれ、こんな簡単に始末できる」
「相変わらず、とんでもない魔術だな」
「そう褒めなくてよい。それよりも、さっさと頭を潰しておけ」
ギダラの魔術は、物と物を入れ替える転移魔術だ。
生物の場所を入れ替えたり飛ばしたりするためには、大量の魔力が必要となるらしい。
しかし、無機物が対象であれば、そこまでの魔力は必要ないそうだ。
「さすがギダラ様。オネットが何体で襲ってこようが、ギダラ様の前では無力ですね」
「無機物相手なら、いくらでも壊してやるわい。ただ、生物相手じゃと少々辛く感じ始めてのう……歳には勝てぬ」
「触れにくい話題ですね」
「イレーラ、お主想像以上に言葉に遠慮がないのう……」
それは俺も思った。
正直なことはいいことだが、俺相手ならともかく魔王軍ナンバー2にまでその対応とは恐れ入る。
「申し訳ありません。なにぶん、上司がファントム様なもので」
「それは仕方ないのう」
「仕方ないのかよ……」
確かにあいつもあいつでツッコミどころ満載だけども。
俺はエクスダークを使ってオネットの頭を砕いていく。
もう動くことはできないだろうが、一応完全に破壊しておいたほうがいいだろう。
「こいつで最後だ」
二体を壊した段階で、最後の一体にエクスダークを振り上げた。
その瞬間――。
「くっくっく……まあ、この程度では相手にならないですよね」
「っ!」
突然、オネットの口が開き、そこから声が響いてくる。
「サドール……ッ!」
「おや、その声は……イレーラも一緒だったのですか。ギダラ様だけを狙ったつもりですが、二人相手ではますます不足でしたね。これはこれはご無礼を」
――どうやら、視界は確保できていないようだ。
ならば俺の存在はまだ気づかれていない。
黙っていたほうが無難だろう。
「港でもよくやってくれましたね。同じ副隊長同士、もう少しいい勝負になると思ったのですが」
「副隊長同士って……まず魔族でもないというのに」
「差別はいけませんよ、オネットも自分なりに生きていたはずです」
なるほど、こいつはファントムよりも圧倒的に『気持ちが悪い』。
言葉の中に、何もないのだ。
悪意も、敵意も、親しみも、何も。
まるで空気とでも喋っているかのような、虚無感。
この男からは、本質というものが一切見えてこない。
「ま、中身はないですけどね。そんなオネットを、よくも倒してくれましたね。これにはさすがの私も堪忍袋の緒が切れてしまいました」
「だから何だというんじゃ」
「怒りのあまり、何人ものオネットを送り込みたいところだったんですが……ギダラ様相手ではやはり無駄でしょう。こうなったら八つ当たりをするしかありません」
「……っ!」
「そうそう、それはそれとして、最近ペットを飼い始めたんですよ。どれも大きすぎてこの大陸では飼えなかったので、仕方なく放し飼いにしてたんですが……今日突然会いたくなりまして、港に呼び戻しておきました」
大きすぎるペット……。
かなり嫌な予感がする。
「そのペットの中でも、とびきり暴れん坊なやつらを呼んでしまったんですよ。きっと私に会えるのが嬉しすぎて、暴れてしまうかもしれませんね。港は広いですから、きっと受け入れてくれるでしょうが」
「何をする気なんじゃ……お主」
「別に何も。私はペットを呼んだだけですから」
「っ! どこまでも食えぬ男じゃ」
「くっくっく、せいぜい私のペットたちと戯れてください! きっと喜ぶので!」
サドールの高笑いが響く。
ひとしきり笑うと、オネットの口が閉じて力なくうなだれた。
どうやらリンクが切れたらしい。
「くっ……サドールは何をしようとしてるんじゃ……!」
「少し、心当たりがある」
「何!?」
「俺はここに来るまでに、ありえない大きさのタコと交戦した。もしあれのことを差しているのであれば――」
島かと勘違いするような亀。
街一つを隠してしまいそうな程の鳥。
そして――。
「――鉤爪一つで山を崩せるほどの竜」
聞いている話の中では、それしか思いつかない。
そんな規格外の魔物たちが襲ってくるとなれば、港など一瞬にして壊滅してしまうだろう。
下手をすれば、そのまま城下町だって……。
「そんな化物が送られてくるならッ!」
「すぐにでも港へ戻らねばならぬな……仕方がない。お主ら、ワシの周りに寄れ」
その言葉に、イレーラが目を見開く。
「ギダラ様……その」
「何じゃ」
「大丈夫なのですか?」
「問題はない。代わりに、港で戦闘するならば主らに前線に立ってもらうぞ」
「っ! はい!」
転移魔法、先程もいった通り、生物を移動させるのに使用される魔力は無機物の比ではない。
本来希少な転移の魔石を使わなければできないことを、ギダラは好きなタイミングで好きな所に移動させられるのだ。
当然、老人となってしまったギダラにかかる負担は計り知れない。
「本当に、歳は取りたくないもんじゃ!」
ギダラは、自分の杖を地面につく。
すると、ギダラを中心に青白い魔法陣が広がった。
この光自体は転移の魔石で見慣れているが、魔法陣自体は数えるほどしか見たことがない。
「転移魔術――転送!」
魔術の名が叫ばれると、俺たちの体を浮遊感が包む。
転移の魔石と同じ感覚だ。
一つ瞬きをすれば、もうそこは城下町ではない。
今朝まで俺たちがいた、港の景色だ。