分かち合う勇者
「イレーラ、貴様港におらんと思えばなぜこんなところに」
「これには深い事情がありまして!」
「そうじゃな、其奴と一緒にいる訳を話してもらわねば、ここで主らを焼かねばならんくなる」
「ッ!」
そりゃ気づくよな、何十年、下手したら百年単位で魔術師をやってる男なんだ。
どんなに魔力を隠そうが、臭いで分かるのだろう。
「そこに突っ立ってる主らは検問に戻れ。我らが退散するまで、ここに入ることを禁ずる」
「は、はっ!」
部屋にいた兵士たちは、我先にと外へ出ていった。
人払いを行ったギダラは、改めてイスに腰掛ける。
「それで?」
「……」
「大人しく座るぞ」
イレーラとともに、俺は再び席に戻る。
絶えずこちらを警戒してくるギダラの存在に居心地の悪さを感じつつも、どう話すべきかと思考を巡らせた。
「ひとまず、俺から言っておきたいことがある」
「何じゃ」
「ここに来たのは、勇者としてじゃない。俺はこの前のイスベルとの戦いから、勇者を辞めている。証拠に、今の俺は聖剣を持っていない」
「……そのようじゃな。しかし、そう簡単に今まで敵対していた者を信じることができると思っているのか?」
「信じてもらうしかない。俺に交戦の意志はない」
「……」
ギダラに下手な言いくるめは通用しない。
熟練の勘と読みで、俺の浅はかな考えなどすぐに見通されてしまうだろう。
だからこそ、本気の言葉をそのまま伝えるしかないのだ。
「――どうやら、嘘はついていないようじゃな。本当に敵対の意志はないと」
「ああ」
「ならばなぜ、この大陸を訪れた。うちの二番隊副隊長まで連れて」
それに対し返答しようとすると、俺の言葉を遮ってイレーラが口を開いた。
「一つ誤解がございます。私は勇者に連れられているのではなく、私が勇者を連れているのです」
「何?」
「なぜなら、私は勇者を夫とすることを両親に報告――」
「それはもういいっ!」
俺はイレーラの口を手で塞ぐ。
モガモガと何か言っているが、これ以上話をややこしくされたくない。
「なんじゃい、嘘か」
「たった一ミリでも信じないでくれ。それはトラブルなく城下町に入るための方便だ」
「それが方便というのであれば、ちゃんとした理由もあるのだろうな?」
「もちろんだ――」
俺はその後に、これまで起きたことをすべて伝えた。
勇者を辞めて隠居しようと思ったら、イスベルと再び顔を合わせてしまったこと。
その後、ファントムとイレーラが連れ戻しに来たこと。
協力を要請してきたこと。
そして、俺がそれに応じたこと。
「――そうか、ファントムが」
「サドールってやつがこの国によくないことをしようとしてるっていうのも聞いている。俺はそいつを止める手伝いってことで、この国に来たんだ」
「事情は分かった。しかし、なぜじゃ。元とはいえ、勇者であるお主が、なぜ魔王を助ける?」
「……俺たちは、分かり合えたから」
立場は違えど、勇者と魔王は表裏一体。
一番遠くにあり、同時に一番近くもある。
それが、妙な親近感を抱かせた。
そして何より、もう責任のために戦いたくないという気持ちが、合致している。
「俺は大衆のためにはもう戦えない。だけど、イスベルのためなら戦える。あいつのためなら、まだ剣を振れるんだ」
「……おかしな人間だ」
ギダラは呆れたようにため息をついた。
そしてしばらく考え込むような仕草を取って、ようやく顔を上げる。
「分かった。魔王様と一番隊の二人に免じて、お主を信じよう。元勇者、アデル」
「ああ、ありがとう」
「よもや、お主から礼をいわれる日が来るとはな……そういうことであれば、改めて魔王様の手助けを頼みたい。お主の助けが得られるならば、こちらの戦力が一気に跳ね上がる」
「元よりそのつもりだよ。こちらこそ、手を貸させてくれ」
ギダラが差し出してきた手を握る。
と、同時に、詰まらせていた息を少しずつ吐き出した。
何だかんだいって、かなり緊張していたのだ。
こうしていい方向に話が進んでくれて、心底安心した。
「盛り上がっているところすみません。私のこと、忘れてたりしませんよね」
「……」
いつの間にか手の拘束から逃れていたイレーラが、俺たちを冷めた目で見つめていた。
どうしたって、忘れてたといえる空気ではなかった――。
◆
「それで、どうするつもりだったのじゃ?」
「ひとまず魔王城まで行って、イスベルたちと合流するつもりだった。戦闘になれば力を貸せるけど、勝手に動けば事態を悪い方向に持っていってしまうかもしれないから」
「なるほどな。ではこのまま魔王城へ向かうぞ」
イレーラをなだめた俺たちは、城下町を歩いていた。
機嫌は良くなっていないものの、むすくれたままのイレーラもあとについてきている。
「サドールに何か動きってあったんですかー」
「お主はいつまで不機嫌なんじゃ……まあいい。サドールは港にイスベルが上陸した段階で、宣戦布告を行ってきた。確実に、我らと敵対する気じゃろう」
「ずいぶんと大胆ですね」
「うむ、大胆すぎる。確実に勝てる算段がなければ、あれほどまでの挑発はできないはずじゃ」
勝てる算段か――。
詳しく話をファントムは離してくれたとき、サドールは人間の勢力を取り込み始めたと聞いていた。
その人間の勢力が何かは分からないが、二番隊の隊長の身分で魔王を倒せると思えるほどには、強い勢力を取り込んだんだろう。
魔族に力を貸すような人間の組織――レッドの顔が少しだけ浮かんできた。
虹の組織がサドールに力を貸しているなら、その自信も少しは分かるのだが……もしそうだったら最悪だ。
「裏に何がいるか分からぬ以上、迂闊には動けぬ……正面から叩き潰そうにも、その正面に敵がおらねば仕方ないからのう」
「……その通りだな」
「せめて他の部隊の隊長たちが戻ってくれば――っ!」
「「ッ!」」
ギダラの言葉の途中で、俺たち三人はすぐに身構えた。
感じたのは、殺気。
俺とイレーラはそれぞれ剣を抜き、ギダラは手元にどこからともなく杖を出現させて待ち構える。
「上じゃな」
「ああ」
上を見上げれば、三つの影が俺たち目掛けて落ちてきている。
フードを深くかぶった三人だ。
それぞれが鉄でできた爪のような武器を装備しており、俺たちに向けて迷いなく振り下ろしてくる。
それを受け止めた瞬間、甲高い金属音とともに衝撃が駆け抜け、足元の石が少し割れた。
重い一撃ではあるが、イレーラの一撃よりは圧倒的に軽い。
「きゃぁぁぁ!」
「喧嘩か!?」
「ギダラ様とイレーラ様がいるぞ!」
どこからともなく悲鳴が上がる。
こんな白昼堂々襲ってくるなんて、サドールってやつはどこまで自信があるんだ。
「一度距離を取るぞい!」
「ああ!」
「分かりました!」
俺たちはそれぞれの相手を押し返すと同時に、構えながら距離を取る。
その際、襲ってきた三人のフードが取れて、顔が明らかになった。
「――っ! どういうことだ……?」
「嘘……さっき倒したはずなのに」
そこにいたのは、先程イレーラが倒したはずのオネットだった。
人形だったとはいえ、倒したはずの敵がいることは驚くべき店である。
しかし、されに驚くべきは、その顔が――三つ並んでいることであった。




