畑を耕す魔王と勇者
「くっ、難しい」
「腰が入ってないんだよ、腰が」
「う、うるさい! 畑仕事なんてやったことがないんだ!」
「それでも慣れもらわないと困るんだ。ほら! 手を動かす!」
「くっ」
イスベルは、現在俺の畑の拡張作業を手伝っている。
結局のところ、冒険者ギルドへ連れて行くことを条件に、俺の畑が整うまで手伝うという契約であの場は終わった。
そしてこうして二人で畑仕事をしているのだが……。
正直な話、畑仕事は下手な戦闘よりも難しい。
今の俺のように、作物の苗を植えていく分にはまだ楽な方だが、耕す作業は通常の数倍神経をすり減らしてしまう。
「きゃっ――――ごほん。また深く掘りすぎてしまったか」
「一々取り繕わなきゃダメか? それ」
イスベルがクワを叩きつけた部分の土が、辺り一面に吹き飛んでしまっていた。
そう、要は力加減が難しいのだ。
人間よりもステータスが高い魔族は、魔法での身体強化を施さなくても化け物じみた筋力を持っている。
さらに魔族の最上位の存在である、魔王の筋力だ。
これまで命を奪うために全力で振っていたはずのそれを、今は最大級加減しなければならない。
疲れないわけがない。
「……まあ、その辺りまででいいだろ。交代しよう、イスベル」
「うっ、あ、ああ……やはりダメだったのだろうか」
クワを握りしめ、顔を伏せるイスベル。
魔王が落ち込んでいるところなど初めて見た。
何の自慢にもなりはしないが。
「そうじゃない。苗も植えられるようになってもらわないと困るんだ」
俺は持っていた野菜の苗をイスベルに渡す。
これは種から育てるより早いだろうからと、村人から譲ってもらった物だ。
実際、イスベルには多くの仕事を覚えてもらわないといけない。
精一杯こき使うには、最低限の仕事は出来てもらわねば困るからだ。
まあ――そのうち自分の土地で畑仕事をするだろうから、今のうちに覚えておけという親切心もないわけではない。
「わ、分かった。頑張る」
「ああ、頑張れ」
イスベルは力強く頷いたが、もはや元魔王の威厳などどこにもないことを自覚しているのだろうか。
そろそろ取り繕うのも辞めてもらいたいものだ。
結局のところ、半日もすればイスベルは大体の仕事を覚えてしまった。
元より仕事が多いわけではなかったが、それでも覚えて実行に移せるのは褒めるべきなのだろう。
すでに俺が出来ることはイスベルにも出来てしまう。
「どうだ? 私も様になってきたであろう?」
「ああ、そうだな……」
指定の範囲まで畑を広げ、作物を植えきったイスベルは、ドヤ顔を俺に向けた。
確かに素晴らしい働きだ。
しかし――。
「これで冒険者ギルドに連れてってくれるか!?」
イスベルの眼には期待の色が宿っている。
一度畑が完成してしまえば、当分はやることがなくなってしまう。
つまり手伝いが必要なのはここまで。
手伝いが終われば、俺はイスベルを冒険者ギルドへ連れて行かねばならない。
「はぁ……分かった。明日行こう」
「ほ、本当だな!?」
子供のような笑みを浮かべやがる。
イスベルは身長は高くないが、顔つきは綺麗で、身体つきも……胸や尻が常人離れしている。
うん、到底子供には見えないのだが、態度と見た目のギャップが眩しい。
俺としては、まだ魔王の印象が強くて今の彼女に慣れていないのだが、好ましい人には好ましく思われるだろう。
今日より俺は、こんな目に毒な女と一つ屋根の下で寝なければならない。
期待というよりは、ぶっちゃけ不安の方が大きい。
こうなったら、さっさと稼がせて自分の家を建ててもらおう。
「とりあえず今日はもう終わりだ。日も暮れてきてるし、家に戻るぞ」
「うむ!」
イスベルは上機嫌で頷く。
その瞬間、彼女の腹部から可愛らしい空腹を訴える音が響いた。
「うっ……うむ」
「……」
そういえば、今日はまだ何も食べさせていなかった。
あの話し合いの後、すぐさま畑仕事に移行したのだから当然だ。
「――夕飯作ってやるよ。食いたいものあるか?」
「なっ、勇者が作れるのか⁉」
「もう勇者じゃない、ただのアデルだ。まあ……旅している期間も長かったしな。それなりの家事はできるぞ」
食事係は交代制で、俺はパーティで二番目に料理がうまかった。
一番は聖女だったが。
「それで、何が食べたい?」
「むぅ、いきなり聞かれても思いつかん」
「んじゃ肉とかは?」
「肉は好きだ。特に牛の赤身が好きだな。太りにくいし」
意外と現実的なものが好きで驚いた。
というか、魔王ともあろう女が肉の脂身を食べた程度で太るのだろうか。
……聞くのは恐ろしいからやめておこう。
「確か昨日もらった牛肉が余ってたはずだし、赤身のステーキでも焼くか」
「ステーキか! 大好物だ! ソースはこってりしたもので頼む」
「それ太るんじゃねぇかなぁ……」
俺とイスベルは、談笑しながら家へと入っていく。
まさか、元とはいえ勇者と魔王がこんな関係になるなんてな。
どこかに人間と魔族の共存を叫んでいた教団がいたらしいが、これを見たら驚くだろう。
信じてくれすらしないかもしれない。
まあ、伝える必要性などないのだ。
まだこの隠居生活は数日しか過ごしていないか、今までにないほどの充実感を感じている。
未来のことは分からないが、魔王イスベルともそれなりにやっていけそうだ。
ひとまずは、約束通りイスベルを冒険者ギルドへ連れて行ってやろう。
――何もトラブルが起きないことを願う。