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豪快な副隊長

「ブレイルさん!」

「ああ、副隊長さんか……ほれ、もう出来てるぞ」

「ありがとうございます。早速受け取らせてください!」

「そりゃもちろん――って、外がやけに騒がしいな」

「気にしないでください! これ、代金です!」

 鍛冶屋に飛び込んだイレーラがやり取りをしている間、俺は外で時間稼ぎをしなければならない。

 もはや俺たちにとっての暴徒と化した町民たちは、イレーラの言葉にも耳を貸さずに俺へと手を伸ばしてくる。

土の壁(グランドウォール)!」 

 手をかざし、地面から分厚い土の壁を生やす。

 これで道を閉ざすことができた。

『塞がれた! そっちに回り込め!』

『挟み撃ちにしろ!』

「……諦めてはくれないのか」

 壁の向こうからそんな声がして、俺はうなだれた。

 このままでは再び見つかって、追われるのも近い。

「こいつは反り返った片刃の剣で、和の国から流れてきた技術を使った剣だ。薄刃で折れやすくも見えるが、半端な力じゃ刃こぼれ一つしねぇ。斬れ味も抜群だぜ」

「なるほど……名だけ聞かせていただけますか?」

「『リュウリンマル』だ。上手く使ってやってくれ」

「リュウリンマル……ありがとうございます。一生をともにする覚悟を決めておきます」

「おう。修理はいつでも承るからよ」

「はい。それでは!」

 イレーラが店から飛び出してくる。

 その手には鞘に納められた片刃の剣があった。

「お待たせしました。行きましょう」

「ああ!」

 合流した俺たちは走り出す。

 まずは町を出て、魔王城の周りに存在する城下町へと行かなければならない。

「いたぞ! 人間だ!」

「今まで魔王様がいなかったのは、人間の仕業だって聞いたぞ!」

「きっと全部あいつの仕業だ! 捕まえろ!」

 好き勝手いってくれる。

 あながち間違いではないけれど。

「っ! 止まってください! すべて誤解です!」

 イレーラが駆け寄ってくる魔族たちに声をかける。

 しかし――。

「イレーラ様まで……! きっとあの人間が操っているんだ!」

「正気に戻ってくださいイレーラ様! 人間なんかと一緒にいてはいけません!」

「……ッ! どうしてここまで」

 俺は無言でイレーラの首根っこを掴むと、そのまま魔族たちに背を向けて走り出す。

「さっきも聞いてもらえなかっただろ。無駄だ」

「すべての人間が敵というわけじゃないって……分かってもらえないのでしょうか」

「俺を勇者だと知って攻撃してくるならともかく、俺が人間だから攻撃してきてるんだ。魔族と人間のわだかまりは、もはや見ただけで敵視するようなところまで来てるんだよ」

「……」

 イレーラのように、少しでも理性的なやつがいてくれるだけで十分だ。

 俺自身も、人間がいいものだなんてこれっぽっちも思っていない。

 すべてが悪い人ではないというのは、裏を返せばすべてが良い人ではないということ。

 それを排除したければ、人間ごと排除してしまえばいいだけのことだ。

 俺には彼らの行いを責める気にもなれない。

 人間側も魔族も、自業自得なのだから。

「戦争なんて、さっさと終わればいいのにな」

「……まったくです」

 イレーラの首根っこから手を離し、ここからはともに走る。

 種族の壁というのは恐ろしいが、こうして魔族と人間が肩を並べることだってできるはずなんだ。

 魔王のために勇者が戦うなんてことが、実際に起きているのだから。


 あれから町を脱出することに成功した俺たちは、近くの森の中で休んでいた。

 さすがに町の外までは追ってこなかったため、こうして体力の回復に務めることができている。

「そろそろ出発するか?」

「ええ。元々そこまで疲れていたわけではないですし」

「そうだな……ただ、ここから歩いて城下町まで行かなければならないと思うと、ちょっと億劫だ」

「距離はありますからね。馬車も借りれませんでしたし」

「気長に行くしかないか」

 俺は体を預けていた木から離れると、ため息を一つ吐いた。

 ここから城下町までは、歩いて四時間ほどはかかるそうだ。

 到着は昼を過ぎて夕方になるとすると、丸二日はイスベルたちとは合流できないということになる。

 この間に、何も起きていないといいのだが――。

「想像以上に時間を取られてしまいましたし、城下町での滞在はできる限り短くしましょう。また騒ぎになる可能性もありますし」

「そうだな。どんな形でも、一般人と戦うのはごめんだ」

 城下町への道は、しっかりと整えられている大きな街道となっている。

 多くの荷台を連ねている商人や、魔物の亡骸を運ぶ巨大な滑車が通っても余裕があるくらいには広く、魔物などもめったに出ないらしい。

 一度しか通ったことはなかったが、改めて見るとずいぶんと親切な道だ。

 ここでもしっかりとフードをかぶることで、一応のカモフラージュとする。

「こういった場所では問題ありませんが、難関なのは城下町に入るときですね。検問がありますので」

「そうだったっけ?」

「ええ。前まではなかったのですが、今では昼夜問わず行われています」

「防犯の意味では強くなったんだろうけど、俺からすると迷惑な話だな」

 さっきの襲われ方で分かる通り、フードが脱げてしまうと一瞬にして人間であることがバレてしまう。

 検問というくらいだ。

 当然フードは剥いでくるだろう。

「ですが安心してください。私に考えがありますので」

「え、そうなのか?」

「はい。アデルさんは安心してついてきてくださいね」

 拳を握って気合を入れているイレーラ。

 その様子に少しの不安を覚えてしまうが、今は彼女以外に頼れるものはない。

 ここは任せてみるとしよう。

 

 それからしばらくして、俺たちは城下町の検問へとたどり着いた。

 ここには城下町、そして魔王城を囲むようにそびえ立つ巨大な壁があり、この向こうに行くために検問を通らなければならない。

「少々待っててください」

 イレーラは得意げな顔で検問に近づいていくと、魔族の兵士に話かける。

 兵士は魔王軍の副隊長が来たということで、畏まった様子だ。

 周りの兵士たちもそれに気づき、それぞれが敬礼の姿勢を取る。

 当事者のイレーラは兵士としばらく話した後、兵士たちの詰め所の方へと案内されたようだ。

 詰め所に入る前に、俺にジェスチャーにてついてくるよう指示が飛んでくる。

 本当に大丈夫なのだろうか……。

「イレーラ様、こちらになります――と、その方は?」

「私の連れです。まずは中で詳しい話をさせてください」

「あ、これは失礼しました。中へどうぞ」

 俺が近づいていくと、イレーラの一言でするりと中へと案内されてしまった。

 イスと机だけの簡単な休憩場所のような部屋で、俺たちはまず並んで座る。

「最初に、これを見てください」

 そう言って、イレーラは俺のフードを――剥いだ。

「なっ、何して」

「に、人間!」

 兵士は俺の正体に気づいた瞬間、帯刀していた剣を抜こうとする。

 それを、イレーラが手で制した。

「待ってください。この人間は無害です」

「しかし! 人間は我らの敵で――」

「大丈夫です。この方は、私の夫になる方ですから」

 そのとき、部屋の空気が凍りついたのを感じた。

 この一瞬だけは、イスベルの魔術よりも早く冷え込んだだろう。

 こいつは、何を言っているんだ?

「いいいいいイレーラ様!? な、何をおっしゃるんですか!? この男は人間……」

「種族なんて関係ありません! この方は私が夫と見定めた男なのです! いくら同胞でも、それを否定することは許しませんよ!」

「えええええ!?」

 分かった、この女――勢いで押し通す気だ。

 中に入れてしまえばこっちのものと思っているんだろう。

 それは間違ってはいないが、やり方が無茶苦茶だ。

 下手すれば、イレーラすらも疑われてしまうだろう――。

「え!? イレーラ様に旦那!?」

「まじかよ! 俺憧れてたのに!」

「嫌だああああああ!」

 うわ、めっちゃ騙されてる。

 部屋にいた数人の兵士たちが騒ぎ出し、頭を抱えて悶ている。

 そうか、イレーラは美人だもんな。

 魔王軍の中でも、きっちり人気があったらしい。

「そういうわけですので、両親に挨拶をするためこうして連れてきたのです。通してもらえますよね」

「う、ううっ……分かりました……そういうことなら。おい人間! イレーラ様を不幸にしたら殺してやるからな!」

「幸せになってください! イレーラ様!」

「応援っ……うっ、してます!」

 何だ、この図は。

 兵士たちの泣きっぷりを気の毒に思いつつも、上司だろうがもう少し疑う心を持ってもいいんじゃないだろうか。

 まだ港の人たちの方が疑り深かったぞ。

「大丈夫です。この方といるだけで、私は幸せですから。ね、あなた(・・・)

「あー、そうだな。しあわせだー」

 口を開いてみれば、あからさまな棒読みが飛び出してしまった。

 しかし兵士たちはもはやこっちに意識を向けていなかったため、それには気づかない。

 まあ、これで何とかなったわけだ。

 イレーラには後で感謝すると同時に事情聴取をするとして、まずはこのまま城下町に入ろう――とした、そのときである。

「何じゃ騒々しい。到着したばっかりで、せっかく休んでおったというのに……」

 俺たちが抜けていこうとした扉を開けて、一人の老人が姿を現す。

「ぎ――ギダラ様……」

 そこにいたのは、イスベルをもっとも近くで支えている男、魔老賢者ギダラであった。

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