襲われる勇者
「お待たせ致しました! 焼き魚定食になります!」
運ばれてきた料理は、熱々のソースがかかった焼き魚と、玉子のスープ、白いふわふわのパンであった。
ここはさきほどイレーラがいっていた魚料理の店。
昼近くの時間たちというのもあるが、絶えず人が出入りしており繁盛していることが伺える。
「いただ――そういえば、こっちにこういう風習はないんだったな」
「人間国の礼儀でしたか、『いただきます』といいながら手を合わせるんでしたっけ」
「命を提供してくれた動物や大地の恵みに感謝をするためにな。しないってのも変な感覚だけど、仕方ない」
俺は合わせそうになった手を下ろし、フォークを取って魚をほぐし始める。
少しだけ周りを気にしてみたが、どうやら怪しまれてもいないようだ。
「ここの魚の料理の仕方は他の店よりも手間がかかっているそうで、骨まで食べられるんだそうですよ」
「へぇ。確かに抵抗なくほぐせるな……」
適当にほぐしつつ、イレーラの言葉を信じて骨ごと口に入れる。
美味い。
骨の硬さはもちろんあるにはあるのだが、気にならないほどに柔らかく、食べやすい。
身の部分は口のなかで絡んだソースとともにするりと胃へと落ちていき、いつまでも味わっていたく鳴るような濃厚な後味だけが残っていた。
「有名になるわけだ。これは種族の壁なんて簡単に越えるくらいに美味い」
「そうでしょう。混んでいて忙しいときには向いていませんが、休暇が取れたときはよく来るんです」
「……魔族って、やけに現実的だよな」
休暇とか給料とか、長年勇者やっててももらったことなんかないぞ。
魔物を討伐して、素材を売って金を工面して――やってること冒険者と変わらなかったな。
「勇者と違い、魔王様はそのものが国を統一する王という立場ですからね。根本的に生活の仕方も違いますよ。ちなみに、この休暇や給料の仕組みを定めたのはイスベル様です」
「前まではなかったのか」
「そうですね。先代魔王の死後、一度魔族の国は崩壊しました。イスベル様は何もない状況から始めたのです」
イレーラは、俺の目を見ながらそういってきた。
この女、しれっと俺のことを責めてくる。
先代魔王を倒したのは俺だから仕方がないことではあるけれど。
「本当に、魔王イスベル様はよくぞここまで国を建て直してくれました。あの方ほど慕われている魔王は、歴代でも初代様以来らしいですよ」
「……忘れがちだけど、あいつもすごいやつだよな」
イスベルは、たった六年で一つの国家を建て直したのだ。
先代に仕えていた魔族たちを軒並み失った状態から、まず数人の実力者たちを連れ戻し、そこから少しずつ人を増やした。
人材が揃ってから、また少しずつ信頼できるひとを増やしていき、最終的に今の国を築き上げたのである。
もちろん、先代の残したものや人脈を利用してはいるのだろうが、それでも快挙だ。
そんな奇跡を起こした魔王として、イスベルは多大なる支持を得ている。
「その魔王を二人も倒してしまったあなたもあなたで化物ですけどね……勇者とは皆そうなんですか?」
「いや……俺も詳しくは知らないけど、ここまで戦い続けている勇者は珍しいとは聞いたよ」
「辞めてしまったのですか?」
「いや、死んだ」
「……なるほど」
一代の魔王に、多いときで三人の勇者が犠牲になるそうだ。
俺は運が良かった。
仲間にも、環境にも恵まれて、ようやくたどり着いたのだから。
もう辞めてしまった以上、関係なくなってしまったけど。
「奇跡のような魔王と勇者が揃ったというのに、ふたりとも辞めてしまったわけですね……もったいないというか」
「俺もイスベルも、そこまで超人じゃなかったってことじゃないか? 年齢も年齢だしな」
イスベルも俺も、年齢自体はそう変わらない。
だからこそ、がむしゃらに戦っていただけの俺と国を一つ背負っていた彼女では、天と地ほどの差があるのだ。
年齢は近くとも、イスベルへ積み重なっている責任は俺とは桁違いなのだから。
「皮肉だな。一番偉いはずなのに、『やめたい』っていう自由すら叶えられないなんて」
「……申し訳ないと思ってしまうのと同時に、情けなくも思います。ここまで来て、まだイスベル様に頼らなければならないなんて」
「二番隊……だっけ。あんたらだけでは手に負えないって、そんなやつが本当にいるのか?」
「ええ。二番隊隊長のサドールは、狡猾で残忍な男です。目的のためなら、どんな手段を使ってでも達成しようとします。どの部隊も、正面から戦えば無事では済まないでしょう」
そんな魔族がいたことを、俺は今回の件で知った。
一度は魔王城に乗り込んだとはいえ、極力魔族を相手取らないようにして姑息に立ち回ったからな。
俺の使命は『魔王を殺す』ことであったため、他の魔族を殺す必要はなかったのである。
「そんなサドールに従う二番隊の連中も、頭のおかしい者ばかりです。ファントム様よりも圧倒的に」
「ファントムのことは頭のおかしいって認識してるんだな……」
隊長のことも平気で貶すとは、イレーラはやっぱり大物なのではないだろうか。
「中でも、二番隊副隊長であるオネットは別格で――――」
「っ……」
そんなとき、俺たちは同時にあることに気づいた。
周りの魔族たちの食事をする手が、止まっている。
全員が全員虚ろな目をしており、意識自体がないような――そんな印象を与えてきた。
「噂をすればなんとやらという言葉がありますよね」
「ああ、あるな」
「――今まさに、その状況です」
次の瞬間、周りの魔族たちが一斉に飛びかかってきた。
動作がぎこちないとこから見るに、何かに操られているように見える。
俺とイレーラは床を転がるようにして離脱し、正面の出入り口から外へ飛び出した。
「っ! あぶね!」
「きゃっ!」
店を出ると同時に、イレーラの肩を抱いて前方へ転がる。
頭上を、熱い何かが掠めていった。
目の前には手を突き出したままの魔族がいる。
どうやらこいつが火の魔術を放ってきたらしい。
「おいおい……どういうことだよ」
店の周りには、虚ろな目をした魔族たちがずらりと並んでいた。
どいつもこいつも、魔力の流れがおかしい。
「人形魔術……先程話した、オネットの魔術です」
「質の悪い魔術を使うな……」
無属性の中で、幻惑魔術と一二を争う凶悪な魔術だ。
自分よりも魔力が圧倒的に少ない者を、人形のように操る。
敵を同士討ちさせたり、人質を手に入れるために使われる、いわば集団戦専用の魔術。
「どうやら、私たちの存在はとっくにバレていたみたいですね」
「だな。何でバレたかは置いておいて――」
「ええ。オネットの魔術は操作性能は高くとも、範囲はそこまで広くありません。この周囲を突破することができれば。逃げ切れるかと」
「なるほど、その情報はありがたい」
俺はエクスダークを抜き放ち、イレーラは借り物の剣を抜いて構える。
こうして、俺とイレーラの脱走劇が始まった。




