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不利な勇者

「はぁ、この辺にはいないようだね」

「……そうみたいだな」

 船の移動に合わせて海面を歩き回っているものの、いまだ巨大な影は発見出来ていない。

 まるで気配がないことから、目撃されたという話自体が間違いだったのではないかと思ってしまう。

「こりゃ途方もない捜索になりそうだね」

「そうだな……また船が動いているし、移動しよう」

「あいよ」

 周りを警戒しつつ、船が進みだしたのに合わせて歩き出す。

 もうすでにグリードタイガーのメンバーは飽きてしまっているようで、時々ため息なども聞こえる始末だった。

 これではちゃんと警戒している人間の方が少ないだろうな。

「おいおい、野郎ども! そんなにだらけてたら戦う時に戦えないよ!」

「でもよぉ、姐さん。ここまで探していないってなると、見間違いだったか、もうどこか行っちまったんじゃねぇの?」

「むぅ……」

 一人がそう言うと、周りの連中も次々に現状への不満を言い始める。

 ただの不満ならともかく、こちらから強く反論出来ないくらいには否定しにくい意見であるためか、レオナ自身も咎めることが出来ずにいるようだ。

「はぁ……でもこれも仕事だからね。見つからなかったら見つからなかったで報告する義務がある。今日一日は気を引き締めて探すよ!」

「「「うーい……」」」

 やはり連中の態度には覇気がない。

 その光景が、俺の頭の中に警鐘を鳴らしだした。

 このままじゃ、何かがまずい気がする。

 勇者時代に培った危機察知能力が、そう言っていた。

「みんな気を引き締めろ! 何か――」

 そこまで俺が口にしたところで、視界の端の海面から何かが飛び出した。

「うおっ!?」

 その何かは、近くにいたグリードタイガーのメンバーにまとわりつく。

 触手――そんな言葉が似合うだろうか。

 体にまとわりついた触手は、彼を海の中へ引きずり込むため海中へと戻ろうとしている。

 まずい、俺たちの体は今水に沈まないようコーティングされている状態だ。

 そこを引きずり込もうとするということは――。

「おっ……が……ち、ちぎれ――」

 海面に体を叩きつけることになった彼に、引きずり込むための触手が食い込んでいく。

 どれだけ引き込んでも海面へと沈まない。

 つまりは、触手と海面で体が潰れるまで攻撃が続くということだ。

「レオナ! あいつの触手を切れ!」

「っ! あいよ!」

 俺が叫びながら指示を出すと同時に、レオナの体がかき消える。

 一刻も早く彼を助け出したければ、やはり瞬発力で優れているレオナが適任だ。

 わずかに海面を揺らし、一呼吸の内に接近した彼女は、鋭く発達させた爪を振りかぶる。

「ちょっと痛いよ! 我慢しな!」

「ひっ」

 レオナが爪を振り下ろすと、触手が嫌な音を立てて切断された。

 あくまで爪なため、綺麗に切れるというよりは抉られた形ではあるが、こうして彼も自由となる。

「た、助かったぜ姐さん!」

「ちょっと腹の肉削いじまったけど、問題ないね!?」

「いてぇけど大丈夫だ!」

「よし、離脱するよ!」

 すぐに追撃の触手が襲いかかってくることを予感したのか、レオナは瞬く間に海面を駆け抜け、船の下まで戻っていた。

 あの様子なら大丈夫だろう。

 問題なのは、海面に残っている俺たちだ。

「っ! 全員船に戻れ!」

 俺が叫ぶと同時に、察しのいい連中はいそいそと船へと駆け出す。

 しかし、俺たちから距離が遠かったり、混乱している連中はすぐに動き出せなかった。

 そして、そんな()を狙って、海中から一斉に先程の物と同じ触手が飛び出してくる。

 本数を数える気もなくすほど、大量の触手が蠢いていた。

「何してんだい! こっちへ逃げるんだよ!」

 レオナの叫びでようやく事態を認識したのか、グリードタイガーの連中が船へと駆け出す。

 それでも初動が遅かったのが原因で、船へと辿り着く前に数人が捕まってしまうだろう。

 やはり、俺は海面に残るしかない。

「エクスダーク!」

『うげぇ! こんな気持ち悪いもの斬りたくないわい!』

「文句言うな!」

 俺はエクスダークを抜くと同時に、飛剣を放つ。

 拡散するように飛んでいく斬撃は、彼らに襲いかかろうとしていた触手を斬り飛ばした。

 これで時間が稼げる。

「アル! 後ろだ!」

「っ!」

 水飛沫が上がると同時に、周りに影が差す。

 俺の後ろにそびえ立っているのは、巨大な塔。

 いや――――巨大な触手(・・)だ。

 それと同時に、同じ大きさのものが計八本。

 八本の触手が、俺を囲うように空へと伸びていた。

「なんだい……あれ」

「……巨大過ぎる」

 レオナとシルバーの声は直接届いていないが、言いたいことは分かる。

 八本の触手とは別に、ゆっくりと触手の本体が姿を現した。

 それは、まるで城かとも思えるほどの、巨大なタコの頭である。

 高波が発生し俺を飲み込むが、魔術のおかげで水が弾け、海に沈むことはなかった。

「クラーケン……いや、それはタコだったっけ……」

『いや、何にしろでかすぎじゃよ……』

「斬れるか?」

『誰にものを言っておる! ……と、言いたい所じゃが、一撃では無理じゃろうな。どんなに刃が鋭くとも、まず間合いが足りぬ。表面に切れ込みを入れるだけじゃな』

「料理の下ごしらえか……?」

 エクスダークですら、斬れるとは言い切らないか。

 しかも間合いの関係ない飛剣では、おそらく切断までは至らないだろう。

 この太い触手ですら怪しいほどだ。

『可能性としてあるとすれば……限界まで魔力を高めた全力の飛剣であれば、本体を直接狙うことで仕留めることが出来るやもしれん』

「それしかないな。でもその前に――」

 視界の端で、触手が動き出す。

 大きさゆえに鈍い攻撃かと思えば、想像以上に動きが速い。

 さらに跳んで避けた先に別の触手が襲ってきて、潰されないようにするだけで精一杯だ。

『この速度でこの大きさ、そしてこの数ともなれば、いくら主でも長くは持たんぞ』

「分かってる――ッ!」

 追撃に備えようと身構えた瞬間、足元がぐらりと揺れる。

 触手が叩きつけられるたびに、波が発生するせいだ。

『主! 上だ!』

「チッ」

 気づけば、すぐそこまで触手が迫っていた。

 この不安定な足場では、とっさに跳ぶことすら叶わない。

 直撃を避けるべく、エクスダークを突き出す。

 これでもダメージは避けられないと思った瞬間――。

 俺の体は誰かに抱えられる形で、触手の下から離脱した。

「危なかったねぇ、珍しく」

「レオナ……っ! あんた降りてきたのか!?」

「ちょいと不利な状況に見えてね。この足場じゃ普段通りの動きは無理だろう?」

「確かにそうだけど……でもレオナだって――」

 そう言ってレオナを見ると、小さな違和感を覚えた。

 レオナは両手両足を海面につけて、体を支えている。

 まるで四足歩行の動物のようであった。

「アタシは獣人だからねぇ。こういう足場じゃ、こっちのほうが速かったりもするんだよ」

「……なるほどな」

 動物の血が入っているからこその歩行方法か、これなら不安定な足場でも比較的体勢を崩しにくいだろう。

「ただ、アタシじゃ火力不足が否めないからね。一つ提案があるんだけど、聞いてくれるかい?」

「ああ、作戦があるなら聞いておきたい」

「あいよ。と言っても、戦い方を少し変えるだけさね」

 そしてレオナの口から紡がれた作戦は、俺が思い至りもしなかった作戦であった。

 


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