同居することになる勇者
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まずい。
ここで戦うことになれば、間違いなく俺は勝てない。
村を庇うことになるのもあるが、そもそも魔を払う聖剣を売り払ってしまった。
あれがなければ魔王に対し有利を取れない。
何という間抜けな話。
しかし、まさかこんなところで魔王と再会するとは思っていなかったのだから、仕方ないことであるはずだ。
せめてここから離れて――。
「おー! 客が来てんじゃねぇか! しっかり対応したか? アデル」
「ディ、ディアン!?」
この状況に一石を投じたのは、背負った籠に大量の薬草を集めて帰ってきたディアンだった。
俺は慌てて構えた剣をしまい、とりあえずこの場を取り繕うことにした。
「あ、ああ。とりあえず話を聞こうとしていたところだ」
「そうかそうか。わりぃけど俺は薬草を家に届けるから、対応任せるぜ」
「……分かった」
ディアンはそのまま村に入り、自分の家へ向かって行ってしまう。
しまった、助けを求めそこねた。
俺はしばし魔王と見つめ合い、ため息をつく。
……まあ、他の人に任せるより、俺が対応する方が被害は少ないか。
「とりあえずついてこい。立ち話もなんだし」
「ああ……」
俺は魔王イスベルを連れ、倉庫へと戻る。
ここは門番の休憩所にもなっており、机や椅子が用意されていた。
二つある椅子の片方に座らせ、俺は対面に腰を下ろす。
「それで、魔王イスベル。お前は何を企んでいる?」
「……企んでなどいない。私はただ、魔王などやめて平凡な生活を送りたいと思っているだけだ」
「平凡な生活……か」
魔王イスベルに詳しく話を聞いてみると、俺と似た待遇に置かれていた事が分かった。
生まれた時から身分を魔王と決められており、人間国と戦わされ続けていたと。
常に縛られている生活の中で、自由な生活を夢見てしまっていたらしい。
そして、偶然耳に入れた話で、隠居希望の人間を迎え入れてくれる村があると聞き、この村へ来たそうだ。
「お前のせいだ」
「は?」
突然何を言い出すのだ、この女は。
「お前が私の目の前で勇者をやめるなどと宣言し、姿を消したせいだ! その自由さがどうしようもなく羨ましくて、我慢出来なくなって……それまで必死に気持ちを抑え込んでいたのに!」
魔王は声を荒らげて言う。
俺は一瞬呆気にとられてしまい、言葉を失った。
「まあ……それも作戦だったのであろう? こうして私が逃げてくる場所を予想し、待ち構えていたのだから」
「……期待させてしまったところ申し訳ないけど、俺がここにいたのはまったくの偶然だ。俺も隠居に適したこの村のことは知ってたからな。逆にお前が追ってきたのかと勘違いしたのが証拠だよ」
「――――え、本当に?」
「本当に」
魔王は眼を丸くして俺を見ている。
「そ、そうか……それなら! もう私を襲わないか!?」
「っ……」
嫌な質問である。
魔王は人間の敵だ。
ここで仕留めれば、長く続いている戦争も落ち着くだろう。
命を張ってでも始末するべきだ。
しかし、それは今までの俺だったらの話。
勇者の身分を責任と共に捨て、人間を見捨てた俺に、魔王と戦わなければならない義務はない。
それに、この村は魔族も亜人も人間も受け入れる。
俺が差別する権利はない。
「――ああ、襲わない。お前が俺や村に危害を加えない限り、な」
「……よかった」
魔王――いや、ただのイスベルは、心底安心した様子で身体の力を抜いた。
相当気を張り詰めていたようだ。
この瞬間から辺りの空気が一段階軽くなる。
俺が言うのも何だが、魔王という立場上常に命を狙われていたんだろう。
今日初めて敵意のない空間を知ったとしたら、この脱力した様子にも納得だ。
「ひとまず、この村では勇者とか魔王とか禁句な。俺も身分は隠してるんだ」
「あ、わ、分かった!」
偉い素直になったな。
いや、本来の彼女はこれが素なのかもしれない。
俺と歳は大して変わらないはずだしな。
「それで、隠居するなら土地代で金貨五百枚。そこに家を建てるなら追加で千枚。合計千五百枚だが、持っているか?」
「へ?」
――嫌な予感がする。
「金貨千五百枚、払えるか?」
「……ない」
「ん?」
「は、払えない……」
俺は椅子からずり落ちそうになった。
まさかとは思ったが、そのまさかとは……。
「お金が必要なのは知ってたの! でもそんなに必要だとは思わなくて――ごほんっ、今はこれしか持っていないのだ」
途中で素が出ていることに気づき、恥ずかしくなって取り繕ったな。
イスベルが机の上に出してきたのは、膨らんだ革袋。
どう見ても金貨五百枚も入っていない。
入っていて、三百枚ほどだろうか。
「用意出来た金貨は三百枚だ……」
「やはりそんなものか。けど魔王ならもっと用意出来たはずじゃないのか?」
「慌てて出てきたというのもあるが、私自身の財産も多くはなかったんだ。仕方なしに、自身の鎧を売り払って金にした」
「それで三百枚か。うーん……どうしたものか」
こういう場合はどうすればいいのか聞いてなかったな。
追い返すっていうのも違う気がするし、そうなると一応村に滞在させればいいのかもしれない。
そうして俺が悩んでいると、何者かが倉庫の戸を叩いてきた。
「おーい、ディアンだが、入っても大丈夫か?」
「ああ、どうぞ」
戸を開けて中に入ってきたのは、先ほど薬草を届けに行ったディアンだった。
ディアンはイスベルの落ち込んだ顔を見て、俺に耳打ちしてくる。
「おい、どうしたんだよこの子」
「金が足りなかったんだ。金貨三百枚しかないから、土地すら買えない」
「なるほどねぇ。それでお前もどうしたらいいか迷ってたわけだ」
「そういうことになる……こういう場合はどう解決するんだ?」
「そうさなぁ」
ディアンは一度離れ、俺とイスベルを見比べる。
そして何かに納得したように頷いた。
「まあ大丈夫だろ。この村に来て金がないやつは、ひとまず新人の家に居候することになっている」
「――は?」
「この場合はアデルの家だな。そんで口止め料兼土地代を払えるようになるまで働いてもらう」
「何てこった……」
そんな制度があったなんて、聞いてないぞ。
しかし、納得が出来てしまう自分もいる。
簡単に追い返していたら、ここの存在は公に出てしまっていただろう。
こうして金を払えなかった人間も村に引き込み、外へ出る人間を少なくしていたのだ。
「か、金を稼ぐ方法はあるのか!?」
「一応な。この村は村長のツテで、周辺って言うにはちょっと遠いが、いくつかの街や村と交流がある。金が必要な連中は、育てた作物を売りに行ったり、腕に自身があるやつは冒険者ギルドで小銭を稼いだりしてるな。ここ数年は金に困る奴がいないから、そういう話は聞いてねぇが」
そんなこともしているのか。
しかし、冒険者ギルドなどに行っても大丈夫なのだろうか?
俺が持っていたギルドカードのように、冒険者ギルドで仕事をするには個人情報を渡さなければならない。
身分等も広まることになり、秘密を厳守するこの果ての村では禁止だと思っていた。
「村長がギルドマスターとも繋がっててな、身分を偽ることが出来るんだよ。当然でかい仕事は回されないけどな。嬢ちゃんは見たところ魔族みたいだし、多少はやれるんだろ? 角さえ隠せるなら、冒険者になるのもありだと思うぜ」
「ぼ、冒険者か……」
こいつの眼……少し冒険者が気になってやがるな。
確かに、冒険者は危険が伴うが楽しみも多い。
迷宮や未開の地に行くときは心が躍るし、金銀財宝を手に入れて、瞬く間に億万長者となることもある。
ましてや魔王城から外に出てことすら少なそうなイスベルからすれば、魅力的な職業に違いない。
まあ、俺とはあまり関係のない話だし、冒険者になるなら勝手にすればいいさ。
「冒険者に興味があるなら、連れてってやれよアデル。お前元冒険者だろ?」
「え」
「同居人の面倒を見るのも、新人の役目だぜ?」
そうディアンが言うと、イスベルは俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「よろしく頼む」
「……」
俺は現実逃避し、魔王が勇者に向かって頭を下げている図が、少々滑稽だな――なんて間抜けなことを考えていた。
仕方がない。
この村で波風立てず暮らしていくためだ。
イスベルに協力はしよう。
ただし、当然俺のわがままだって聞いてもらわなければならない。
「分かった。冒険者のノウハウは教える……が、今すぐじゃない。しばらくは俺の仕事に付き合ってもらうぞ」
「う、うむ……な、何をすればいい?」
俺は倉庫内にあった農具を手に取り、イスベルに差し出した。
「畑仕事だ」
おそらく初めてだろう。
魔王に畑仕事を強要する人間なんて――。