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頼まれる勇者

「うへぇ……アタシちょっと船って苦手かも……」

「中で休むか?」

「中の方が大変だったよ。風に当たって空を眺めてたほうがよっぽどマシさ」

「そうか、なら水でももらってくるよ」

「すまないねぇ」

 船の甲板の上で寝転ぶレオナは、どうやら船酔いをしているらしい。

 あれから準備も終わり、俺たちは大型船に乗り込んでいた。

 そして出発して早々にレオナの体調が悪くなり、今に至る。

「アル」

「あ、シルバー」

 水をもらおうと船内に入ろうとすると、その船内からシルバーが顔を出してきた。

 どうやら何かを探しているようで、甲板を見渡すようにしている。

「グリードタイガーのマスターを知らないか。もうじき会議をしたいのだが」

「あー、もういい時間か」

「うむ。そろそろ到着が近い」

 影が目撃されたのは、港から三時間ほど船を進めた場所にある。

 もうじき出発からその三時間が経過するのだが、このタイミングで影の本格的な捜索の前にミーティングをする予定だった。

「レオナなら、その辺りで伸びてるよ。船酔いだってさ」

「なに? 私と同じランクのクランマスターだと言うのに……情けない」

「まあ、不得意なことくらいあるって。それで水を渡したいんだけど」

「水ならそこの樽から汲んでいけ。近くに器も用意している」

「助かった、ありがとう」

「水を渡したら船内に引きずり戻せ。先に行って待っている」

 そう言い残し、シルバーは船内へと戻っていった。

 確かに、マスターがあれでは部下たちには示しがつかないよな。

 しかしグリードタイガーの連中は、天を仰ぐレオナに近づいて行ってはその姿を笑い飛ばしたり、近くで彼女を巻き込む形で談笑している。

 そこに立場の差はないように見えた。

 対して銀翼の騎士団には、はっきりとした立場の差がある。

 シルバーの周りを囲むクランメンバーたちは一様に従う姿勢を崩さず、余計な会話は挟まない。

 指示待ち人間と言われればそれまでだが、この忠誠心は簡単に真似出来るものじゃないだろう。

 実力で引っ張っていくレオナと、カリスマ性で引っ張っていくシルバー。

 こうして見ると、かなりの違いがある。

 まったく方向性の違う二つのクランが協力か……どういった戦況を生み出すのか、興味が湧いてきた。

「レオナ、水を持ってきたぞ」

「ああ、すまないね。いただくよ」

 汲んできた水を手渡すと、レオナは体を起こしてそれを受け取る。

 レオナが水を飲んでいる間、俺は妙な視線を感じて周りを見渡した。

「「「……」」」

 周りにいたのは、今までレオナと談笑していたグリードタイガーの連中だった。

 彼らはじっと俺を見つめている。

 少しだけ居心地が悪くなり、さっさとレオナに中に戻るよう伝えて立ち去ろうとした瞬間、一斉に連中が動き出した。

「アルさん! 前回の活躍、お見逸れいたしやした!」

「「「お見逸れいたしやしたー!」」」

「……へ?」

 一斉に頭を下げながら叫ぶ彼らの様子に、俺は呆気にとられてしまう。

 これは一体何なんだ。

「あーあー、お前たち、アルが困ってるじゃないかい。もうやめときな」

「でも姐さん! 強いやつには敬意を払うのがグリードタイガーの――」

「掟、その通りだよ。でも敬意の払い方があるってことだ」

 レオナが周りをたしなめるように言うと、連中はようやく頭を上げた。

 いまだに呆気にとられている俺に対し、立ち上がったレオナがバツの悪そうな顔で近づいてくる。

「悪かったね。ウチの連中は一々激しい部分があるから」

「そ、それはいいんだけど……いきなりどういうことだ?」

「この前のクエストでのあんたの戦いを見てた連中が言いふらしてね。ウチは実力主義のクランだからさ、強いやつにはつい群がっちまうんだよ。ま、ただただ尊敬しているだけだから、極力気にしないでおくれよ」

「ああ……」

 こうしてレオナと会話している途中でも、好意的な視線を向けてくるグリードタイガーの連中。

 決して不快というわけではないが、少々居心地が悪い。

 勇者としてではなく、俺自身に向けられているというのがなおさら居心地の悪さを醸し出していた。

 これは、照れているというやつだろうか。

「き、気にはしていないから、先に要件を伝えるよ。シルバーが船内で待ってる。会議の時間だってさ」

「もうそんな時間かい? 休んでる場合じゃなかったね。野郎ども! 周囲の見張りは任せたよ!」

「「「あいガッテン!」」」

 クランメンバーに指示を出しておき、レオナは船内へと入っていく。

 俺も続こうと歩き出そうとしたのだが、そこに先程俺に頭を下げてきた連中が声をかけてきた。

「アルさん、頼みがあります」

「……頼み?」

「姐さんのことです」

 真剣な顔のクランメンバーに、俺は体の向きを変えて聞く姿勢を取った。

「レオナのことで?」

「ええ、かなり深刻な話です」

「……」

「実は――姐さん、獣人としてはもういい歳なんです」

「――は?」

 この連中は、真顔で何を言っているのだろうか。

「もうそろそろ、俺たちなんかとつるんでないで身を固める時期だと思うんですよ。でも悲しきかな……姐さんが旦那として認めるのは、自分より強い男だけでして……」

「いやいやいや、本当に何の話をしているんだ?」

「姐さんの幸せについてですよ!」

 確かにそれは重要なことだ。

 疑問なのは、なぜ今、そしてなぜ俺に、ということなのだが――。

「あんた、姐さんを一度負かしたんだろ!? アルさんなら姐さんの旦那に相応しいと思うんだよ!」

「……」

「頼むよ! 姐さんと結婚を――」

 そこまで口にしたところで、目の前の男の体が大きく吹き飛んだ。

 どうやら、豪快に顔面を殴り飛ばされたようである。

 殴り飛ばした張本人であるレオナは、なぜか怖く見える笑顔を浮かべて口を開いた。

「アタシが頼んだ見張りの仕事はどうした?」

「「「はい! 今すぐ配置につきます!」」」

 それまで群がっていた連中が、一斉に散り散りになっていく。

 なるほど、これは逆らえない。

「はぁ、まったく。余計な気を回すんじゃないよ」

「し、慕われてるな」

「……まあね、可愛い弟分たちだよ。」

 そう言って笑むレオナは、確かに姐……もとい姉のようであった。

「さて、改めて行くとしようかい! あ、そうだ。旦那だったら本当に募集してるから。あんただったら歓迎するからね!」

「……友達からで頼む」

 好感を抱いたと思ったら、もうこれである。

 決して嫌悪するものではないが、少しだけ精神的に疲れた。

 俺は若干気だるい体を引きずるようにして、船内へ戻ることになる

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