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こき使う勇者

「……あの話から、なぜ我々が畑に作物を植えているんですかねぇ」

「キビキビ働け。こいつは今のうちに植えとかないと収穫が遅れるんだ」

 ファントムは文句をいいながら、畑に作物の種を落としていく。

 その横ではイレーラが黙々と作物を植えており、さらに奥でイスベルも畑作業を行っていた。

「これから魔王城へ向かうなら、かなり期間が出来るだろ? その間でも育つように、こうして急いで準備してるわけだ」

「それをなぜ我々が手伝ってるのか聞きたいんですけどもねぇ!」

「協力してほしければ、これが絶対条件だ!」

 俺は動物用の柵を周りに作りながら、高々に叫ぶ。

 

 結局、俺たちは魔王城へ行くことを了承した。

 あの後、ファントムの手によって集められていた子供たちは無事に村に戻り、趣味嗜好で奪われていた記憶もすっかり戻っている。

 記憶を抜かれた子供たちを元に戻すには、ファントム自身に記憶を解き放たせる必要があるため、すぐに了承したのもその交渉を上手く進めるためのものであった。

 俺は戦闘員として、魔王の護衛的な形を取るらしい。

 しかし、ここから魔王城ではかなりの距離がある。

 行って帰ってくれば二週間以上は家を空けることになるだろう。

 現在は季節の変わり目であり、ここで植えるのを逃すと満足に育たない作物が手元にあったせいで、帰ってきたときに植えたのでは遅いと判断。

 出発を明後日と考え、それまでにすべての畑作業を終わらせる予定なのだ。

「しかし……あの魔王と勇者が畑仕事とは……」

「文句あるか?」

「いえ、何もありませんよ、イスベル様。ただ、世も末だなぁと」

「末などではない! これから始まるのだ!」

 そういって腰をかがめ、ひたすら種を植えていくイスベル。

 ――確かに、はたから見れば世も末だな。

「中々にこの作業は精神集中の訓練にもなりますね。こうして勇者殿は強くなっていったのですか?」

「いや、それはない。絶対にない。俺は普通に戦って実力をつけたよ」

「そうですか……あなたの強さの秘密が分かったと思ったのですが……」

 イレーラは何故か落ち込みながらも、イスベルと並んで種を植えている。

 彼女自身も事情は把握していたようで、すぐさまこちらの要求を飲んでくれた。

 四人で作業を進めていけば、おそらく明日中にはすべてが完了するだろう。

 それにしても、この畑は勇者と魔王とその最高幹部たちの手で出来てるのか。

 どの国が聞いてもたまげるだろうな。

「ん、ファントム。そこ少し感覚が近い。これじゃ育つ過程で葉が当たるから、少し離してくれ」

「……勇者、これ下手すれば戦うより大変じゃないかい?」

「分かってくれたか。俺も始めてみて分かったよ」

 この会話の後、ファントムは終始無言であった。

 

「というわけで、シルバー。船を貸してくれ」

「何がというわけだ、馬鹿者」

 出発当日、俺は街へと行き、シルバー宅を訪れていた。

 魔王城へ行くには、船が必要である。

 しかし、今現在人と魔族は戦いの真っ只中なため、魔族のいる大陸へ行くための船がないのだ。

 そこで、船くらい持ってそうなシルバーを訪ねたわけである。

「何の事情があって魔族大陸へ行くかは分からんが、どうしても行きたければ転移の魔石を使えばよかろう。この前のクエスト報酬で、購入出来るだけの資金はあるはずだが?」

「もう店には回ったよ。でも売り切れだったんだ」

「……なに?」

「どこもここ数日以内に買い占めがあったみたいで、一つたりとも残ってなかった」

「ふむ……妙だな」

 そう、魔王城へ行くための最短の手段として、転移の魔石を用いることは真っ先に考えた。

 遠い距離を移動するならば、もっとも早く移動出来る手段であるし使わない手はない。

「転移の魔石は下手すれば金貨数十枚で取引される……それを買い占めだと?」

「気になって調べてたけど、同一人物が買ってったみたいだ。それ以上の情報は流石に店として教えてもらえなかったけど」

「そうか……少し調べてみる必要があるみたいだな――む?」

 そんな会話をしていると、部屋の扉がノックされる。

 シルバーが入室の許可を出すと、扉が豪快に開かれ一人の女性が入ってきた。

「よお、銀色の! クエストの準備が整った――って、アルじゃないかい! いつ来てたんだい?」

「レオナ! 数週間ぶりか? 今日来たとこだよ」

 入ってきたのは、Aランククランのクランマスター、レオナだった。

「静かに入ってこれないのか……王の部屋だというのに」

「まあいいじゃないかい! そういえばアル、あの子はどうしたの?」

 レオナは周囲を見渡しながら言う。

 そうするとシルバーも途端に辺りを気にし始め、視線を動かす。

 すでにイスベルは、ファントムとイレーラとともに魔族大陸へと渡っているところだ。

 二人が乗ってきた船があるらしく、それで向かっている。

 ただ乗船しているのは三人だけということはなく、この大陸でイスベルを探していた他の一番隊隊員たちもいるということで、人間である俺が乗るわけにはいかなかった。

 そこで、別口の船を探しているわけだ。

「ベルなら今日はいない。ちょっと別件で」

「そうだったか! 何よりだ!」

「途端に機嫌を良くするなよ」

 シルバーはあまりにもイスベルが苦手すぎないだろうか。

 露骨にほっとしているところを見るに、よほどわだかまりがあるのだろう。

「ならばちょうどいい。私たちの船がもうじき出る頃だから、共に乗ればよかろう」

「え、いいのか?」

「うむ。ただし、貴様にもクエストを手伝ってもらうぞ」

 そう言いながら、シルバーはクエスト概要と書かれた羊皮紙を一枚取り出す。

「今回、我々銀翼の騎士団とグリードタイガーは、共同で一つのクエストに臨むことになった。依頼内容は、海で目撃された巨大な影の調査だ」

「巨大な影……危険なのか? Aランクのクランが協力し合うなんて」

「港の魔術師たちが、桁外れの魔力を確認したらしい。おそらくは広範囲の海を縄張りとしている魔物だろう」 

 海の魔物か。

 戦闘経験がないわけではないが、基本的に海上ではやり過ごすのが定石。

 敵は海全域を行動範囲としているのに対し、船の上でしか動けない俺たちは圧倒的に不利だからだ。

 水魔法を工夫すれば水の中での戦闘も可能にはなるが、魔術を併用し続けなければならないために効率が悪い。

「そうか、戦闘になったら攻撃役と、船を守る防御役が必要になるんだな」

「うむ。我々は騎士として盾で船を守り、グリードタイガーが攻撃を仕掛ける。そうして組まれた共同クエストだ」

「なるほどな……それで、俺もこのクエストを手伝えばいいんだな?」

「そういうことだ。クエスト完了後、貴様を魔族大陸の近くまでは送り届けよう。さすがに上陸は不可能だからな」

 これは嬉しい話だ。

 船に乗るにも金がかかるし、クエストに協力するだけで送り届けてもらえるならばとてもありがたい。

「助かる。そういうことなら協力するよ」

「へぇ! アルも参加してくれるのかい! これは楽勝の気配がするね」

「それは行ってみなきゃ分からないぞ、レオナ……」

 そうして会話していると、咳払いとともにシルバーが立ち上がる。

 側に控えてあった剣を腰につけ、どうやら出発の準備を整え始めるようだ。

「無駄話はこれくらいだ。出発は一時間後。遅刻すれば容赦なく置いていくぞ」

「分かった。気をつける」

 何がともあれ、これで足が確保出来た。

 あとはクエストを達成し、上陸するだけである。

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