期待に応える勇者
「アデル、こっちは任せたぞ」
「……大丈夫か?」
「部下に負けるようでは魔王など任されてないわ」
「――分かった」
イスベルは少しずつ俺から離れ、ファントムと睨み合う形になる。
「場所を変えるぞ」
「おやおや、大丈夫ですか? お仲間と離れて」
「貴様ごとき、今の私でも十分だ」
「言ってくれますねぇ! 分かりました。あなたの甘さを思い知らせてあげましょう」
二人は息を吐くと同時に森の中へと駆けていく。
イスベルなら大丈夫だろう。
あれでも部下の存在を軽く見ていないし、どういった人柄かも理解しているはずだ。
「心配そうな顔をしてますが、あなたも他人の心配をしている場合ですか?」
「――ッ」
突如として真っ直ぐ振り下ろされた剣を、俺はエクスダークで受け流す。
イレーラは瞬時に剣を戻して、突きからなぎ払い、切り上げと連続で攻撃を繰り出してきた。
どれも反応することは出来る。
しかし、剣術という分野において、彼女は俺よりも優れていた。
今の俺は、エクスダークの性能に助けられているだけである。
これが通常の剣であれば、とっくの昔に折られてしまっていることだろう。
「その剣、とても業物のようですね」
「一応な……ッ!」
つばぜり合いから、お互い体を押しあって離れる。
剣術において、怪力や身のこなしは、あれば有利という程度のものでしかない。
もっとも重要なのは技術。
元々、この世界の剣術は、人間が魔族などの上位種に立ち向かうために生み出されたものだ。
優れた剣士は相手を間合いに入れてしまいさえすれば、負け知らずといっていいほどの性能を発揮する。
「至近距離で私と戦い、ここまで生きていた者にはほとんど出会ったことがありませんでしたが……こうして出会ってみると少々気落ちしてしまいますね」
「……気落ちすることはないだろう。この剣じゃなければとっくにやられていたし」
「剣士がより優れた剣を扱うのは当然です。私はその剣も含め、あなたの実力と考えますので」
ファントムの部下とは思えないほどに真面目な女だ。
真っ直ぐ、己の技を鍛え続けてきたのだろう。
正面からの戦闘に関して、これほどまでに厄介な敵はそういない。
『主、我は久しく昂ぶっておるぞ』
「割といつも興奮してる気がするけどな」
『それとはまた別の昂ぶりじゃ! 強い剣士と戦えるのは、剣としても冥利に尽きるというものなんじゃよ?』
「そういうもんか……」
剣としての価値観はよく分からないが、エクスダーク自身のテンションが上がっているなら何よりだ。
やる気でいてくれるのは、俺としてもありがたい。
「なら、サポート頼むぞ」
『任せておけ!』
俺はエクスダークを構え、地を蹴る。
肉薄すると同時に、真っ直ぐ振り上げた剣をイレーラに叩きつけた。
「甘い!」
剣ごと粉砕するつもりで叩きつけたエクスダークだったが、イレーラにあっさり受け流される。
こうも鮮やかに受け流されてしまうと、粉砕どころか刃こぼれさえ起こさせることが出来なかった。
しかし、これでいい。
受け流されたまま力を込め直し、イレーラが反撃に転じる前に地面に叩きつける。
轟音とともに地面が吹き飛び、砂埃が宙を舞った。
「なっ!」
正面からでは手強いのであれば、小細工をするまでだ。
何年も勇者として戦ってきて、俺が身につけた勝つ術である。
「エクスダーク!」
『分かっとる!』
エクスダークの刃が、少し潰れる。
この状態では物を切れなくなる代わりに、対象を殺さずに済む。
あとは砂埃に紛れ、イレーラに叩きつければ――。
「――残念です」
「ッ!?」
甲高い金属音とともに、エクスダークが宙を舞っていた。
持っていた手が少し痺れており、剣を弾かれたことを自覚する。
「期待はずれもいいところですね」
砂埃から突き出ていたイレーラの剣がゆらめき、俺の頭が警鐘を鳴らす。
とっさに地面を蹴って後ろへ跳ぶが、次の瞬間、胸元に燃えるような熱さを感じた。
「……驚いた」
体制を立て直した俺は、胸元からこぼれ落ちる血を眺めた。
決して深くはないが、痛みとしてしっかりと認識出来るくらいには浅くもない。
魔王との戦い以外ではめったに傷を負わなかった俺の体に、こうも簡単に傷をつけるとはな。
俺自身が相当なまっているという部分もあるだろうけど……。
「人の身でありながら、久しく感じていない戦いの熱を覚えられると思ったのですが……これでは時間の無駄だったようです」
「言ってれるな……まだ終わってないと思うんだが」
「いえ、あなたの実力は図り知れました。これ以上やっても時間の無駄です」
イレーラの集中力、そして魔力が今までの比じゃないほどに高まっていく。
これほどの実力をまだ隠していたとは――勇者として少しショックだ。
というか、魔王城に攻め込んだ時はなぜ合わなかったのだろうか。
「……エクスダーク」
俺は宙に手をかざす。
すると、吹き飛んでいたエクスダークが弧を描いて俺の手に納まった。
『次は離してくれるなよ、主』
「ああ、もう二度と離さない」
『おほー! それはそれでろまんちっくな台詞じゃのう!』
今はエクスダークにツッコミを入れる余裕すらない。
この洗練された気配、下手すれば喉を掻っ切られるだろう。
死にはしないとは言え、当分は動けないことが確定する。
すると言わずもがな、イスベルを守ることなど出来やしない。
「悪かった、あんたを見くびってたよ。俺も少し、本気を出す」
俺はエクスダークを、体で隠すように脇に構える。
殺す気でやらなければ、勝てる相手じゃない。
そんなの分かっていたはずなのに、俺は愚か者だ。
「……少しは楽しめそうですね」
イレーラは腰を落とし、剣先を俺に向ける。
おそらくは突きの構え。
頑丈な俺の体でも貫かれてしまうことが、容易に想像出来る。
「魔流剣術・突きの段――」
「飛剣――」
地を蹴り、イレーラが真っ直ぐ突進してくる。
それに対し、俺は踏み込みと同時にエクスダークを振った。
「――牙竜!」
「――居合!」
力と力がぶつかり合い、辺りに衝撃波が走る。
周囲の木々が揺れ、葉が宙を舞った。
そして、刃の砕ける音がする。
「……なるほど。期待はずれだったのは、私の方だったか」
俺へと剣先が届く前に剣を砕かれたイレーラは、その場に膝から崩れ落ちる。
刃こぼれ一つしていないエクスダークを鞘に納めた俺は、彼女に背を向けた。
「行かせてもらうぞ」
「一つ、聞かせていただけないでしょうか」
その言葉に、俺は振り返った。
イレーラは真っ直ぐ俺の目を見つめ、問いてくる。
「あなたの……名は?」
「――アデルだ」
「アデル……ふっ、なるほど……通りで勝てないわけです」
そう言い残し、イレーラは糸が切れたように倒れ込んだ。
どうやら気絶してしまったらしい。
「……イスベルのところへ行くか」
俺はそっと彼女を木に寄りかからせるようにしてから、イスベルたちの方へと走り出した。