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認められる勇者

 俺の胸を、鋭利なナイフが貫いた。

 自分の肉体に異物が入り込んでいる感覚が、どうにも吐き気を誘う。

 しかし、こんなものすべて気のせいだ(・・・・・)

 俺は吐き気を押し殺し、そのまま立ち上がる。

「よく出来た魔術だな」

「ほう、初見で幻術だと見抜きましたか」

 次の瞬間、胸に刺さっていたナイフが跡形もなく消える。

 やはり、質感まで再現するファントムの幻覚魔術は驚異的だ。

 どういった魔術か理解がなければ、このナイフの幻術だけで戦闘不能にされていただろう。

「面白い! ではこれはどうです?」

 ファントムの周りに、無数のナイフたちが現れた。

 それらはすべて俺に向けられており、今にも飛び出さんとしている。

「どこまであなたが動じずにいられるか、楽しみですねぇ」

 ナイフたちが一斉に向かってくる。

 これだけの量があっても、所詮は幻。

 俺は当たることも気にせず、前進した。

 しかし、妙な違和感を感じ取り、反射的にエクスダークを振る。

 すると一度だけ、鳴るはずのない金属音が辺りに響いた。

「……一つだけ本物を混ぜていたのか」

「これすらも見破られましたか! 本当にあなた何者です?」

「だから、ただの村人だって」

 俺はエクスダークを構え、真っ直ぐファントムを見据える。

 ずいぶんと器用なことを覚えたものだ。

 幻覚の中に本物を混ぜ込み、高をくくって近づいてくる相手を串刺しにするつもりだったのだろう。

 するはずのない風を切る音が聞こえたため、なんとか気づくことが出来た。

「イスベル、悪いけど下がってろ。同士討ちさせられる方が状況を悪くする」

「分かってる……すまんが、しばらく頼むぞ」

「ああ」

 ファントムであれば、仲間の姿を自分自身の姿に誤認させることなど容易だ。

 幻術使い相手には多対一よりも、一対一の方が無難である。

「実に厄介そうな人間ですねぇ、あなた。仕方ありません……戦闘不能程度で済ませようかとも思いましたが、やめです」

 目つきが変わった。

 ファントムの全身を濃度の高い魔力が循環していき、その肉体を、反応速度を引き上げていく。

 完全に戦闘態勢に入ったようだ。

「確実に殺してしまいましょう。あなたを生かしておくと面倒くさいことになりそうですからねぇ」

「……お手柔らかに」

「出来たらの話ですね!」

 手を広げたファントムの魔力が、広範囲へ伝わっていく。

 彼の支配下に置かれた木々がざわめきだし、木の枝を蔦のように伸ばし始めた。

 葉はまるで刃のように、鋭く殺傷能力を持ち始める。

 幻術の中でも極めて習得が難しいとされる、無機物に自分がどういった存在であったかを誤認させる魔術だ。

 木の枝は自分が何者かを捕縛するための触手だと思い込み、葉は自分が何者かを傷つけるための刃だと思いこむ。

 これの質が悪いところは、本当にそのままの効果を持っていることだ。

「樹木は素直だから愛らしい。自然の一部として景色に溶け込んでいたのに、命令一つで人を殺傷する悪い子になるのですから」

 ファントムの周りで葉が舞い、木々が踊る。

 幻影の奏者、それがやつの二つ名だったことを思い出した。

 確かに目の前の光景を見る限り、その名はふさわしい。

「さあ、悪夢の幕開けです」

 風の刃たちが四方八方から襲い来る。

 一方向の対処では間に合わないと判断した俺は、エクスダークに魔力を巡らせ、切り上げるように振った。

「飛剣・嵐!」

 魔力の斬撃を、嵐の暴風のように辺りに撒き散らす。

 斬撃の嵐に巻き込まれた葉はそのまま吹き飛び、地面に落ちた。

 落ちた葉たちは効力を失ったのか、普通の葉に戻っている。

 どうやら外部からの刺激を受ければ、効果が切れるようだ。

「葉を退けたところで、お次が迫っていますよ」

 再び剣を構え直す前に、木の枝たちがすぐ側に迫っていた。

 俺は一番近い枝たちを転がって避け、追撃に来た後続の枝をエクスダークで切り払う。

 同時に体を反転させ、残った枝たちも切り捨てた。

「……これで終わりか?」

「ふふっ」

 ファントムが不敵な笑みを浮かべる。

 次の瞬間、地面が割れ、真下から先の尖った無数の枝が飛び出して来た。

「いくつか地面の下を走らせていたのですよ! 串刺しになりなさい!」

「……」

 完全に裏をかいた――と、ファントムは考えていることだろう。

 しかし、俺にとっては予想通りであった。

 予想通り飛び出してきた攻撃に対し、俺は軽くエクスダークを振るだけで対応する。

「……完全に不意打ちだと思ったんですがねぇ」

「足元から意識をそらすための前半の攻撃の殺意が薄かった。あと、地面を掘り進む時の振動が伝わってきたよ」

「どれだけ微弱だと思っているんですかねぇ……化物ですかぁ? あなた」

 勇者時代に洗練した感覚というのは、中々鈍らないものだ。

 空気を切る葉の刃の音、風の流れを阻害する木の枝、地面を掘り進む微弱な揺れ。

 集中すれば、どれも感じ取るのは簡単だ。

「ふぅ……ならば、もう少し範囲を広げて――」

「――悪いけど」

 俺は地面を蹴り、瞬きほどの一瞬の内にファントムへと肉薄した。

「帰ってもらおうか」

 ファントムが反応する前に、俺のエクスダークは彼の首元に添えられていた。

 言い方は悪いが、幻術使いは身体強化が得意ではない。

 肉弾戦をするまでもなく、幻覚で相手を倒すことが出来るのだからと鍛えない者が多いせいである。

 元勇者である俺の身体能力であれば、こうなることは分かりきっていた。

「これ以上やっても変わらないと思うけど――」

「――それはどうでしょうか?」

 いつの間にか側にいたイレーラが、真っ直ぐ俺に向け剣を振り下ろしてきた。

 とっさに後ろへ飛ぶことでかわすことに成功したが、ファントムとの距離を稼がれてしまう。

「お許しください、ファントム様。ただ……」

「いえ、今回ばかりは助かりました。彼を甘く見ていた私のミスですねぇ……そして、あなたは彼と戦いたいのでしょう?」

「……はい。彼は達人です。ぜひ手合わせがしたく思います」

「ふぅ。まあ、あなたの方が相性は良さそうだ」

「ありがとうございます」

 イレーラという女、動きがあまりに綺麗すぎる。

 風や地面、空気と同化しているような――それほどまで洗練された動き。

 まさしく達人というやつだろう。

 俺が殺意を向けられるまで気づけなかったのだ。

「ならば、せっかくなので私はイスベル様にお相手していただきましょうか。イスベル様も暇を持て余しているでしょうしね」

「……ッ! 上等だ!」

 だめだ。

 イスベルは魔力の扱いに長けているものの、感覚的な部分では俺に劣る。

 つまり、幻術への耐性は薄いということ。

 相性を考えるのであれば、俺がファントムの相手をすべきなのだが――。

「改めまして……魔王親衛隊一番隊副隊長、イレーラ・フルート。ぜひともあなたにお相手していただきたく思います」

 どうやら、この女が逃してはくれなさそうだ。

 

 

  

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