引っ越す魔王
リアルの都合が重なり、長らく更新を止めてしまい申し訳ありませんでした。
本日より更新を再開します。
※あとがきにてお知らせがあります。
イスベルの家は、俺の家からそう遠くない場所に建っていた。
周りに家が多くないため、お隣さんと言っても過言ではない。
「おー!」
目を輝かせ家の中へと飛び込んでいくイスベルを見送り、俺は改めて家の全体像を見る。
一人暮らしには十分な平屋で、作りも頑丈だ。
俺やイスベルが剣を一振りしても、壊れないかもしれない。
これをアドラーは一瞬にして作り上げてしまう。
常々何者なのか気になる老人だ。
「アデル! すごいぞ! 新築だ!」
だろうな。
「お前も来い! 一緒に見るぞ!」
「俺も見てどうするんだよ……まあいいか」
楽しげなイスベルの表情に水を差す意味もない。
俺は身体や靴裏についた土埃を出来るだけ払い、中へと足を踏み入れた。
中の構造も、基本的には俺の家と変わらないようだ。
リビング、寝室、台所、トイレ、外に備え付けられた風呂。
これだけあれば生活には困らないといった具合である。
あえて自分の家と違うものをあげるとすれば、新築の匂いが強いところか。
なんだかんだ言って、俺もこの村に住み始めてそれなりの時間が経過しているため、そういう匂いは薄れてきてしまっている。
「ベッドだ! ベッドがあるぞ!」
「俺の家にもあっただろうに……」
ベッドの上で飛び跳ねるイスベルを見て、苦笑いが溢れる。
イスベルが俺の家に住むにあたって、アドラーにはもう一つベッドをこしらえてもらった。
だから、同じベッドで寝るという事態は避けられていたのである。
とはいえ、イスベルはすこぶる寝相が悪く、床に落ちていたり俺のベッドに潜り込んでいたりして意味がなかったりもしたのだが……。
まあ、何が言いたいかというと、俺の家にあるもう一つのベッドをどうするかという話なのだが――。
これも今するべき話ではないか。
「でもそうか……これでアデルとは別の家に住むことになるのだな」
「そうだな。本来自分の家が持てるまでの約束だし」
「す、少しは寂しいとか……思うか?」
いや、そこまでは思わないけど――。
そう口に出しそうになり、止める。
別に遠く離れてしまうわけでもないし、用があれば一分とかからず会えるのだから、特に支障はない。
しかし、こういうものは気持ちの問題だ。
自分は特に何も感じなくとも、イスベルは少なからず思うところがあるんだろう。
こうして勇者と魔王としてではなく、アデルとイスベルとして会話するようになって日は浅いけれど、それくらいのことは分かるようになったつもりだ。
「まあ、多少は……思ってるのかもしれない。けどこの距離だからな。何かあったらすぐに俺の家にくればいいさ」
「う、うむ……いいのか?」
「当たり前だ。 飯も、お前の分くらいは作るから、食べにくればいいから」
そう口にすると、イスベルは途端に顔を明るくさせ、嬉しそうに何度もうなずく。
「うん……! うんっ! 行かせてもらおう! 貴様の飯は美味いからな!」
「そりゃどうも」
俺は頬をかき、少し視線を逸らす。
面と向かって褒められるというのは、どうも照れのだ。
そしてイスベルの場合、お世辞って言葉が一切含まれていないことが明らかなせいで、なおさら真っ直ぐ心に響く。
そんな時だ、ドアが開け放たれた音で、俺たちの声は遮られた。
「アデル!」
「うおっ、ディアンじゃないか……どうした?」
入ってきたのはいつも村の入り口を守っている男、ディアンであった。
かなり慌てた様子のディアンは、家の中に入ってきた途端辺りを見渡し、眉を寄せる。
「ここにもいないか……そりゃそうだよな」
「ど、どうしたんだよ」
「それが――」
♦
「娘がいなくなった?」
「ああ……さっき妻から聞いてな、家にいたはずなのに姿が見えなくなったらしい。黙っていなくなるような子じゃねぇから、もしかして攫われたんじゃないかって」
「攫われたって……この村にそんなことするやるいるか?」
「んなわけあるかよ! 外部のやつだよ……村の存在に気づいて悪さをしてやがるやつがいるはずだ。現に別の家の子供たちも、姿が見えないらしい」
「それを早く言えって!」
問題発生どころではない。大問題発生だ。
俺は座っていた椅子から立ち上がり、念の為エクスダークを鷲掴む。
「イスベル、行くぞ」
「うむ!」
イスベルもうなずき、席を立つ。
「お、おい……」
「何してるんだ? 行くぞ」
「手伝ってくれんのか……? 村の問題だぜ?」
「村とは少し離れている場所に住んでるとは言え、敷地内に住まわせてもらってることには変わらないんだ。世話になってる以上、手伝うのは当然だよ」
人を探すなら人手は多い方がいいに決まっているし、外部の何者かの仕業であれば戦力だって必要になるだろう。
この村で長く暮らしていくつもりなのだから、手を貸さない理由がない。
「私はアデルが手を貸すことに手を貸すのだがな!」
余計なこと言わんでいいのに。
「――――十分だ。恩に着る!」
ディアンが俺たちに向けて深く頭を下げる。
さっさと解決して、村の連中を安心させてやらないとな。
俺たちは三人で、まず村の方へと駆け出した。
◆
「ほーら、良い子たち。一列に並んでねー、そうそう! 偉いねー」
アデルたちが隠居している村から少し離れた森の中に、十名ほどの子どもたちが並んでいた。
どれも村の子であるのだが、どことなく目の焦点が合っておらず、まるで意識のみを失っているようである。
「魔王親衛隊の隊長であるファントム様ともあろうお方が、何をなさっているのですか?」
「んー? 見て分からないかな、イレーラくん。愛でているのだよ、可愛い子供たちを!」
ファントムと呼ばれた男は、子供の頭を撫でながら声高々に叫ぶ。
それに対し、イレーラと呼ばれた女は大きなため息をついた。
「はぁ……私たちは魔王様を探しに来たのですよ。子供たちと戯れている場合ですか?」
「いやぁ、ついね。だって、村も何もないと思ってたところで魔術を使ってみたら、これだけの子供が集まったんだよ? 上機嫌にもなるさ!」
「……そうですね。確かにこの者たちはどこから来たのでしょうか」
「十中八九、辺りに村でも隠されてるんだろうねぇ。地図にも乗らないほど小さくて、誰にも伝えられてない場所がね」
薄く笑みを浮かべたファントムの手が、怪しく光りだす。
その手をゆっくりと子供の頭へと伸ばし、添えた。
「子どもたちは純粋だ。幻惑に飲み込まれやすく、誘うのだって簡単。さあ、見せてごらん? 君たちのすべてを」
子供の頭から、白く輝く何かがファントムの手を伝っていく。
その光がファントムの頭に届くたびに、彼は数度頷いた。
「なるほどなるほど……君はアリスって言うのか。お父さんはディアン、お母さんは……ふむふむ、美人さんだねぇ。この静かな村が君の住んでいるところかい? なるほどぉ、巧妙に隠れているねぇ」
「何か分かりましたか?」
「うん! 村の場所が分かったよ。一人目で当たりだね」
「そうですか。では、向かいましょう」
「まあまあ、そう焦らないで」
ファントムはイレーラを連れ、村の方へと歩き出す。
直立不動で動かない、十人の子供を残して。
この度、『社畜勇者、仕事辞めるってよ』が、双葉社様のモンスター文庫より書籍化することになりました。
発売日は9月30日です。
こうして書籍化することが出来たのも、読んでくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
そして書店で見かけた際は、ぜひとも一度お手にとっていただけると嬉しく思います。
それでは、今後も社畜勇者をよろしくお願いいたします。