生還する勇者と魔王と冒険者
一章終了となります。
「イスベル、お前はレオナを連れてここから離れろ」
「サポートはいらないか?」
「ああ、大丈夫だ」
頷いたイスベルは、レオナの元へ駆け寄って行く。
これで思う存分戦えそうだ。
俺はエクスダークを構え、まずは冷静に怪鳥を観察する。
『ずいぶんと風の膜が厚そうじゃのう。これでは我を当てても、風に威力を流されてしまいそうじゃ』
「そうだな。お前に魔術を無効化する能力とかないか?」
『ふっ、誰に物を言っておる! 我にそんな能力はない!』
「なっ……いのか」
少しでも期待して損した。
霊獣は翼をはためかせ、口の中に魔力を貯め始める。
あれはまずいな。
「イィィィィィィ!」
『来るぞ!』
口元から放たれたのは、風属性の魔力が固められた砲弾だった。
俺は横に跳び、直撃を免れる。
しかし着弾した部分が大きく削れ、さらに内包されている魔力がはじけ飛ぶかのように、風の刃が周囲に放たれた。
「くそっ」
こんな副産物があるとはな。
俺は転がるようにして木の影に隠れた。
辺りの木々や枝が簡単に切断され、散らばっていく。
『ひゃー! 派手じゃのう!』
「あいつ、霊獣とか言ってたな……」
『むかーしに聞いたことがあるのう。確か、それぞれの五大属性神の使いじゃったな。どこかの祠に閉じ込められていると聞いていたが……』
「虹の協会の連中が引っ張り出してきた可能性があるな」
『いや、霊獣は実体を持たぬし、魂はすべて神の袂にある――と聞いた。やつを殺したとことで、この世界とのつながりが切れるだけじゃろう』
「だったら思いっきりやっても咎められることはないな」
『そういうことじゃ!』
俺は木の影から飛び出して、霊獣に向かって駆け出す。
霊獣は先程と同じ攻撃を二度、三度と繰り出してきた。
連続で撃てるとは聞いてなかったが、一度見た攻撃であれば――。
「避けられる!」
風弾をかわし、追加効果である風の刃もくぐるようにしてかわす。
すぐさま距離を詰め、俺は霊獣に向かって跳びかかった。
剣の間合いに入った瞬間、俺はエクスダークを叩きつけるように振る。
エクスダークは確かに霊獣の翼を切り飛ばす軌道を描いていたのだが、霊獣を守っている風の鎧がそれを阻んだ。
剣の腹が風に押し出され、軌道を逸らされる。
真っ直ぐ攻撃しても、この風の鎧がある限りはまともに当てることすら難しい。
『羽ばたきがくるぞ!』
「ああ!」
俺はエクスダークに魔力を流しこんだ。
黒いオーラを吐き出し始めたことを確認し、霊獣の羽ばたきに合わせて振る。
暴風と黒い斬撃がぶつかり合い、激しい衝撃を発生させた。
地面に叩きつけられる寸前に受け身を取り、俺はすぐに体勢を立て直す。
霊獣もただでは済まなかったのか、空中で身体を揺らしていた。
『やるなら今じゃな』
「分かってる」
俺は今までで一番の量の魔力を、エクスダークに注ぎこんだ。
闇のオーラも一段と多く吹き出し、俺の周囲が黒く染まる。
『ぬおぉぉぉぉぉ! 我壊れちゃうウゥゥゥゥ!」
「耐えろ!」
『頑張るぅゥゥゥ!』
甘美な声をあげるエクスダークだが、どことなく苦しげだ。
正直にいうと、俺も少し身体が軋んでいるのを感じている。
エクスダークが重く感じ、まるで重力が数倍になったかのようだ。
「けどこれなら……!」
「キィィィィ!」
霊獣はようやく体勢を立て直したようだ。
しかし、もう遅い。
「うおぉぉぉぉ!」
エクスダークを振り下ろす。
何度か使って分かったことだが、エクスダークには魔力効率を跳ね上げる効果がある。
1の魔力を注げば、10の威力を発揮するようなものだ。
つまり、これだけの魔力を注げば――。
「……マジか」
黒い斬撃が放たれたかと思えば、それは真っ直ぐに霊獣を両断した。
まるで、風の鎧などなかったかのように。
それだけにとどまらず、斬撃は森を分断させるかのように進み、ほとんど見えなくなった頃にようやく霧散した。
『ふぅ……』
「もう少し少なめでもよかったな」
『我は気持ちよかったがな』
「聞きたくなかった」
霊獣は地面に落ちると、緑色の粒子となって消えていった。
周囲の風も止み、木々の揺れが収まっていく。
細かく葉などが擦れる音は聞こえるが、むしろその程度では静寂とすら思えた。
俺はエクスダークを鞘に戻すと、冒険者たちが集まっている方角へと歩き出す。
今日はもう、かなり疲れた。
◆
「ああ、グリーンのやつは始末した。イエローの方は俺が手を下す前にくたばってたぞ」
アデルたちがいる森から、かなり離れた森の中。
レッドは木の根本に寄りかかりながら、魔石に向かって何か話かけていた。
「二人をやったやつ? ああ……おかしな二人組だったぜ。イエローの方は冒険者にやられたみたいだが、実際あの場で立ってたのはそいつらだ」
しばらくとつとつと会話をしていたレッドだが、突然眉間にシワを寄せることになる。
「あ? 確かにそんな見た目だったけどよぉ……何笑ってんだ?」
レッドが疑問を投げかけると、一言、二言返事が来る。
その言葉にため息をつき、レッドは再び口を開いた。
「はいはい。あんたには逆らわねぇよ。すべてはリューク・ロイ様の言うとおりってな」
魔石をしまったレッドは、立ち上がり歩き出す。
その顔は少し不機嫌気味で、歩き方も荒い。
「こんな面倒クセェ組織なら、入らなければよかったぜ」
レッドは森の中に消えて行く。
彼がいた木の根元には、少し焦げた葉たちが残っていた。
◆
時間は進み、俺たちは馬車で街へと戻ることができた。
死傷者が数名出てしまい、その始末のためにグリードタイガーの連中は駆りだされたようだ。
あれだけ奮闘したのにまだ動けるとは、本当にタフな連中である。
レオナは意識は取り戻したものの、全身筋肉痛で動くことができないとのこと。
主要人物が動けないということで、報酬の受け渡しは明日になった。
「ってのが、ことの顛末だ」
「やはり襲撃してきたか、虹の協会」
俺はクエスト終了後の足で、再びシルバーの元を訪れていた。
虹の協会についてのことだけでも報告しておきたいと思い、少し疲労の残る身体に鞭を打っているわけである。
「レッドはロイって人物の名を呼んでいた。もしかしたら、ボスの名前かもしれない」
「ロイか……貴様、ロイ・ジー・ビブって言葉を知っているか?」
「ん? いや、心当たりはないけど」
「ロイ・ジー・ビブとは、虹の七色であるレッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、インディゴ、ヴァイオレットの頭文字を合わせた言葉だ。ロイという名前が出てきた以上、確定かと思ってな」
「……なるほど」
これまでで遭遇したのは、レッド、ブルー、イエロー、グリーン。
残りはオレンジ、インディゴ、ヴァイオレット。
それと、ロイ、ジー、ビブ。
「これは大きく捜索が進展しそうだ。ご苦労であったぞ」
「どうも。あとこれ」
「む?」
俺はシルバーの目の前に、黄色い石を転がす。
「それはイエローってやつの身体に埋め込まれていたものだ。グリーンの中にあった緑の石はレッドに砕かれたけど、これだけは回収する暇がなかったみたいだな」
「強い魔力を感じるな……何だこれは」
「なんでも、霊獣が閉じ込められているらしいぞ」
「霊獣だと!?」
シルバーは眼を見開き、その石を手に取った。
相当驚いている様子だ。
実際戦って強さを知った今なら、その反応も頷ける。
「……霊獣の力を使っているとなれば、虹の協会の戦力は予想よりも大きい可能性がある。この石をすぐにギルドへ引き渡せ。石の研究、霊獣の解放、やることは山積みだからな」
「あ、ああ。分かった」
俺は返却された黄色い石を受け取り、懐にしまいなおす。
シルバーは深刻そうな顔で、少し考えこみ始めたようだ。
しばらくして、ようやくシルバーは口を開く。
「貴様はこれからどうする? やることがなければ、私たちとともに虹の協会を追ってくれぬか? 報酬は弾むぞ」
「悪いけど、村に帰る予定なんだ」
「村?」
「ああ。金が貯まったからな、田舎に帰るんだよ」
「……そうか。まあ仕方があるまい。家臣の休暇を許すのも、王の役目だ」
「はいはい、ありがたき幸せ」
俺は踵を返し、シルバーのクランハウスを離れる。
クランハウスを出れば、そこにはイスベルが立っていた。
「終わったか」
「ああ。後は石をギルドに届けて、宿へ戻るぞ」
「明日でこの街と離れなければならんのか……」
「報酬をもらったらな。初めからそういう予定だっただろ?」
「そうなんだが……こう寂しいものを感じてしまってな」
少し分からないでもない。
この街ではいくつかの出会いがあった。
親しい仲……とまではいかなかったかもしれないが、知った人間ができると別れは必然的に寂しくなる。
「……また来ればいいさ」
「! いいのか!?」
「俺と一緒ならな。俺も、この街に残してしまったものがいくつかあるし」
「あ、ありがとう! アデル!」
「うおっ!」
イスベルが抱きついてくる。
人気がなかったから良かったものの、名前まで呼んでるし――まあいいか。
冷酷な魔王とは思えない確かなぬくもりを感じながら、俺は少し笑った。
レッドを含めた虹の協会のことなど、考えなければならないことはたくさんありそうだが……今はいいだろう。
しばらくは、平和なスローライフを楽しませてもらおうと思う。