魔王と再会する勇者
金貨五十枚ほどを支払って転移の魔石を購入した俺は、早々に街を出発した。
遠い場所へ一瞬で移動できる転移の魔石は、決して安い品ではない。
それでも、三千枚の金貨を持つ俺からすれば、安い買い物であった。
時は金なり。
移動時間は何よりも優先される。
街を出てしばらく経ち、人気がない森まで行って魔石を砕く。
頭の中に場所の明確な景色を思い浮かび上がらせ、目的地を定めた。
一度だけ行ったことのある、山奥でひっそりと暮らしている村だ。
光に包まれた俺は、一瞬にして思い描いた通りの場所へ転移していた。
「ここだ……」
村の外れに転移した俺は、自分の周りに人がいないことを確認し、村の入口の方へと向かった。
村は木の柵で囲われており、所々の魔物よけの魔石が乗っている。
入り口には村の用心棒らしき男が立っており、近づく俺を警戒していた。
「旅の者か?」
「いえ、ここに移住させてもらうために来ました」
「移住希望か。身分証明が出来る物は持っているか?」
俺はずいぶんと前に取った、冒険カードと呼ばれる物を取り出して男に見せた。
迷宮に潜ったり、魔物を狩ることで生計を立てる職業である冒険者。
勇者業の魔物狩りのついでに金が稼げるため、念の為登録しておいてよかった。
これには名前から年齢、冒険者としてのランクや、犯罪履歴まで乗っている。
誤魔化すことも出来ないため、身分証明としては持って来いだ。
「アデル、二十二歳……犯罪歴無しか。わざわざこの村に来たということは、希望者でいいか?」
「はい。隠居希望者です」
この村は、唯一の公開されていない隠居用の村だ。
隠居を希望すれば、村の向こうにある山の敷地を一部もらえる。
当然金銭は発生するし、村の仕事を手伝ったりもする羽目になるが、代わりに村の人間は決して隠居希望の者を外に売らない。
村の中では普通に接してくれるが、一度外に出れば他人として扱われる。
それほどまでに徹底して、新たな住民を確保しているのだ。
「隠居なら、土地代で金貨五百枚だ。払えるか?」
「はい、ついでに家を一軒建てていただきたいんですけど」
「それなら合計で千五百枚だ」
――想像以上に安いのだが、大丈夫だろうか?
いや、最悪でも屋根と壁があって、雨風をしのげればなんでもいい。
俺は魔力袋から千五百枚の金貨を出し、渡す。
「よし、さっそく取り掛からせよう。まずは村長に挨拶しに行け」
「ありがとうございます」
「最後に、俺の名前はディアン。村の用心棒だ。元冒険者なら魔物狩りに参加してもらうこともあるかもしれないな。これからよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「もう村の仲間なんだ、敬語はいらない」
「それじゃ……改めて。アデルだ、よろしく頼む」
「ああ。ようこそ、果ての村へ」
ディアンと握手を交わし、俺は村の中へ入っていく。
村は活気があり、様々な人が作物や農具を持って行き交っていた。
何人かの人と挨拶を交わしたが、俺の正体を知っている人間には出会わない。
俺は魔族に現在地を知られないよう、名前や容姿は公開していないのだ。
存在と活躍は広めているが、本当の俺の容姿を知っているのは帝国のお偉いさんのみである。
それでも隠しきれているわけではないため、大きな街には危険がつきまとう。
この村の存在を、偶然ではあるが知れてよかった。
しばらくして一軒の家の前に辿り着く。
村長の家はここのはずだが……。
「おや? 君は新しい住人かい?」
「ええ。隠居希望です」
「そうかそうか。こんなに若いのに色々あるんだねぇ」
俺に声をかけてきたのは、杖をついた老人だった。
――一目見て、この老人は只者ではないと気づく。
間違いなく強者だ。
勇者パーティにいた魔術師クラスの実力があると見ていい。
それだけの魔力を感じた。
「申し遅れたのう。儂がこの村の村長のアドラーじゃ。これからよろしく頼むぞい」
「アデルです。よろしくお願いします」
「若者が来てくれるのは大変ありがたいのう……それじゃ、早速お主の土地に案内するぞい」
「はい、ありがとうございます」
アドラーは村の裏手にある山へと歩き始める。
それについて歩いて行くと、山の中に隠れるようにして数軒の家を目撃した。
おそらく俺と同じ隠居している人々だろう。
外で働き始めている人もいるようだが、俺はあるものを見て少々驚いた。
「驚いたじゃろ? ここには魔族も亜人もおるんじゃ」
「どんな人種も受け入れてるんですね」
「身分証明と、金さえ払ってくれればな。身分証明は儂らの信用のため、金は土地と建築代でもあるが、五割はお主らから儂らへの口止め料じゃ」
なるほど、あの金を受け取ったからには、外に存在を言いふらすことは絶対にしないというわけだ。
金は何よりも信用出来る。
どんな土地でも、それは共通らしい。
「――っと、着いたぞい。お前さんの土地はここじゃな」
アドラーが案内してくれた場所は、それなりに広く、山の中だというのに平坦だった。
畑になりうる場所も整備されており、ここに家があれば完璧である。
「改めて聞くが、金は払ってあるのじゃろ?」
「ええ。ディアンに払ってあります」
「ならば家も建ててしまおうかのう」
アドラーの言葉にも驚いたのだが、その瞬間に彼の魔力が溢れだしたことにも驚いた。
魔術を発動させようとしているのだが、この魔力の流れは感じたことがない。
「――木造の建造物」
魔術の名前を宣言すると、何もなかったはずの土地に変化が訪れる。
突然何本もの樹木が生え始め、それが一つの形を構築していく。
数秒の内に、真新しい平屋が出来てしまった。
「ふぅ……こんなもんかのう」
「アドラーさん……あなたは――いや、詮索は禁止でしたね」
「そうじゃよ。この村に元からいた人間はつゆ知らず、隠居希望の者たちとは必要以上に関わらない。これが掟じゃ。儂もお主の事情には関わらぬ。打ち明け合うのは勝手だがの」
アドラーが何者なのかは気になるが、ここで生きていくためには詮索は厳禁ということだ。
俺としても、何事もなく生きていけるのであればそれでいい。
それ以上は望まない。
「勝手ながら、簡単な家具もつけておいた。ベッドはお古でいいなら後で届けさせるぞい」
「助かります。ベッドもほしいので、いただけますか?」
「分かった。後ほど作物の種も渡す。この村でほしいものがあれば、基本的に物々交換だからのう……それか労働じゃな。お主の若さなら、見張りや傭兵としても働けるかもしれん」
「ディアンのような仕事ですか?」
「そうじゃ。最近までもう一人傭兵がおったんじゃが、歳もあって引退してのう。今はディアンが一人で受け持っておるが、負担が大きくなる前に後釜がほしかったんじゃ」
「そういうことなら、俺も協力させてもらいます。腕には多少覚えがありますし」
「おお、ありがたいのう。ディアンにも伝えておくわい」
さて――と一言つぶやき、アドラーは山を下り始める。
俺も何気なく追おうかと思ったが、手で制された。
「まずは家の中を確認しんしゃい。村人への挨拶は後でよい」
「……色々ありがとうございます」
「うむ。困ったことがあれば頼ってくれればよいからのう。夜中じゃなければ、最悪話だけでも聞いてやるわい。あと――そのローブの中はしっかりと癒やしておけよ」
そう言い残し、アドラーは行ってしまった。
取り残された俺は、ひとまず家に入ることにする。
「ほんとに何者なんだろうな、あの爺さん」
家の中はあまりにも綺麗で、加工された木々のように形も整っていた。
机や椅子、棚や収納。
どれも揃っており、デザインも悪く無い。
「まあ……いいか」
俺は椅子に座り、持ってきた荷物を一通り下ろす。
そして、着ていたローブを脱ぎ去った。
俺の身体は、肩から腹にかけて深い裂傷をつけられている。
これは魔王に負わされたものだ。
赤い肉が見えているが、血は止まっている。
勇者の身体は頑丈で、頭を吹き飛ばされるか心臓を貫かれでもしなければ死ぬことはない。
出血はすぐに止まり、骨が折れれば即座にくっつく。
死ねない身体を恨んだこともあったが、普通の生活をしていくのであれば、これほど頼りになる身体もない。
「よし、再出発だ」
勇者ではない、ただのアデルはここにいる。
俺の、平凡な一般人としての人生は、この場所から始まるのだ。
そんな平凡な人生が脅かされそうになったのは、これから五日後の出来事である。
◆
「アデル、ちょっと頼まれてくれるか?」
「どうしたんだ? ディアン」
村に来てから数日経ち、ようやく生活にも慣れてきた。
畑も耕すことに成功し、今ではいくつかの作物を育てている。
丁度今日で五日。
今日も畑作業をしようかと家を出たところで、ディアンに捕まった。
「今日ちょいと娘の体調が悪くてな。森に薬を取りに行くんだが、その間の村の守りを頼みたいんだ」
「あんた娘がいたんだな」
「7歳の可愛い娘だよ。つーわけで、頼めるか?」
手を合わせて頼まれたが、俺の答えは初めから決まっていた。
村長であるアドラーとも、村の傭兵の話はしてあるし。
「いいぞ。今日一日、村の入口で立ってればいいんだな?」
「ありがてぇ。もしも移住希望の奴が来たら、身分証明させた後に金を受け取ってくれ。土地は金貨五百枚、家は千枚な」
「分かった。あんたはさっさと娘のために行ってやれよ」
そう伝えると、ディアンは再び俺にお礼を言って村の外へ向かう。
今日は畑を拡張しようとしていたが、今でも十分なほどに作物は植えた。
手入れはしばらくしなくていいだろう。
いずれは見張り番の仕事もさせてもらいたいし、こういった機会で信用を勝ち取るべきだ。
山を下りて、俺も村の入口へと向かう。
たった五日ではあるが、村の地形などは大体把握出来た。
その結果、迷わず入口には辿り着くことが出来る。
「確か、倉庫で装備を持ってこないといけないんだったか」
入口の近くにある建物は、倉庫になっている。
開けて中に入ると、使われていない農具や敷物などが多く置かれていた。
その中に、立て掛けられている数本の剣を見つける。
近くには胸当てなどの装備もあり、この場で一式揃ってしまいそうだ。
「少し緩いけど……まあいいか」
使い古された胸当てを装着してみると、多少サイズが合っていなかった。
屈強とは到底呼べない自分の身体が憎いと思ってしまう。
まあ……本来ならば死活問題だが、激しい戦闘が待っているわけでもない。
今はこれでいいだろう。
最後に一本だけ剣を借り、腰に挿して入口へ向かう。
――暇だ。
しばらく入口に立ってみたが、あまりにも暇だ。
立っているだけで、やることがない。
ディアンは毎日これをやっているのか。
畑仕事などとはまた別の辛さがある。
「どうしたものか――」
しばらく素振りなどをして時間を潰す。
そうして一時間ほど経ったとき、俺は村の外から近づく気配に気づいた。
それと同時に、背中に汗が滲む。
出来る限り隠しているようだが、俺には分かってしまう。
この魔力反応を、俺は知っていた。
近づいて来た存在は、背の低い女。
頭には魔族の象徴である角が生えており、腰まである長い銀髪が揺れている。
やはり、俺の知っているあの女だ。
「すまない……この地は隠居希望の人間を匿ってくれると聞いているんだが、本当だろうか? 申し遅れた。私は魔王イスベルと言う。隠居希望で――――っ!? き、貴様!」
「お、お前……っ!」
「勇者!?」
「魔王!?」
「「何でこんなところに!?」」
俺と女の声が響く。
お互い敵意丸出しで構え、睨み合った。
「「こんなところまで俺(私)を追ってきたか!」」
一週間しない内に、俺の平凡な隠居生活は脅かされそうになっていた。