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二分間の獣神

「そら! 捕まえた!」

 

「ぎゃ!」

 

 レオナはグリーンの首を掴むと、そのまま地面に叩きつける。

 砂埃が舞い、グリーンは苦しげに呻いた。


「うっ……」


「ほら、降参したら命だけは助けてやるけど?」


「……っ、なんちゃって!」


 レオナに向けて、空中から無数の風の刃が襲い掛かってくる。

 いち早くそれに気づいたレオナは、すぐさまグリーンの上から離れて距離を取った。

 獣特有の感覚の鋭さをいかし、風の刃の間をくぐり抜ける。

 

「やあやあ、参ったね! まさかこれもかわされるとは!」


「あんたも大概こざかしいねぇ! 大人しく捕まっちゃくれないかい?」

 

「うんうん、そう言われても簡単に捕まるわけがないでしょ?」


「だろうね!」


 レオナは地面を蹴る。

 彼女の武器は、その身のこなしと脚力を活かした驚異的なスピード。

 さらにここは森の中。

 木々という名の障害物は、レオナの味方をしている。

 地を蹴り、木を蹴った。

 縦横無尽に森の中を飛び回り、グリーンの死角から襲いかかる。


「もうもう! その攻撃はさっき見たよ! ウィンドカッター!」


 グリーンは自分の身体を回転させながら、腕を振るう。

 その腕の動きに合わせ、魔術でできた風の刃が周囲に放たれた。

 風の刃は木を安々と切断し、なぎ倒す。

 

「チィ!」


 木々に阻まれ、レオナは足を止めてしまった。

 倒れこむ木をかわすことに意識を向け、なんとかかわしきることに成功する。

 しかし、同時にグリーンから意識を外してしまった。

 

「ねぇねぇ! よそ見はよくないよ!」


「あっ」


「ウィンドブラスト!」


 突然至近距離に現れたグリーンは、風の衝撃波をレオナに向けて放つ。

 あまりに距離が近いため、レオナですらかわすことは不可能だった。

 全身に切り傷を作りながら吹き飛ばされた彼女は、真後ろにあった木に叩きつけられる。

 肺から空気をすべて吐き出してしまい、レオナの思考が一度止まった。


「ほらほら! トんじゃったら避けられないよ!」


「ぐ……」


 グリーンは追撃として、確実に肉体を切断する威力を持った風の刃を放つ。

 吹き荒れる風に乗った刃が、レオナに着弾した。


「……ほうほう。ギリギリで致命傷は避けたね。すごい!」


「はぁ……はぁ……」


 命中の寸前で、レオナは地面を転がって直撃を避けていた。

 しかし、肩とふくらはぎを深く斬り裂かれ、血だまりができるほどの出血が起こっている。

 特に足へのダメージが深刻だ。

 これではまともに歩くことすら困難だろう。

 

「でもでも、もう終わりかな?」


「そうだね……このままじゃ、あたしは終わりだ」


 レオナは木を支えにしながら立ち上がる。

 窮地に立たされているはずなのに、レオナの眼はまだ死んでいなかった。

 数度呼吸を整えると、強く拳を握りこむ。


「けどね、あたしだってまだ力のすべては見せてないんだよ!」


 口の端から垂れてきた血を拭うと、レオナは強く胸を叩いた。

 

獣神の鼓動(ビーストビート)

 

 レオナの鼓動が強くなっていく。

 速くなっているわけではない。

 しかし、一拍一拍が強く、大きくなっているのだ。

 すでに離れた場所にいるグリーンにすら、その音が聞こえている。


「Aランク冒険者とはいえ、あたしはまだ未熟者でね。この状態じゃ2分しか持たないんだ。だから――」


 レオナの姿が消える。

 地面に落ちた葉が舞い上がり、音が弾けた。

 

「すぐに終わらせてもらうよ」


「なっ――」


 気づけば、レオナはグリーンの隣に立っていた。

 とっさにグリーンが離れようとする前に、レオナは拳を突き出す。

 まさしく、神速の拳だった。

 グリーンでは到底かわすこともできず、その腹部に拳が突き刺さる。

 鈍い音がして、グリーンの身体は大きく吹き飛ばされていた。


「がっ……げぇ……」


 先ほどのレオナのように木に叩きつけられたグリーンは、膝をついて血を吐き出した。

 動くことすらできず、その場にうずくまってしまう。


「そら、もう手加減できないよ!」


「ぎゃっ!」


 いつの間にかグリーンのとなりにいたレオナは、うずくまる彼女の身体を蹴り飛ばす。

 呻き声をあげながら地面をバウンドし、グリーンは再び木に背中を打ち付けた。


「獣神の鼓動は亜人の奥義でね。鼓動を強くすることで魔力の込められた血液を多く送り出し、あたしらの肉体を爆発的に強化してくれるのさ」


「へ、へぇへぇ……初耳だよ、それは」


 獣神の鼓動を使用できる亜人は限られているため、グリーンが知らないのも無理はなかった。

 更に言えば、この奥義は爆発的な力を得る代わりに、身体への負担も小さくない。

 なるべく使わずに戦闘を終わらせるのが最適解。

 実力者であるレオナでさえも、発動は2分が限界であり、それ以上の発動は命に関わる。

 

(残り一分半……それまでに決着をつける!)


 レオナは拳を鳴らしながら、グリーンへと近づいていく。

 何とか木に寄りかかりつつ立つことが出来たグリーンは、ふらふら動きながらも手を突き出した。


「でもでも、ようはあと1分と少し持ちこたえればいいんだろう?」


「させないよ!」


 時間稼ぎをさせないため、レオナは一気に突っ込むべく地面を蹴った。

 しかし、突如彼女の身体は大きく弾かれることとなる。

 

「何だ!?」


 吹き飛ばされたレオナはすぐに体勢を整え着地したが、その眼には異様な光景が映っていた。


「時間稼ぎはあたしの得意分野でね! この魔術、突破できるなら突破してみなよ!」


 レオナの目の前には、いくつのも竜巻が出現していた。

 風の高速回転は何者の接触も許さず、触れたものを弾くほどの密度がある。

 それがこの場にいくつも出現していたのだ。

 

「また厄介なことをするねぇ」


「まあまあ、戦略的でしょ? これであなたのご自慢のスピードは使えない!」


 残り1分。

 もしこのまま時間だけ過ぎていけば、時間切れでレオナは敗北する。

 獣神の鼓動が消費する魔力と体力は、他の魔術と違うのだ。

 2分以内に解除することができても、その後も戦えるわけではない。


「スー……」


 レオナはゆっくり息を吸った。

 竜巻は向こうから襲いかかっては来ない。

 息を整え、大きく吸った後にぴたりと止める。

 

「獣神拳――――」


 一度の踏み込みとともに、レオナは拳を突き出した。

 竜巻が拳の直線上に集中し、威力を分散しようとする。

 しかし、獣神拳は空気を殴り、衝撃波を発生させる技だ。

 竜巻は吹き飛び、風が止む。

 自分の魔術が破られたため、グリーンは眼を見開いた。

 一瞬でも隙があれば、レオナにとっては十分である。

 

「終わりだよ」


「ま、待って――」


 高速で近づいたレオナの拳が、深々とグリーンの身体にめり込んだ。


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