危うし魔王
「雷砲」
イスベルは地面を転がるようにして、イエローが放った雷の弾丸をかわす。
雷魔術といっても、雷の速度で攻撃できるというわけではない。
性質上、確かに炎の弾などよりは高速で飛ばすことができるが、雷の特色はそこではないのだ。
雷属性の長所は、高圧なエネルギーによる貫通力。
現に、イエローが放った雷の弾丸は、イスベルの後ろにあった木々に大きな風穴を開けていた。
さらに一本だけでなく、はるか遠くにある樹木にまで穴を穿っている。
「これだから雷属性の相手は面倒くさいのだ!」
「あまり褒めるな」
イエローが手を突き出す度に、雷の弾丸が放たれる。
イスベルは何とかかわしているが、所々端がかすり衣服が焦げていた。
「そんなにギリギリで避けていいのか?」
「むっ」
一発が腕にかする。
その瞬間、イスベルの全身に淡い電流が走り、身体を硬直させた。
「ほら、動けない」
雷の弾丸が、イスベルに迫る。
動作が遅れたため、すでに回避できる距離ではない。
「がっ――」
イスベルの腹に、雷の弾丸が直撃する。
閃光が走り、イスベルの身体は貫かれなかったものの、大きく後ろへ吹き飛ばされた。
後方にあった木に叩きつけられたイスベルの腹部の服は消失しており、肌が薄っすら火傷を負っている。
「驚いたな。この一撃を受けて貫かれないどころか、その程度のダメージで済んでいるとは」
「当たり前だ。お前の魔術程度で致命傷を負うものか」
「ほう。だが余裕そうにしている割には、思うように身体を動かせないようだが?」
イスベルは舌打ちをした。
雷砲がかすっただけでも、一瞬痺れて動けなかったのだ。
それを身体の中心に受けてしまえば、しばらく動けなくなってしまうのは当然のこと。
「雷砲で殺せないなら、これならばどうだ?」
イエローの手のひらで、放電が始まる。
その放電は徐々に収縮していき、凝縮されたエネルギーを空へと舞い上げた。
「落雷」
空へと舞い上がったエネルギーが解放され、イスベルの元へ落ちてくる。
その威力は雷砲とは桁違いであり、イスベルですら目を見開くほどだった。
何とか回避すべく身体を動かそうとするが、痺れがまだ残っており動けない。
かわすことが出来ず、落雷が着弾する。
木の元に着弾したせいか、煙が発生し木々が燃え始めた。
イスベルの姿は煙に紛れ、見えない。
「ふん、呆気ないものだな。本当にブルーを追い詰めたやつだったのか?」
燃え盛る木の根本から、イエローは眼を離す。
イエローはブルーとレッドの実力を知っていた。
だからこそ、二人を倒したという存在に相対する際、それなりに警戒して望んだつもりだったのだ。
それが、これほどまで早く決着がついてしまった。
どれほど拍子抜けで、落胆してしまったことか。
「この分では、もう一人の男とやらも大したことは――――」
「おい」
「ッ!」
イエローの顔の横を、何かが通過した。
耳の端が少し切れ、イエローは唖然とした様子でその部分を押さえる。
「好き放題いうな。私はまだ負けていない」
「……何だ、これは」
燃え盛っていたはずの木々が、凍りついていた。
木々だけが凍っていたのではない。
炎ごと、燃えていた木がすべて凍っているのだ。
「私の氷の鎧を砕くとはな。威力だけは馬鹿にできないようだ」
煙の中にいたイスベルが姿を現す。
その姿は、氷の防具によって覆われていた。
顔から胸にかけての部分だけ砕けており、そこからイスベルの本来の顔と身体が見えている。
「氷だと……!?」
「どこで誰が見ているのか分からない状況で使いたくはなかったが、この際仕方がない。貴様が半端に強いのが悪いのだ!」
イスベルの足元から、冷気が漂い始める。
その冷気は地面を凍らせ、まるで領土を広げるかのように侵食を開始した。
「くっ……」
イエローは氷から逃れるため、イスベルから距離を取る。
「次はこちらから行くぞ!」
イスベルが腕を突き出す。
すると、凍りついた木々の葉っぱが浮かび上がり、鋭利なナイフのようにイエローに襲いかかった。
「雷撃網!」
イエローの目の前に、雷で出来た網が展開される。
網に氷の葉が着弾すると、バチっという感電する音とともに氷の葉がはじけ飛んだ。
「これでは弾かれるか。ならば……」
イスベルは指を一本動かすと、凍りついた木自体が動き出す。
地面から抜けたと思えば、先端の方の氷が砕けていき、尖っていく。
こうして、巨大な氷の槍が完成した。
「アイススピア!」
巨大な槍を、イスベルは真っ直ぐイエローに向けて投げつける。
確かな威力を持った槍は、氷の葉と同じように雷撃網に衝突した。
激しい閃光が発生し、雷が槍を伝って放電する。
しかし、これほど槍が大きく威力があると、この網では弾ききれない。
徐々にその先端が、網を貫いていく。
「ぐ……おぉ!」
イエローが魔力を流しこむことによって、網の強度が上がった。
しかし、それでも槍を止めることができない。
ついに槍は網を貫通し、イエロ―へと迫った。
網とイエローには大して間がなかったため、この距離でかわすことは難しい。
その証拠に、イスベルの手に命中の手応えが伝わってくる。
「命中したはずだが……」
閃光が収まり、徐々にイエローの姿が見えてくる。
その姿を見て、イスベルは感嘆の声を上げた。
「驚いたな。まさかあの距離で急所を外すとは」
「ぐっ……やってくれたな」
氷の槍は、イエローの脇腹をえぐっていた。
決して浅くない傷であるが、イエローがとっさに身体を捻ったのか突き刺さってはいない。
(あのタイミングで、私が中心を外す? ……もう少し試してみるか)
イスベルは氷の領土をさらに広げる。
領土内に入った木々も、さっきの氷の槍のように氷結し、先端が鋭く加工された。
「これだけの量、かわせるか?」
「化物め」
「よく言われる」
今度の槍は、十本。
イスベルの号令とともに、槍たちは一斉にイエローに向かって襲いかかった。
「くっ……仕方がないな」
槍がイエローの周囲に突き刺さる。
確かに命中するはずの槍だったのだが、イスベルには手応えというものが伝わってこなかった。
これにより、イスベルは確信する。
「雷属性のスペシャリスト……なるほど、やはりできるのだな」
「――基本中の基本だろう?」
いつの間にか、イスベルの後ろにイエローが立っていた。
全身から放電しており、髪の毛が逆立っている。
まるで、今まで彼が使っていた雷の魔術を、内側にとどめているかのように。
「確か、雷電速だったか?」
「知っているなら話は早い」
「何度かこの眼で見たのだ!」
真後ろにいたイエローに、イスベルが新しく作り出した槍たちが死角から襲いかかる。
しかし、再び手応えはない。
かわされたのだ。
現に、イエローはイスベルの真横に立っていた。
「これから貴様が俺に触れることは、ない」
雷の速度の貫手が、イスベルに襲いかかる。