相対する三人
「邪魔だよ豚ども!」
レオナの拳がオークの心臓を穿ち、蹴りが頭部を吹き飛ばす。
彼女の武器は速度だけでなく、身体自体も強靭なようだ。
縦横無尽に森の中を駆けまわり、確実にオークの息の根を止めていく。
「アイス――っと、人前で氷魔術はダメだった」
イスベルは氷魔術が使えないせいで、安物の剣一本で戦い出した。
魔術が使えないとはいえ、剣を振るえば一撃必殺。
この辺りにいるのは通常のオークばかりで、イスベルの一撃を回避できるだけの実力はない。
剣を振るう度に、山のように死体が積み上がっていく。
『主! 負けてはいられないぞ!』
「そうだな」
俺はエクスダークをオークに対して振るう。
振りごたえのある重量感だ。
これなら確かな威力が期待できる。
そう思っていたのだが、確かに目の前のオークに命中したはずのエクスダークから、まるで手応えを感じない。
空振りか? ともう一度振ろうとした瞬間。
オークの胸部に線が刻まれ、そこを境目として真後ろにずり落ちていく。
なるほど、切れ味が良すぎるというのも考えものだ。
『お気に召したか? 主』
「……最高だ」
これなら道を切り開ける。
目の前にいるオークを切り伏せながら、俺は進んでいく。
レッドと同等の力を持つ、何者かの元へと。
◆
「うむ? いつの間にか二人とはぐれてしまったな」
まるで狂戦士のようにオークを惨殺していたイスベルは、いつの間にか誰もいない場所へと来てしまっていた。
どうやらオークの群れを突っ切ってしまったらしい。
森の中に見えるオークの数は、目に見えて数を減らしている。
全滅するのも時間の問題だろう。
「まあ良いか。全滅させれば合流できるだろう」
イスベルは踵を返し、再びオークの群れへと戻ろうとする。
そのとき、真後ろから巨大な魔力を感じ取り、彼女は振り返った。
「貴様か、レッドとブルーをやったのは」
イスベルの後ろには、黄色いローブをまとった目つきの鋭い男が立っていた。
敵意を隠すこともなく、ただただ彼女を睨みつけている。
「ブルー? ああ、あの青いローブの女のことか?」
「心当たりがあるということは、やはり貴様がブルーを殺したのだな」
「っ!」
突如、男の手が閃光を放った。
とっさにイスベルが横に跳ぶと、今までいた場所の土が弾ける。
煙をあげるその足元を見て、イスベルは口を開いた。
「雷属性の魔術か……厄介なものを使うな」
「この速度の魔術を初見で見ぬくとはな……やはり只者ではないか」
「確かに只者ではないつもりだぞ!」
イスベルは剣を持ち直し、真っ直ぐ男を睨みつける。
「……虹の協会、イエロー・トールだ」
「イ――ただのベルだ」
◆
「そらよ!」
レオナがオークの首をへし折った。
これを最後に、彼女の周りのオークは全滅したことになる。
「本当に歯ごたえがない連中だねぇ。やっぱりジェネラルオークくらいのやつとやり合いたいけど……いないか」
拳を鳴らすレオナは、深い溜息をつく。
A級冒険者であるレオナは、駆け出しのときから手に汗握る戦いが好きだった。
お互いの命を削り合うような、熱い戦いを愛していた。
ランクが上がれば上がるほど、クエストの難易度が上がっていく。
それに連れて敵も強くなり、レオナの気持ちも高ぶった。
しかし、今の彼女は萎えきっている。
こんな小物を倒し続けたところで、レオナの飢えは満たされない。
「そんなに強敵と戦いたいなら、あたしが相手してあげよっか!」
「ん?」
レオナの肌がざわついた。
反射的に首を倒すと、彼女の頬に鋭い痛みが走る。
どうやら鋭利なもので切りつけられたようだ。
頬から顎にかけて血が垂れ、地面に落ちる。
「やあやあ! 大きい口を叩くだけはあるね」
「あんた、何者だい?」
レオナは見えない敵に問いかけた。
声は森の様々なところから聞こえてきて、位置が分かりづらい。
身をかがめたレオナは、どこからの攻撃にも対応できるよう神経を研ぎ澄ませる。
「まあまあ、そう警戒しなくてもいいよ。あたしはもうあなたの目の前にいるんだからさ」
風が吹き荒れた。
レオナが髪を押さえ耐えていると、いつの間にか目の前に緑色のローブを羽織った女が立っていることに気づく。
女は心底楽しそうに、指で空中に円を書きながら近づいてくる。
「やあやあ、こんにちは! あたしは虹の協会のグリーン・アウラ。あなたは冒険者だね?」
「グリードタイガーのクランマスター、レオナだよ。あんたは中々歯ごたえがありそうだねぇ」
「うんうん、歯ごたえはあると思うよ。でも……まずは噛めるかどうかじゃない?」
突風が吹き荒れる。
それにかき消されないほどに響き渡る獣の雄叫びが、森の中に響き渡った。
◆
「二人ともどこへ……!」
「ゴァァァ!」
「邪魔だ!」
先ほどから絶えず遅い来るオークを、一撃で斬り伏せる。
斬っても斬っても数が減らない気がしてきた。
二人のところにも、これだけオークが群がっているのだろうか?
『主、後ろから一際でかい図体の魔物が来ているぞ』
「なに?」
別のオークを斬り捨てながら振り返ると、群れの向こう側に明らかに見た目の違うやつを視認できた。
黒い肌を持った一際巨大なオーク。
「ジェネラルオークだ」
『オークの親玉か?』
「ああ。だけど、あのジェネラルオークを操っている存在が、さらにどこかにいる」
「オオォォォォォォォ!」
ジェネラルオークの咆哮が、鼓膜を揺らした。
他のオークたちもその声を聞き、さらに凶暴性を増したかのように興奮しだす。
「いつの間にか二つのでかい魔力も、レオナとイスベルの魔力も感じなくなってるな……エクスダーク、お前は?」
『我も感じぬ。おそらく魔力探知を阻害する魔術が使用されているな』
面倒くさい術を使う輩もいるものだ。
できれば虹の協会の連中は俺が相手をしたかったところだが、こうなってしまえば仕方がない。
「まずはこいつらから片付けるぞ」
『了承した!』
魔力を魔剣エクスダークに流し込む。
赤黒い光を纏う剣を構え、俺はオークの群れに突っ込んだ。
それにしても、今の俺禍々しすぎないだろうか?