学ぶ勇者
集合の時間になった。
ギルドにいた人数から少々減ったが、グリードタイガーのメンバーと合わせて70人ほどの冒険者たちが集まっている。
「上出来だねぇ、野郎ども。これだけいればあっという間だよ」
揃った冒険者たちを眺めて、レオナは笑う。
確かにオーク程度なら、ジェネラルがいようがこの人数で圧倒できるはずだ。
オークだけなら、の話だが。
「準備はいいね、野郎ども」
レオナの問いかけに、グリードタイガーの面々が雄叫びをあげる。
それに釣られてか、他の冒険者達も腕を振り上げだした。
集団心理というやつだろうか。
まさかとは思ったが、イスベルまで腕を振り上げ声を上げている。
影響を受けすぎではないだろうか?
「そんじゃ、豚狩りと行こうか」
冒険者たちが続々と用意された馬車へ乗り込んでいく。
オークの巣は街から少し離れた大規模な森の中にある。
目的地周辺まで移動したら、そこから最低5人一組のパーティを結成し、それぞれでオークの巣を叩くのが今回の作戦だ。
俺たちは自由枠で、戦力が不足しているところに駆けつけるのが役目となっている。
他の冒険者には伝えられていないらしいけど。
「少し高揚してしまうな。集団で何かするのは初めてだ」
「確かにな……」
俺はいつも四人で、イスベルに至っては集団を率いてたものの、いつも一人だった。
何かを協力して行うってこと自体、ほとんど初体験というわけだ。
「私たちが関わったのだ。この戦い、誰も死ぬことなく終わらせるぞ」
「ああ、守ろう」
「うむ? 守る前に皆殺しにして終わらせればいいのではないか?」
「……そのへんの発想は魔王らしいな」
随分と長い時間馬車に揺られていると、外の景色が徐々に森に変わっていった。
もうそろそろ到着する頃だろう。
「身体でもほぐしておく――ッ!?」
戦闘準備――は必要ないが、適度に身体を動かそうとしたその瞬間。
馬車の進行方向に、数えきれないほどの魔力の反応が現れたことに気づいた。
これは魔物の気配。
そして、そこに紛れ込んでいる馬鹿でかい魔力が二つ。
レッドと同じくらいと言えば分かりやすいだろうか。
まだ遠いが、このままではぶつかる。
「どこから現れた?」
「分からない。行くぞイスベル」
「うむ」
俺たちは馬車を飛び出す。
馬車はまだ進んでいるが、俺たちは戦う姿勢のまま駆け出した。
「おい! あんたらどうして降りてるんだい!?」
「レオナ! 前方にオークの軍勢がいる! 馬車から降りて戦闘準備しろ!」
「なっ」
はるか遠く、赤い巨体がいくつも並んでいるのが見えてきた。
このまま切り込んで親玉を――。
『主! 何か来るぞ!』
「何!?」
一陣の風が、俺の身体を撫でた。
次の瞬間、上空から何かが飛来してくる。
「避けろアデル!」
「チッ」
俺は横に転がり、飛来する何かの着弾点から逃れる。
一拍置いて、その何かが俺がいた場所に着弾した。
「おいおい……なんてものを飛ばしてるんだ……」
着弾したその何かは、赤い肌と巨大な図体を持った、いわゆるオークであった。
そう、オークが高速で空から飛来してきているのだ。
それを理解した瞬間、レオナが叫ぶ。
「退避――」
その言葉が全員に届くことはなかった。
馬車が密集している場所に、何体ものオークが飛んでくる。
オークほどの質量を持つ物体が高速で衝突するせいで、その威力は明らかな脅威となってしまっていた。
直撃した馬車が粉砕され、下敷きになった冒険者の断末魔の声が響く。
「あんたら! 馬車から離れるんだよ!」
冒険者たちが馬車を離れていく。
バラバラに森へ入っていく冒険者たちの様子を見て、俺は唇を噛んだ。
「どうやら私の考え通り、先手を取って全滅させるべきだったようだな」
「……かもな」
森の中に、突然複数の魔物の気配が現れた。
この魔力の大きさからして、おそらくアークオーク。
混乱状態の冒険者たちでは、いくらランクが高くてもアークオーク相手に長くは持たないだろう。
どうやら初めから馬車を襲撃し、散り散りになった冒険者を叩く計画だったらしい。
ずいぶんと巧妙に魔力が隠されていた。
「アデル、どうする? どうしたらいい?」
「……」
今まで、こういう状況になったことがないわけではない。
そのときは仲間に守りを任せ、一人で突っ込んでいた。
統率している親玉を倒せば、魔物たちは混乱する。
今回もそうすればいい。
しかし、どうしたって人数が足りないのだ。
親玉をすぐさま倒すためには、俺とイスベルがいなければ難しい。
しかしこちらを守る者がいなくなり、冒険者たちの死者が増えていく。
「ぎゃぁあぁあ!」
どこかで新しい悲鳴が上がった。
考える時間すらくれないようだ。
まずは冒険者たちを助けるのが先決な気がしてくる。
俺は振り返り、冒険者の元へ駆け出そうとした。
「野郎ども!」
そのとき、鶴の一声が飛んだ。
いや、正確には獅子の声だけど。
「取り乱してんじゃないよ。獣は魔物を喰らう者、あたしたちは餌じゃない、捕食者だ! さあ、反撃だよ!」
一息置いて、獣という名の冒険者たちの雄叫びが響き渡った。
そして、戦闘音が聞こえ出す。
どうやら冒険者たちの反撃が始まったようだ。
「あんたらもなにボーッとしてんだい! 行くよ!」
「あ、ああ……」
「こっちはあたしの家族が受け持っている。けど相手はアークオークだからね、できて時間稼ぎってところさ。その間にあたしとあんたらで――」
レオナが道の先にいるオークの軍勢を指差した。
「――奴らを食い尽くす」
これが王の貫禄……ってやつか。
やはり相当状況に慣れているのだろう。
冒険者たちを冷静にし、一瞬で戦況を押し戻した。
「うむ……貴様、少し見直したぞ」
「そうかい! ありがとね!」
イスベルとレオナが駆け出した。
俺は呆気にとられている内に置いて行かれてしまう。
世の中、実力だけじゃダメってことか。
勇者を辞めてから、勇者のとき以上に何かを学べている気がする。
「何をしてるアデ――じゃなかった! アル! 行くぞ!」
「……ああ!」
どうやら、反撃の時間がやってきたようだ。