準備期間の冒険者
「おお! 来てくれたんだねぇ!」
「まあな」
「感謝しろ獅子女!」
「おうおう! 元気がいいね!」
シルバーにダンジョンの戦利品を送りつけた日から四日後、俺たちはギルドへと足を運んでいた。
レオナの提案してきた大型クエストの説明を受けるためだ。
足を運んでみれば、そこにはいつもより多い人数の冒険者が集まっていた。
ほとんどはレオナの率いるグリードタイガーのメンバーだが、別のクランの人間もかなりの数見られる。
「もうすぐ説明会を開始する。まああんたらもそこらへんでくつろいでいてくれ」
「そうさせてもらうよ」
俺は威嚇するイスベルを引っ張り、適当なテーブル席に座らせる。
しばらく待つと、騒がしかった冒険者達の声が止んでいった。
次の瞬間、獅子の咆哮がギルド内に響き渡る。
「注目!」
全員の眼がレオナに惹きつけられる。
協力なカリスマ性だ。
やはりA級クランリーダーともなると、それだけの立場になるべき魅力がある。
「これより大規模クエストの説明会を始める! トラグル!」
「へい! 姐さん!」
命令されたトラグルが、せっせと俺たちに資料を配っていく。
その資料には、複数出現したオークの巣を壊す段取りが書かれていた。
「今回のクエストの内容は、最低でも噂で聞いてると思うが、大量発生したオークどもの巣を壊すってもんだ! 全滅させることは不可能だが、あたしたちの手でオークの数を通常の値まで減らす」
シルバーの方からも少し聞いていたため、話がすっと頭の中に入ってきてくれた。
イスベルは首を傾げているが、まあ俺が把握しておけば問題ないだろう。
どうせクエスト中も一緒なのだ。
「おいおい! たかがオークかよ! そんなんじゃ報酬は期待できそうにねぇな!」
どこかの冒険者のヤジが飛ぶ。
それに対して、レオナの顔が一瞬にしてさらに真剣なものへと変化した。
「オークだからって甘く見るんじゃないよ。たかが豚の化物でも数がいれば脅威なんだ。それに、今回は通常のオークに加えてアークオークやジェネラルオークも確認されている」
「ジェ、ジェネラルオーク!?」
ジェネラルオークか。
これまた厄介な種が紛れ込んでいるな。
ジェネラルオークは、オークの親玉といってもいい存在だ。
どんな群れのオークでも、ジェネラルオークが縄張りに入ってきた際には従わなければならず、いつも数体のアークオークを引き連れている。
実力も折り紙つきで、持ってる武器の相性にもよるが、下手すればA級冒険者とも張り合えるだろう。
「まだ目撃証言があるだけだけど、もし遭遇した際はあたしに対応を任せてくれ。あたしらが協力を要請したんだ。一番大きなリスクはあたしらが負うのが道理だからね」
「……」
レオナの対応に、ヤジを飛ばした冒険者は黙りこんだ。
文句のいいようがない対応だったため、彼以外の冒険者も口を噤んでいる。
「ここに集まってもらったのは、C級以上の新人とは言い難い実力者たちだ。けど、それでも全員が無事である可能性は極めて低いだろうね。その代わり、報酬もたんまり用意した」
レオナは指を二本立てた。
「一人金貨200枚。さらにクエスト中で確かな実績を上げた者には、追加で100枚払う予定だ。これは悪くない話だろう?」
オークの討伐クエストで、金貨200枚。
これは信じられないくらい条件がいい――はず。
相場をよく知らない俺がいうのも何だが、A級クエストの報酬額と同等くらいだったのを覚えている。
C級、B級が主なメンバーの中で、クラン単位でなく個人単位で200枚もらえるとなれば、相当魅力的に映ることだろう。
「出発はこれから二時間後。この話を聞いた上で、リスクを回避するため辞退してくれても一向に構わない。臆病者とさえ思わないさ。あたしらも真剣なんだ。迷いがある者は、クエストにいらないよ」
ギルド内がざわつき始める。
すまし顔で果物ジュースを飲んでいるのは、イスベルだけだ。
まあ、イスベルはリスクとは無縁だし、今の話で動揺しないのは当然か。
「参加してくれるやつは、二時間後街の外れに集合だ。それまでにしっかり準備を整えておきな。以上だ」
そこまで言い終えて、レオナが下がる。
「よかったな。これで家と土地代が集まるぞ」
「まあ銀色からの施しが半分以上を占めているのが気に入らんが……仕方あるまい」
少し頬を膨らませて不満そうではあるが、背に腹は代えられないという姿勢らしい。
こちらとしても話がスムーズに進みそうでありがたい。
「お前の初陣でもあるな、エクスダーク」
『ふっふっふ、まあ存分に振るうがよい! あまりの切れ味に仲間ですら切り裂いてしまうかもしれぬがな!』
「意図的にそうしたんなら、すぐにでもへし折るぞ」
『ごめんなさい』
こいつもこいつで調子に乗りやすいが、扱い方を覚えれば可愛いものである。
これで大人しく俺に使われてくれるだろう。
「アデ――じゃなくて、アル。準備はどうする?」
「うーん……まあいらないよな、別に。適当に時間を潰して集合場所に行くぞ」
「分かった」
俺たちは席を立ち、ギルドから出る。
集合場所の方へ向かってみると、道中ギルドにいた冒険者が武器を買っている場面を目撃した。
あの冒険者はおそらくクエストに参加するのだろう。
「何人参加するかな」
「私たちには関係ないことだろう?」
「まあそうなんだが」
はっきり言って、少人数の方が危険がないのが事実だ。
あまりに多いと俺たちでは守り切れない。
虹の協会の影がある以上、ジェネラルオークなど目じゃないほどの脅威が隠れているはずだから。
「十分気を引き締めろよ。このクエスト、一筋縄ではいかないから」
「……貴様がいうなら」
これでイスベルも油断することはないだろう。
本当にレッドが襲いかかって来るのであれば、その時は俺たちで倒すのだ。
◆
「冒険者達が動き出したみたいだよ」
「来るか……」
とある鬱蒼とした森の中、赤色のローブの男と緑色のローブの女が会話をしていた。
二人の周りには軍勢とも呼べる数のオークが並んでいる。
どれも眼で二人に対し忠誠を誓っており、身じろぎすることなくその場に立っていた。
「まあまあ、今回はあたしらに任せなって。レッドはまだ魔力が回復しきっていないだろう?」
「……チッ」
二人が会話をしていると、オークの間をぬって黄色いローブの男が姿を現した。
黄色い男は鋭い眼光で、レッドを睨みつける。
「おいおい、イエロー。いつになく不機嫌だねぇ?」
「どうして負け犬がここにいる?」
不快感を隠しもせず、イエローと呼ばれた男は紫の女に問いかけた。
「そりゃそりゃ、レッドはオークの王冠を持っているからね。あたしたちはまだ王冠を持っていないから仕方ないのさ」
「忌々しい……」
「まあまあ、魔力を回復しきるまでは、レッドはここからオークたちを操っててよ。キミとブルーを殺した連中は、あたしことグリーンとイエローで始末するからさ」
「そこで黙って見ているがいい」
グリーンとイエローはオークの軍団を引き連れ、森の中へと消えて行く。
一人残されたレッドは、苦虫を噛み潰したような表情でそれを見送った。